第70話 勇者②

「俺は……あいつに勝てるんですか?」

「俺はそう信じてる」

「…………」


 セシルは振り向くことなくワクシリルに視線を向けたままで話を聞いていた。


「俺はさ、確かに勇者の力を引き継いだ。だけど、その精神や心を持っているわけじゃない」

「?」

「なんて言うのかな……セシルがその勇者の心を継げばいいんじゃないかな」

「勇者の……心?」

「ああ。世界の平和を願い、世界の為に命をかける。それが本当の勇者としての在り方なんだよ。こんな剣一本だけで、勇者なんて決めるものじゃない」

「…………」


 ただ静かにセシルは俺の声を聞く。


「俺は勇者なんてガラじゃないからな。自分自身と、周りの仲間を救えたらいいと思ってるぐらいだ。せいぜい目の前で困ってる人を助けてあげる程度の気持ちしかない。そんな奴が勇者なんてありえないだろ? だから……本物の勇者の心を持つセシルが勇者になるべきなんだ」

「……なれるんですか……俺が、勇者に」

「ああ。ワクシリルを倒して――本物の勇者になるんだ」

「……了解!」


 セシルの剣が果てしない光を放つ。


「うわぁ……セシル、未だかつてないぐらいに燃えてるなぁ」

「そうなの?」

「ええ。セシルの〈燃え上がれ正義ジャスティス〉は、正義の心が熱く燃え滾るほど力を発揮できるみたいなんですよ」

「へー。じゃあ今彼は……」

「とてつもなく燃えていると言うことですね」


 セシルは一度身震いし、ワクシリルに突撃を仕掛ける。


「ワクシリル! お前は俺が倒す!」

「雑魚を我に宛がうとは……舐めるのも大概にしろ、アレン!」

「そいつは雑魚じゃないよ……俺たちの最高の仲間の一人だ。そして――」


 マントを剥がし、その姿を現すワクシリル。

 身体は肉はなく骨のみ。

 赤い瞳と胸に心臓が見えるだけ。

 闇夜に浮かぶ、死神のような骸骨。

 

 だが、人サイズしか無かった身体が肥大してゆき、5倍ほどの大きさになる。

 手の部分だけで、人を握れそうなぐらい巨大化した。


「悪を切り裂く、本物の勇者だ」


 聖炎の一撃を振り下ろすセシル。

 ワクシリルは雷の剣でそれを受け止める。


「ぐっ……この間とは段違いの強さ……!」

「はぁあああ!!」

「このっ!」


 はじき返されるセシル。

 ズザーと大地を滑り、剣を構え直す。


「ほらほら! 私だっているんだよ!」


 ワクシリルの周りを、舞うように旋回するヘレン。

 槍を突き出し豪快に振るう。


 それらの攻撃を、雷剣でしのぐワクシリル。


「貴様の相手は用意してやる……ゾンビどもよ!」


 ワラワラとゾンビたちが、ある一点に集合し、奴ちの体はドロドロに溶けて一つになっていく。


「おおお……」


 俺はドンドン大きくなって行くゾンビを見上げていた。


「さあ!この女を始末するのだ!」


 ゾンビはワクシリルよりも遥かに大きくなり、ヘレンのことをジーッと見下ろしていた。

 すると彼女のことを踏み潰すため、のっそりと足を上げる。


「トロいトロい! そんなんじゃ私を捉えられないよ!」


 クルクル回転しながら、それを避けるヘレン。

 槍を身体の周りで何回も回転させ、鋭くゾンビの足を突き刺す。


 だが痛みを感じないゾンビは、それを受けてなお、再度足を上げる。


「こいつは俺が相手してやる。ヘレンはセシルの援護を頼むよ」

「了解っ!」


 舞いながらゾンビと離れていくヘレン。


 俺は旗を手に持ったまま、ゾンビの足裏へ飛ぶ。

 そして足を前に突き出し、足の裏同士をくっつけ合う。

 まぁ、サイズは全然違うんですが。


「力比べでもしようか。いくぞー」


 俺はほんの少しばかり足に力を込める。

 するとあっさりと、ゾンビを押し返すことができた。


 そのまま押していき、ゾンビは大きな音を立てて崩れ落ちる。


「化け物か……くっ!」


 俺がゾンビを楽々転倒させる姿に驚愕するワクシリル。

 だがセシルの攻撃に意識は戦いに引き戻される。


 つばぜり合いをするセシルとワクシリル。

 しかし背後には踊るヘレンの姿が。


「私の力は加速していくよ! セシルだけに気を取られてたら――あっさり死んじゃうかもね!」

「このっ――」


 槍を繰り出すヘレン。

 ワクシリルは左手にも雷の剣を取り、その槍を弾く。


「邪魔だ!」


 ワクシリルは身体を回転させて、二人を吹き飛ばす。


 ヘレンは飛ばされつつも、舞いを止めずにまた距離を詰めて行く。


「調子に乗るなよ、人間風情がぁ!」


 ワクシリルは浮上し、両手を上にあげた。

 すると黒い雷がその手に集う。


「死ねっ!」


 セシルの頭上に球体の黒雷が落ちようとしていた。


「俺は……俺は、貴様を倒す者だ! こんなものにやられるわけにはいかない!」


 セシルの前方に、自身の身体よりも大きい円状の白い炎の盾が出現する。

 盾は黒雷を受け止め、激しく燃えていた。


「うおおおおおっ!!」


 相殺される炎と雷。

 

 ワクシリルは言葉を失い、ただセシルを見下ろすだけだった。


「決着をつけるぞ、ワクシリルっ!」


 セシルは左手に聖炎の剣を作り、大地を蹴る。

 二刀でワクシリルの下へと上昇していく。


「こ、この……雷を防いだぐらいでっ!」


 激突する炎の剣と雷の剣。

 二刀同士のつばぜり合いが空中で繰り広げられる。

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