第16話 16-19階層

 ゴーレムと戦った上のフロアでは、フェアリーが大量発生していた。


 可愛らしい女子に蝶のような羽を生やした、手のひらサイズぐらいの妖精。


 人を殺さないような外見とは裏腹に、迷うことなく首を掻っ切ろうとする残酷さ。

 死にはしなかったが何度も危険な目に遭った。


「もっとだ! もっと来い!」

「…………」


 そして戦い始めたケイトを見て、俺は震えあがった。


 あからさまに殺しにかかる狂暴さに、残酷なまでに命を奪っていくその姿は死神のよう。

 

 彼女が振るう鎌に、黒いオーラが纏われている。

 鎌を喰らったフェアリーは、黒く燃えて消えていった。


 というか、笑いながらフェアリーを殺してる。

 怖い怖い。本当に怖いからその笑みやめて。


 いつも気怠そうなくせに、なんで戦いが始まったらそんなに楽しそうなんだよ。


「だから言ったろ? 私は暴力が好きだって」

「冗談だと思ってたわ」


 楽しそうに狩りをするケイトを横目に俺は次のフロアを目指して周囲をくまなく見て回った。

 これ以上、可愛いフェアリーが死ぬところはあまり見たくない。


 必死で階段を探した甲斐があり、意外と早くフロアを突破することに成功した。

 だが次の階層もフェアリーが占領するフロアだったようで、俺は絶望に沈む。

 もうこんな可愛い生き物が死ぬ姿は見たくない!


 そしてとうとうフェアリーゾーンを突破すると、今度はそこら中に大木が生え散らかしていた。

 天井まで届きそうな大きく年季の入った木。


「……なんだこれ?」

「……これはあれだな。エントだ」


 そう言うや否や、ケイトは鎌でその大木を切断した。


「グォオオオオオ」

「え?」


 悲鳴を上げ、倒れる木。

 よく見ると大木には顔があり、木の手と足が生えている。


「これだけトロかったら、楽に狩れる。さあ、アレンもドンドン倒せ」


 またケイトの殺戮が始まる。

 俺は彼女に戦々恐々としながら、エントとの戦いを始めた。


 敵は大きな体をしているが如何せん、動きが遅いので簡単に倒すことができる。

 俺もケイトと同じく、一撃で敵を切り裂いていく。


 手刀でエントを野菜のように易々と斬る。

 〈万物強化アッパード〉とゴーレムの腕力のおかげだ。

 抵抗なく敵を両断することができる。


「あ……」

「どうした?」


 エントを倒したことにより、新たなる能力を入手していた。


 それは〈大地の恵みオートリカバリー〉。

 徐々に体力を回復する能力らしく、疲れにくくなっていた。

 その上〈万物強化アッパード〉の力で回復量は増加しているので、全く疲れないし傷がすぐに塞がる。


 その後も連続で何十ものモンスターを倒したが疲れることが全くなかった。

 疲れにくく強いなんて、自分のことながら手がつけられなくなってきたような気がする。

 

 ケイトに戦慄しながらも揚々とフロアを進んで行く。


 そして――19階層。


「……寒っ」

「寒いな……」


 今度のフロアは端から端が見渡せないほどの広い空間だった。

 迷う心配が無いのはいいことなのだが……ここは寒い。

 寒いというか、痛い。

 全面氷に覆われていて、気温があからさまに低すぎる。

 俺もケイトもガタガタ震え、冷たく白い息を吐いていた。


「とにかく歩こう……止まっていたら凍ってしまいそうだ」

「凍って死ぬ時は、火を出してから死んでくれよ」

「それなら死ぬ前に火を出すわ。一人で暖を取とうとしてんじゃないよ」


 モンスターの姿は確認できない。

 安心した俺たちは氷の上を歩いていき、階段があった位置とは逆方向を目指す。


「おい、アレン」

「な、何?」


 それは数分歩いた時の事だった。

 ケイトが突如、前方を指差す。


 彼女の指の先には――水色の龍がいた。


「フリーズドラゴンだ」

「……マジ?」


 全身水色の巨大な体に青い瞳。

 吐く息は周囲の気温を奪い、バカみたいに大きな尻尾を左右に動かし無言の威圧を放っていた。


 フリーズドラゴン。

 氷を自由に操る竜族だ。


「……こんなの塔に飼うなよ、魔王」


 ドラゴンの瞳はすでに俺たちの姿を捕えている。

 そしてこちらに向かって、大きな口を開いた。


「……何するつもりだ?」

「歯を磨いてほしいとか?」

「そんなわけあるか! 虫歯に困ってそうな歯をしていない。逆に頑丈すぎて危険だ!」

「ブォオオオオオオッ!」


 フリーズドラゴンの口から、凍てつく息吹が吐き出された。

 俺は息吹を左側に避け、ケイトは右側に避ける。


「いっ……!」


 避けたのはいいが、息吹が通り過ぎるだけで右腕が凍ってしまった。

 それはケイトも同じだったようで、左腕が凍り付いている。


 俺は無言で右腕から炎を出し、氷を溶かす。

 

「ケイト!」

「私は後でいい。それよりあいつを先になんとかしてくれ」


 戦えないわけではないようだが、寒さに動きが悪くなっている。

 俺も少々動きが鈍っているが、ケイトほどじゃない。

 仕方ない。ここは俺が一人で行くか。


 フリーズドラゴンは、また口を大きく開く。


「何度もまぐれ当たりがあると思うなよ」


 〈悪魔像の翼ガーゴイルウイング〉を発動させ、俺は飛翔し氷の息吹を軽々と回避する。

 そのままフリーズドラゴンの背後まで移動し、〈鷲獅子の風ジェットタイフーン〉を放つ。


 二つの竜巻がドラゴンの背中で巻き起こり、肉体がズタズタに引き裂かれていく。

 

「ゴォオオオオオオオッ!」

「まだ息があるのか。だったら――もう一撃喰らえ!」


 再度〈鷲獅子の風ジェットタイフーン〉を発動すると、今度はドラゴンの体が風に耐え切れなくなり、こま切れになっていく。

 風がドラゴンの血を地面と天井に吹き飛ばし、両面真っ赤に染まっていた。


 俺は余裕の表情で、ケイトにVサインを送る。

 ケイトは俺の強さに呆れたのか、笑みをこぼしながら嘆息していた。

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