第6話 ケイト③

 ケイトは身体の異変を確認するように、自身の肉体に視線を落としていた。


「ふーん……」

「どうしたんだ?」

「アレン、このドリンク自分で飲んだことはある?」

「あー……まぁ、最初に味見ぐらいは」


 ケイトは「そう」と言うと、カップにドリンクを入れてコトンと地面に置いた。


「お前も飲んでおいたほうがいい。先はとてつもなく長い」

「ああ、そうするよ」


 少し喉も乾いていたので、俺はケイトに言われるがままにドリンクを飲むことにした。

 飲むと言っても、舌をのばしてちびちび舐めるしかできない。

 やっぱり少々不便だなぁ、この体。


 出されたドリンクを飲み干すと、なんだか体がポカポカしてきた。

 

「うーん。体が喜んでいるみたいだ。これで迷宮脱出に元気溌剌で挑めるってものだな」

「ああ。でも元気を出し過ぎて早々とバテるような真似はよしてくれよ」

「大丈夫大丈夫。疲れたらまたドリンクを飲めばいいんだから」


 と、俺はドリンクを過大評価していた。

 これぐらいしか能が無いんだから、少しばかり自画自賛させておくれ。


 ケイトは手に鎌を持ち、リュックを背負う。

 何も言わなかったが、どうやらドリンクを運んでくれるようだ。


「じゃあ上に戻るから、ついて来て」


 俺は黙ってケイトの横を歩いた。

 まだぎこちなさはあるが、早く歩くケイトの速度には十分ついて行けた。


 ケイトは元に戻る道を知っていたのか、少し歩いたところにある階段を上がる。

 階段を上るのは少ししんどいように思えたが……人間の頃より跳躍力が遥か彼方。

 ピョンピョン楽に飛んで進める。

 あ、なんか楽しくなってきた。


「お楽しみのようだけど、ここから先はモンスターがいるぞ」

「あ、そうなんだ」


 そりゃいるよね、モンスター。


「それで、モンスターがいる中をどうやって進んで行くつもりだ? 入り口付近でも破壊的に強いモンスターばかりだったんだから……こんな最下層にいるやつだったら即死亡じゃない?」

「アレン。あんたは……いや、みんなが勘違いしているみたいだけど、ここは逆なのさ」

「逆?」


 逆って何がだろう。

 もしかしてモンスターが強いんじゃなくて、みんなが弱いとか?


「入り口に出現するモンスターがとてつもなく強いから、ここは危険だと判断されている。まぁ、その判断自体は正しいのだけれど、実際のところは入り口にいるモンスターが一番強いのさ」

「え?」

「そして、深く深く潜るほどに、ここのモンスターは弱くなっていく。な、逆だろ? 最初に強いモンスターが現れて、奥に行くほど弱くなる」

「へー。それで逆ってことか……」

「元々ここは塔だったのさ。それが300年ほど前の英雄たちと魔王の戦いで、大地に沈んでしまった。魔王は塔の最上階にいたらしく、そのフロアには魔王を守るために強敵ばかりが配置されてたようだ」

「……そんな事実、世間で知られてないのによく知ってるね」

「ああ。昔住んでいた村のじいさんがその英雄の一人だったからね。世の中には広まっていないこの迷宮の真実さ」


 そのおじいさんいくつだよ。

 300年ぐらい前に魔王と戦った?

 それじゃあ、最低でも300歳を超えてるってこと?

 ありえない。

 だけど、彼女が冗談を言っているようにも思えない。


 そして階段を上がった先で、もしかして真実かもと思える生物がいた。

 そこは入り口のフロアと同じく、点々と壁に埋め込まれた魔石が光っているだけの薄暗い場所。

 そしてそこにいたのは――最弱モンスターの名をほしいままにしているスライム。

 青色のゼリーのような体でノミのように何度も飛び跳ねている。


「ほ、本当に弱いモンスターがいる……もしかしてケイトが言ってたことは事実?」

「私は冗談は好きだけど、嘘は嫌いだ。そして今は冗談を言っていない」

「そ、そう……」


 でも逆に言えば、上がれば上がるほど戦闘がきつくなるってことだよな……

 猫の俺が役に立てるとも思えないし……ケイトが地上まで連れてってくれるのか?


「じゃ、スライムを倒してきておくれ」

「いや、俺猫ですから」

「だから?」

「猫にモンスターが倒せるわけないだろ!? 猫にできるのは虫を取るか魚を盗むか、みんなの癒しになるぐらいだよっ!」

「普通の猫、だったらそうだろうさ。でもお前は、魔王の肉体を持つ者だぞ?」

「ま、魔王の肉体があろうとも、猫だよ猫? 愛らしい猫でしかないんだよ?」


 ケイトはため息をついて、話を続ける。


「お前に言っておくことが二つほどある」

「な、なんだよ」

「一つ。見た目に惑わされるな。例え猫の姿をしていようが、お前は魔王としての能力を手に入れている。初期化はされているみたいだけど……それでも十分戦えるさ」

「しょ、初期化?」

「まぁそれは後で説明する。そしてもう一つ、お前自身の能力を信じろ」

「俺の能力……? 俺の能と言えば、ドリンクぐらいしかないけれど」

「ああ。それを信じろ」


 飲料を信じろとか、宗教の話?

 この水を飲んだら神の祝福を得られるであろう。とか?

 いやいや。ないわ。


 彼女は、俺の思考を読んだとしか思えない反応をした。

 ムッと眉を寄せて睨み付けてくる。


「いいから、さっさと倒してこい。話はそれからだ」

「ま、負けそうになったら助けてくれよ」

「あんなのに負けそうになるぐらいなら、ここでお別れだ」

「…………」


 なんと冷たい女の子。

 少しぐらい助ける気持ちはないのかよ。


 俺は心臓をバクつかせながら、スライムへと近づいた。

 ケイトは手伝うつもりもないらしく、あくびをしてこちらを見ようともしていない。


「くそっ……死んだら化け猫になって枕元に出てやるからな」

「その時は一晩中頭を撫でてやるよ」


 なんて素敵な提案! 

 じゃなくて、なんて無慈悲な。


 もういい。

 とにかく突っ込んでやる。

 どうなるかなんて、後から考えろ。


 元々スライムぐらいなら俺だって倒せてたんだ。


「うおおおお!」

 

 俺はスライムに頭から突撃する。

 するとスライムは勢いよく吹っ飛び、ボンと破裂してしまった。


「……あれ?」

「だから言っただろ? お前は十分に強いって」

「まぁ、言ってたけど……っ!?」


 俺がポカンと彼女に返事をしていると、なんと破裂したスライムの肉体ともいうべき液体が粒子となり、俺の体に吸収された。

 パーッと光る俺の体。


「な、何が起こったんだ?」

「魔王ニーデリク……彼が所持していたと言われる〈アルカナフォース〉――〈真似踊る愚者フール〉の力さ」

「……何それ?」

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