第84話 魔王らしく

「離れなさい! 私から離れなさい!」

「…………」


 キリンは俺の腰にしがみ付きながら、そう叫ぶ。

 いや、くっついてるのはあなたの方ですから。

 大きな胸の感触を足に感じながら、俺は彼女から離れようと足を動かす。


「……魅了チャームが無ければ今すぐにでも切り捨てるというのに……」


 憤怒か何か分からないが、キリンは顔を真っ赤にして俺を睨み上げる。

 グッと力を込めて離そうとしても、彼女はギュッと離れようとしない。

 もう離れる気ないよね、あなた?


「俺、みんなが待ってるから行かなきゃならないんだけど」

「わ、私も貴方の命を奪ってテレサ様の下へ帰らなければならないの」


 なんて物騒なことを言うのだ。

 彼女からは良い匂いがするというのに、良くない考えだ。


「と言うか、なんで俺の命を狙ってくるんだよ、君たちは」

「……ニーデリクの後継者であるあなたは、いずれ魔王の座を奪いにくる。私たちはそう考えていた」

「そんなつもりないけどね」

「だけど、あなたは魔王になったじゃない」

「あ、本当だ」


 結果として魔王になってしまったのは間違いない。

 だけど、別に無理矢理魔王の座を奪おうだなんて、毛頭ありませんから。

 俺は嘆息しながら、彼女に言う。


「とにかく、俺は君に殺されるつもりもないし、早くみんなの下に行きたいの。このままの状態で、一緒に飛んでもいいの?」

「くっ……私を離れられないようにしておいてよく言うわ」

 

 もういいや。

 俺は呆れ返り、この子もろとも〈空間転移テレポート〉をすることにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 突如ウェンディの家に現れた俺を、ギョッとした目で見るイース。

 ターニャは俺の姿を見て、「おかえり」と言うが、腰に絡みついているキリンの姿を目の当たりにし、言葉を失った。

 そして――


「何よ! その女!」

「いや……離れてくれなくてさ」

「え? もしかして、あの猫なの!?」


 イースとウェンディ、そしてエドガーは俺の声を聞いて目を点にさせてこちらを凝視している。

 あ、そういや、人間の姿で会うのは初めてか。

 

「まぁ、そういうこと」

「そんなことより、あなた! 離れなさいよ!」

「私だって好きでくっついているわけじゃないの。彼に魅了チャームをかけられたのよ」

魅了チャームって……確かにアレンは魅力的だけど!」


 キリンの逆方向からひしっと抱きついてくるターニャ。

 そして俺からキリンを離そうとペシペシ手を叩きはじめた。

 俺は呆れてため息をつく。


「ターニャ。こんな奴は切り伏せればいいんだ」


 そこはかとなく怒っているケイトの大鎌がギラリと怪しく光る。


「物騒すぎる! もっと穏やかに、な」

「穏やかに……毒殺するか。おい、エルフ。毒を作るのは得意だろ?」

「それは穏やかじゃない! 悪質なだけだ! 頼むから血を流さない方向で話を進めてくれ」

「あなたがやるというのなら、私も相手をさせてもらうけれど?」


 キリンは俺の腰辺りで目をギラつかせている。

 ケイトは「ほう?」と短く言い、闇の炎を目に宿らせていた。


 その間、ターニャは力一杯キリンの顔を押し、離させようとしていて、それに耐えるキリンは顔を歪ませながらケイトを睨み続ける。

 イースたちは何が何やら分からずパニックとなり、ケイトはケイトで鎌の素振りを始めるという、カオスな空間が誕生していた。

 もうやだ。何なのこの子たち。


「とりあえず俺、魔王になったみたい」

「はっ?」


 ケイトは鎌を止め、目を丸くして俺を見る。

 

「お前……勇者の次は、本物の魔王になったのか」

「まぁ……そういうことになりました」

「……で、その魔王の力を手に入れてどうするつもりなのかしら?」


 イースは厳しい目つきをしながら俺に言う。

 俺はぎゃーぎゃーうるさいターニャとキリンを無視し、うーんと唸り思案する。


 そうだよな。

 魔王の力を手に入れたからといって、この状況を変えることはできやしない。

 エルフにしてもドワーフにしても、魔王が新しく誕生したからといって関係ないもんな。


「…………」

 

 しかしだ。

 そもそも、メルバリーがいたことによって双方のバランスは取れていたんだよな……

 メルバリーが弱り、あの城を手に入れようとしたのが今回の話の発端のはずだ。

 とすれば……


「よし。ケイトっぽくいくか」

「? 私っぽく?」


 ケイトが首を傾げ、美しい白髪がサラリ揺れる。

 

「エルフもドワーフも……叩く」

「「「はぁ!?」」」


 イースたちが驚愕の表情を浮かべ、声を合わせた。

 ケイトは俺の考えが分かるのだろう、ニヤリと笑い、俺の横に移動する。

 ターニャはキョトンと俺を見上げていた。


「悪いけど、この地を支配させてもらうことにした。魔王らしく、な」

「この……だから人間は信用できないのよ!!」


 イースはこれ以上ないぐらい激昂した。

 ウェンディは戸惑うばかりで、エドガーへと視線を送っている。


「どういうことだ、アレン」

「そのままだよ。俺たちがエルフとドワーフを支配する。首を洗って覚悟しておけ」

「…………」


 エドガーは背中の剣に触れる。

 が、俺はニヤリと笑い、〈空間転移テレポート〉する。

 

 こうして、アースター制圧作戦(仮)が唐突に始まろうとしていた。

 ま、始めるのは俺なんだけどね。

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