第66話 ネリアナ、アンポートにて①

 アレンがネリアナと再会する数日前のこと――


 ソルトに強襲されたネリアナは、ヌールドと盗賊の一人ムーアを連れて命からがらコルネスまで逃げてきていた。


「なんでこんなにうまく行かないんだろう……」

「ネ、ネリアナが悪いわけじゃないさ」


 落ち込むネリアナの肩に手を置き、慰めるように呟くヌールド。


「気安く触ってんじゃねえよ、このナルシストがぁ! 私が悪くないことぐらいは分かってんだよ!」

「ひっ……」

「こ、怖いっす……」


 オドオドした小心者のムーア。

 左頬に大きな切り傷があり、頭にはバンダナを巻いている。

 切り傷のせいで怖い人だと勘違いされ続けてきて、ヤケクソで盗賊になったような大したことのない男だ。


「……そういえば、あなた名前は?」

「じ、自分はムーアっす」

「そう。これからは私があなたのご主人様だから。そのつもりでいてね」


 凄まじい笑顔でそう言うネリアナに対し、ムーアは何言ってんだこの女と思う反面、なんて可愛さだとときめきを覚えてしまっていた。


「い、いや、でも俺は頭の――」

「その頭の女だったのよ、私は。じゃああなたが私に尽くすのは当然じゃない?」

「え……そう、なんすかね?」


 いや、頭の女だったっけ?

 と一瞬思うムーアであったが、一日走り続けたことと、急に起こった出来事に冷静な判断ができないでいた。

 それをうやむやなままで受け入れてしまうムーア。

 ネリアナの言葉にコクコク首を縦に振っていた。


「し、しかしネリアナ……これからどうしようか?」

「……コルネスにはいられないわよね。ちょっと格好がつかないし」


 プライドの高いネリアナにとってコルネスで生活するのは苦行以外の何物でもなかった。

 元々冒険者の中でも最高峰のパーティーだったというのに、今は見る影もないほど落ちぶれてしまったからだ。

 

 難易度の高くない仕事を連続で失敗し、他の冒険者に合わす顔がないと考えている。


 と、そこで顔見知りの冒険者が彼女たちの近くを通りかかる。

 咄嗟に顔を隠すネリアナとヌールドは、彼らが通り過ぎるのを横目で見ていた。


「なあ聞いたか? アンポートから緊急の依頼が来てるらしいぜ」

「ああ。ゾンビが大量発生したとか言ってたな。行ってみるか?」

「いやー、ゾンビ退治もいいんだけどさ、もっと割のいい仕事があってさ――」


 ネリアナたちから遠ざかっていく男たち。

 男たちが話していたことを聞いていたネリアナはぽつりと呟いた。


「……アンポートにでも行ってみようかしら」

「アンポートか……ネリアナが決めたことなら俺はそれに従おう。ゾンビぐらいなら今の俺たちでも相手はできそうだし、少しぐらいならお金は稼げそうじゃないか?」

「そうね……じゃあ行きましょうか」


 

 ◇◇◇◇◇◇◇



 馬車に揺られアンポートに来たはいいが、やはりゾンビ程度を相手にするのが癪だと感じたネリアナは、ヌールドとムーアだけにゾンビ退治に行かせていた。


 ネリアナは数日、宿の中で過ごしていたのだが……


「ネリアナ……大変だ」

「どうしたの?」

「あ……あの白髪の女が……ゾンビ退治に参加していた」

「なっ!」


 座っていた椅子を派手に倒して、立ち上がるネリアナ。

 親指の爪を噛んで、怒りを露わにしている。


「どこまでつきまとうつもりなのよ……あの女」

「お、俺たちを殺すつもりだと言っていたが……」

「だからって、黙って殺されるってのか、このドグソが!」


 ネリアナの怒号にビクビクするムーア。

 この人、頭より怖え……絶対に逆らったちゃダメだ。


「くそ……くそっ……何か手を考えないと……」


 噛みすぎて歪な形になっていくネリアナの親指の爪。

 不安と怒りに落ち着かないまま、眠れない夜を過ごした。


 次の日――


 一睡もできないことと、ケイトの存在にネリアナの苛立ちは限界を超えていた。

 無茶難題をヌールドに押し付ける。


「ヌールド! てめえがあの女殺してこい!」

「お、俺には無理だ……もう華麗な大剣も使えないのだから」

「何が華麗だ! そんなに美しさにこだわってんなら、華麗に散ってこい!」

「そ、そんなもの華麗でもなんでもない……」

「口答えしてんじゃねえよ、ボケ!」


 そう叫び、ネリアナはヌールドの左肩の付け根部分に指を突っ込む。


「ああああっ!!」


 痛みに涙を流すヌールド。

 ガタガタ震えながら、ネリアナを見る。


「や、やめてくれ! 本当に痛いんだ!」

「痛くなけりゃあ、こんなことするわけねえだろ! 理由もなくお前に触れるとでも思ってんのか!?」


 傷口をグリグリ押さえつけるネリアナ。

 声にならない声をあげるヌールド。


「ネ、ネリアナさん」

「ああっ?」


 痛みから解放され、膝をついて激しく呼吸をするヌールド。

 その姿を見て、震えあがるムーア。


「じ、実は教会で召喚ってのをしたらしいんすけど」

「それがどうかしたのかしら?」

 

 ニッコリ微笑むネリアナ。

 その笑顔にとてつもない恐怖を感じるムーア。


「あいや……それで町の人らから聞いたんすけど、その教会の地下には、古代魔導書が保管されてるらしいんすよ」

「古代魔導書……ああ。古代魔術が使えるとかなんとかっていうあの……」


 そこでネリアナは閃いた。


 古代魔術……


 現在の人間にはまともに扱える代物ではないが、もしかしたらあの白髪女を出し抜く術があるかもしれない……


 これだ。これに賭けるしか、私の未来は無い。


 そう考えたネリアナはムーアに下調べをさせて、次の日の夜に教会へと忍び込む算段を立てた。


 ヌールドもムーアも拒否したい気持ちはあったものの、ネリアナに逆らうことはできない。


 そしてそれは実行に移され、アレンが聖機剣を手に入れていた頃に、一人教会に忍び込むムーア。


 その間、外で待機するネリアナとヌールド。

 だがこれがヌールドの悲劇へと繋がってしまう。


 もう逢うことが無かったはずの男、元婚約者のアレンと再会してしまうのであった。

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