第56話 またしても二人きりになった僕ら
「うわっなんだこれ……一体何があったんだ?」
四家さんの家に戻った僕らが真っ先に見たものは、まるで空き巣が入ったかのように荒らされているリビングだった。
「鍵が開いてたから四家さんが戻ってるのかと思った……まさかこんなことになってたなんて」
「真咲君、五瀬さんが気になるわ。四畳半に行きましょう」
僕らは頷き合うと、五瀬さんを休ませている四畳半へ足を運んだ。
「いない……もぬけの殻だ」
空っぽの部屋を覗きこんだ僕らは絶句し、顔を見あわせた。嫌な予感が次々と的中し、僕らは事態がただ事ではない事を実感し始めた。
「空き巣じゃないわ、奴らが留守中にやってきて五瀬さんを連れ去ったのよ」
「四家さんは無事なのかな……」
僕がそう呟いた直後、杏沙のポケットで携帯が鳴った。素早く画面をあらためた杏沙の顔が青ざめるのを見て、僕は身を固くした。
「どうしたの」
「四家さんからよ。『留守中に五瀬さんをさらわれました。私の責任です。探しに行きます』……それしか書いてないわ」
「どうする?……四家さんが戻るまで、ここで待ってる?」
「そうね。ひと晩待って様子を見てみましょうか」
「もし、四家さんが戻ってこなかったら?」
「その時は……」
杏沙はそこでいったん言葉を切り、無言のまま視線だけを動かした。
「……今、何か物音が聞こえなかった?」
「家の中で?」
「外かもしれない。四家さんだったらいいけど、私たちが戻ってくると踏んで敵が来たのなら身を隠さなくちゃ」
「庭には誰もいないみたいだけど……キッチンの方に行ってみよう」
僕らは足音を忍ばせてキッチンに移動すると、窓から外を見た。こっちにも人影はないな、僕がそう思った時だった。ふいに杏沙が「隠れて。誰か来るわ」と叫んだ。
「誰かって?」
僕がシンクの陰に身を潜めながら尋ねると、「たぶん、あの二人組よ」と杏沙が押し殺した声で言った。
二人組と聞いてそっと窓の外を見た僕は、玄関側の角から姿を現した人影を見て思わず息を呑んだ。宅配便風の制服こそ着ているものの、間違いなく五瀬さんを監禁した二人組だった。
「あいつら……もうここを嗅ぎつけたのか」
「すぐ逃げましょう。ぐずぐずしてたら私たちも捕まって意識を抜かれちゃうわ」
「逃げるったって、奴らはすぐ外にいるんだぜ。どこから逃げる?」
「できるだけ出入り口とかけ離れたところがいいわ……どこかないかしら」
僕は大急ぎで考えを巡らせ始めた。『幽霊』ならどこからでも脱出できるのに……『身体』があるってことは素晴らしいことだけど、別の不自由さを背負うことでもあるんだな。
「四畳半の窓から出よう。それしかない」
僕はそう言うと、バギーの入ったリュックを取りに寝室のクローゼットに向かった。
四畳半に足を踏み入れると、杏沙が先に窓を開けて待っていた。僕は杏沙に「僕が先に出るよ」と言って窓枠に足をかけた。幸い、見える範囲に敵の姿はない。今だ。
僕は思い切って窓から飛びだすと、あたりを見回しながら杏沙が続くのを待った。
「今なら大丈夫だ、早く」
僕が囁くと、窓枠に腰かけて躊躇う素振りを見せていた杏沙がぴょんと飛び降りた。
「よし、行こう」
「鍵をかけて行かなくていいのかしら」
「しょうがないよ。あの家は見張られてるんだ。戻ってぐずぐずしてたら捕まっちまう」
「それもそうね」
家を離れた僕らはとりあえず那智さんのお店に行くことに決め、バス待ちの列に並んだ。
「急に訪ねていったりして、泊めてくれるかしら」
「わからない。駄目だったらその時、また改めて考えよう」
僕らが囁き合った、その時だった。聞き覚えのある言葉が突然、風に乗って耳に届いた。
「……☓%▽&○#◇」
僕は思わず恐怖でその場に固まった。バスを待つ乗客の中にも、敵がいるのだ!
「七森、出よう。ここは危険だ」
僕の言葉が意味するところを悟ったのか、杏沙は小さく頷いた。僕らはできるだけ目立たないようにバス待ちの列を抜け出すと、敵から見えない裏路地に移動した。
こうなったらバスは使えない。やむなく僕らは地図を頼りに徒歩で『フィニィ』を目指し始めた。
――また二人になっちゃったな。……でも戦わなきゃ僕らも、この街もおしまいだ。
僕と杏沙は何が待つかわからない不案内な街角を、おぼつかない足取りで進んでいった。
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