第97話 サンデールとセントレイン

「す、すまない……」

「……誰?」


 来客の声にケイトは俺を抱きながら玄関へ出ると、そこに傷口を包帯で覆った獣人がいた。


 狼の顔に尻尾を持つ獣人……体は人間の男性よりも大きく、ケイトより頭二つ分ほど大きい。

 そんな彼は悲壮な表情で話をしだす。


「俺はセントレインの使者……ここに魔王アレンがいると聞いてきたんだが……!」


 俺たちの背後には、階段を下りくるサンデールの姿があり、彼の姿を見て獣人は目を丸くしていた。


「サンデール様……こんな所にいらっしゃったのか」

「え? 知り合い?」

「……うん」


 しかしサンデール様とは……案外身分が高いとか?


 俺は彼を屋敷の中へと招き入れ、〈妖精の癒しフェアリーヒール〉で傷を癒してやった。

 男は瞬間で完治してしまった自分の体を見下ろし、唖然としている。

 ふふーん。結構凄いでしょ。


「それで、獣人が何の用なんだ?」


 ケイトはソファにドカッと座り込み、冷たい目をしてそう聞く。

 獣人は用件を思い出し、慌てた様子で口を開いた。


「あ、ああ、そうだった。現在セントレインにウィンディンの魔王が現れ、四大魔王のうち二人がセントレインを掌握しようと暴威を振るっているんだ」

「なんでセントレインに別の大陸の魔王が……?」

「理由などは全く分からないが……奴らはクリスリン様を人質に取って、解放してほしければフレイムールにいるアースターの魔王アレンを呼んで来いと」

「なるほど。それでここに来たと言うわけか……」

「し、しかし」

「ん?」


 獣人は怪訝そうな表情で俺を見ている。

 何、その目?


「こんな奴が……本当に?」

「失礼な奴だ。こいつは正真正銘の猫だぞ」

「違うだろ。彼が言っているのは魔王なのか? って話だろ。俺はどこからどうもても猫なんだから、そんな疑問は持たないはずだぞ」


 いや、猫じゃないんだけどね。

 見た目だけなんですよ、猫というのは。


「ま、信じられないかも知れないが、これが魔王兼猫だ」

「そ、そうなのか……すまないが、クリスリン様を助けるために力を貸してくれないか?」

「クリスリンって言われても……知らない人だしな」

「確かにそうだな。おい、諦めて帰れ。こいつはそんな人助けをしているほど暇じゃないんだ。私に抱かれるという仕事があるんでな」

「それ暇を持て余してるってことだよね?」

「私を気持ちよくさせるのは、この世で一番大事な仕事だぞ?」

「なんでお前の気分をよくさせるのが一番大事な仕事なんだよ……」


 俺は嘆息しながら、獣人の方に視線を戻す。

 だけど本当に、この話に乗るだけの理由はないんだよなぁ。


 するとサンデールが、穏やかでありながらも、悲しみを含んだ瞳で俺を見下ろしていた。


「……助けてほしいのか?」

「うん」

「サンデール様……」


 獣人はサンデールのその思いに涙していた。

 

「なあ、サンデールの話を聞かせてくれないか? 俺、こいつが優しくて働き者だってこと以外よく分かってないんだよ」

「……サンデール様は、本来セントレインの王座を継ぐお方だった」

「……マジ?」


 まさかの王族出身とは……

 見た目からは想像できないな……ただの強そうな獣人にしか見えないし。

 でもそれを聞いた後だったら、この穏やかさも高貴なものに見えてくる不思議。

 イメージって怖いよね。


「それなのに、クリスリン様との戦いに敗れ国を去ってしまわれた」

「……ちょっと待て。クリスリンってサンデールを倒して国を乗っ取った悪いやつなの?」

「いや、クリスリン様は素晴らしい人だ……サンデール様は穏やかで人望のあるお方だったが、獣人を率いるには優しすぎた。クリスリン様は国の将来のことを考えて、サンデール様と決闘したのだろう。そして我々獣人は強さこそが全て。獣人の中で一番強い、クリスリン様に従うのが掟なのだ」

「まぁ、それでお前たちが納得しているのならそれでいいけど……」


 俺はサンデールの方をチラッと見る。

 自分を追い出した奴を助けてほしいって言うのか。

 どこまで良い奴なんだよ、サンデール。

 俺は彼のあまりの優しさに胸が暖かくなり……同じ気持ちを得たような感覚があった。


「……サンデールは俺の仲間だ。お前が助けてほしいというのなら、俺も力を貸す。本当にそのクリスリンって奴を助けに行くか?」

「うん」


 サンデールは迷うことなく、戸惑うことなく、躊躇することなく、頷いた。

 俺も頷き返し、ケイトの胸から飛び降りる。


「アレン、本当に行くのか?」

「ああ。ターニャが困ってたら助けるし、ケイトが困ってても助ける。サンデールだってそれは同じさ」

「ふん。お前は優しい魔王様だな」

「それと同時に、勇者だしな」


 獣人はその言葉にキョトンとしていた。

 とにかく、切羽詰まっているような様子なので急いで行くか……


 そう考えた時だった。


「あの……すいません」

「ん?」


 入り口の方から声が聞こえて来る。

 そこには玄関から顔を覗かせる、二人の美女の姿があった。


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