第96話 アレンのお嫁さんは誰?

「うふ……うふふ。アレンさん、ふわふわで気持ちいいですぅ」

 

 昼前の現在、俺は屋敷裏でナエに抱きしめられ、頬ずりをされていた。

 もうね、火傷しちゃうんじゃないかってぐらいの勢いの頬ずりなんですよ。

 痛くはないけど熱い。高速で顔を上下させるナエを見ながら俺は乾いた笑い声を上げる。


「というかナエ。別に隠れる必要はないんじゃないか?」


 俺が一人でいるところにナエがやってきて、こうして裏に連れて来られたわけなのだが……なんで?


「だって、ターニャさんたちにバレたら怖いじゃないですか。私だってアレンさんをこうして――」

「抱いていたい、か」

「へ……?」


 ナエは高速運動を止め、ソーッと声の方を向く。

 いつの間にかナエの横には、目元をピクピクさせたイースがいた。


「どこに行ったんだろうと思ってたら、まさかこんなところに隠れていたなんてね」

「うひゃあ! すいませんすいません! 私程度の家畜みたいな女がアレンさんを抱いてしまってすいません! 分不相応な行動をしてしまいまして、誠に申し訳ありません!」

「…………」


 俺を前に突き出しながら、頭を90度下げるナエ。

 イースはナエの自虐的な言葉に目元をピクピクさせているが、先ほどとは種類が違うように思える。

 ちょっと引くぐらいネガティブだよな、ナエって。


 俺をイースに押し付けるなり、ピューンと走って逃げて行くナエ。

 イースはふんと鼻を鳴らし、俺に視線を向けたと思うとプイッと顔を逸らす。


「べ、別にあんたを抱きたいから探してたわけじゃないんだからね」

「ツンデレか、お前は」

「だ、誰がツンデレよ! 失敬な」


 イースはプンプンしながら俺を胸に納める。

 そしてあっという間に笑顔を漏らす。 

 俺の抱き心地は最強でしょ?

 もうそろそろ強さよりも自信あるぐらいだね。

 魔王らしからぬ愛らしさ。

 みんなを虜にするのを止めることができないプニプニの肉球。

 そして触るだけであらゆる者を無力化してしまう無敵の毛並み。

 もう隙が無いよね?

 うん。だからイースがこんな嬉しそうな顔をするのはよく分かる。


 分かるが……やめてほしいことが一つだけある。

 それは――


「おい、エルフ。それは私のだ。勝手に持ち出してもらっては困るんだがな」

「あれ? 俺を持ち物みたいな言い方してない?」

「まぁ……私の所有物だしな」

「違うから! 物じゃなからね、俺」

「そんな小さい体をしているんだ。物と大差ないだろ?」

「大差あるよー。意思だってあるし心臓だって動いてるし、物じゃないよー」

「そうよそうよ! アレンは私のお婿さんなんだから、物じゃないの!」


 少々怒りを滲ませた表情で現れたケイトとターニャ。

 その背後にはキリンもいる。

 ターニャはイースから俺をガバッと奪うなり、その柔らかい胸に収めた。

 うーん。どっちも柔らかいし良い匂いがするなぁ。

 いや、そんなことより、この状況だよ。

 

 最近はもう愛でられるのは慣れてきたからそこは良しとしても、これだよこれ。 

 みんなで俺を取り合って喧嘩するのが嫌なんだよな。

 お願いだから、仲良くしようよ。


 そんな風に考えたところで、彼女らの言い合いは収まらない。


「あんたの婿って言っても、まだ結婚していないんでしょ? だったら問題はないはずだけれど?」

「そうだそうだ。これからだって結婚はしないんだから、お前は引っ込んでろ」

「ちょっとケイト! 何でそっちの味方するのよ!」

「私はお前の味方ではないからな。エルフの味方をするつもりもないけど、お前を擁護する理由も必要もない」

「ねえアレン。この二人は人間で、20~30年もしたらおばさんになちゃうのよ? その点エルフの寿命は平均500歳。私は後200年以上は今の美貌を保つことができるの」

「は、はぁ……」


 そう言ったイースは顔を紅潮させ、照れながら言う。


「だ、だから、あんたがどうしてもって言うなら、結婚してあげなくもないわよ? お嫁さんだってずっと若い方がいいでしょ? 別にあんたのために若くいるわけじゃないんだけど……ね」

「だからツンデレですか」

「今でこそアレンは猫だが元々は人間だ。エルフなんかと結婚するわけがないだろう」

「待て待て待て待て。俺は猫じゃない。猫の姿をした人間だ」


 ケイトはしれっと俺を猫呼ばわりしていた。

 そろそろ否定できない割合で猫になってるから反論しきれなくなってきたが。


「確かにこの人は元人間でしょう。でも今は魔王なのよ? となれば、魔族である私と結婚するのが妥当だとは思わない?」

魅了チャームを喰らってるやつが寝ぼけたことを言うな。こいつから離れたらそのうちその意味のわからない魅了チャームも解けるだろうよ。だからさっさと消えろ」

「は、離れられないから困っているのよ! もう責任とって結婚してもらいます」

「ちょっと!」

 

 ターニャは俺を抱いまま大声を上げる。


「わ・た・し・が! アレンのお嫁さんなの! 皆はその他なんだから、出しゃばらないでよ!」

「誰がその他だ、阿呆。私がその他なら、お前は舞台にも上がっていない裏方だろ」

「もちろん、私は主役よね?」

「……エルフに出る幕はない」

「な、なら私が主演ということでいいかしら?」

「羊頭はさっさと魔王城に帰れ」


 ギャーギャーいいながらさらなる大喧嘩を始める四人。

 離れたところでナエがチラリとこちらを見ながら挙手しているのが視線に入る。

 俺も今だけはナエの胸に納まりに行きたいよ。

 平和的に行きたいんだけどな。

 と、大騒ぎする四人の中心で、俺は大きなため息をついた。

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