第43話 ノード②

「タ、ターニャ……シフォンと村の中へ行っててくれ」

「え、何で?」

「あー……とにかくお願いだから。な?」


 ターニャはしぶしぶといった様子で、シフォンと共に村の中へと入って行く。

 これから始まるであろう惨劇を、ターニャには見せたくない。

 だってケイトがとても愉しそうだもの。

 恐ろしいことになるのが目に見える。


「ア……アレン……助けてくれ! お願いだよぉ……」


 とりあえず泣きじゃくるノードの顔面に、俺は蹴りを放っておいた。


「ばふぅっ!!」


 鼻と口内からダラダラ大量に出血をするノード。


「この! この!」


 さらに数発蹴りを入れておく。


 顔面は涙と血で汚らしさ無限大に。


 あれ?

 でもこれ、俺の蹴りが原因かターニャが原因かわからないぞ。

 まぁ、どっちでもいいんだけどね。


「なんだ? 優しいアレンが珍しいな」

「だってこいつには殺されてるし、本気で殴られたしな」

「じゃあ、もっと痛めつけてやるか?」

「そうしたいのは山々だけど……性格的に向いてないような気がする」

「だろうな。後は私に任せておけ。お前の痛みは――万倍にして返しておいてやる」


 万倍って……考えるだけでも恐ろしい。

 一体どんなことをやるつもりなんだよ、この子。


「痛っ……痛い……なあもういいだろ? 頼むから許してくれよぉ……」

「おい。勝手に喋るな、角刈り」

「頼むから……頼むからもう勘べ――」

「言葉が理解できないのか? 阿呆」


 許しを請うノードの頬に、ケイトが鎌を突き刺した。

 真横からサックリと。


「ぶぅおおおおっ!?」


 鎌は逆側の頬まで切り裂き、ノードの口が大袈裟に裂ける。

 ドボドボ血が流れ落ち、ありえないぐらい口が広がっていた。


「ひょ、ひょっとはんはほへ!? はひはおひはんは!?(ちょ、ちょっとなんだこれ!? なにがおきたんだ!?」

「何を言っているんだ。人間の言葉を喋れ、人間の言葉を」


 そう言ってケイトは、背中からノードを蹴り、大地に伏せさせる。

 伏せさせたと思ったら、両足のアキレス腱を斬るケイト。


「はぎゃあああああっ!!」


 俺もノードと同じように叫びそうになる。

 奴がやられる姿を見てスッキリはするが、やはりケイトのやり方が怖い。


 俺はガタガタ震えながら、彼女のやり方を見学していた。


「おい。私から逃げることができたのなら、勘弁してやる。金輪際、お前を傷つけるようなことはしない。約束だ」

「ほ、ほんほうはら?(ほ、ほんとうだな?)」

「ああ」

「……お前は鬼か」


 だってアキレス腱を斬っておいて逃げろって……絶対無理じゃん、それ。

 駆け出しの冒険者に、魔王倒せってぐらい無理あるじゃん、それ。


 だがノードは希望を捨てない。

 ひーひー言いながら、ケイトから逃げ出した。

 当然、立って走ることはできないので、手の力と膝だけでだ。

 犬か。お前は。

 

 なんかノードのそんな姿を見てほんのり悲しい気持ちになる。

 あれだけ強いと思っていたノードがこんな惨めな姿になるなんて……


「どうした、角刈り。そんな速度で、私から逃げられるとでも思っているのか?」

「はぎっ! あひぃ!」


 ケイトはゆっくりとした足取りでノードを追いかけ、奴の足の傷口を踏みつけていく。

 踏みつけられる度に、ノードは悲鳴をあげていた。


 だが何度かそれを続けている間にノードはドンドン弱っていった。

 出血多量だろう。


「つまらん。もう終わりか?」

「…………」


 ドカッとノードを蹴り上げるケイト。

 すると奴の懐から、透明な液体が入った瓶が落ちる。


「なんだこれは?」

「ほ……ほへは……」


 貧血気味な顔をさらに青くするノード。

 ケイトは何か悪戯を思いついた悪ガキのような表情をし、その瓶を開けて、ノードの口に運ぶ。


「おい。これを飲んでみろ。どんな効果があるのか、確認してやるよ」

「ひゃ、ひゃめほぉ……ひゃめほ(や、やめろ……やめろ)」


 が、そこは強引なケイト。

 部下に無理矢理酒を飲ませる上官の如く、有無を言わさず口に中身を流し込む。


「うっ……うえっ……」


 大慌てで飲んだ物を吐き出そうとするノード。

 しかし数秒経つと、今度は突然痙攣を起こし出した。


「ひゅっ……ひゅうううぅ……」


 苦しそうな呼吸をし、顔が葡萄のような紫色に変色していく。

 ぶくぶくと血と混じり合う泡。

 尋常じゃないぐらいに手が震えている。


「……なんだ、これ?」

「さ、さぁ……」


 分からないなら、聞いてから使えよ。

 まぁある程度中身は予想できるけど。

 なんて思っていたが、その後数分苦しみ抜いたノードは、あっけなく憐れに息を引き取った。


 しかしなんて情けない終わり方だ……


 さらばノード。君の情けない最期は忘れないよ。

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