第二十三章 消えた人たちは……
クリス達がファーガソンの引っ越し等でドタバタしているとき、エストン、クラバートの両司令補はクレイフィルの人口動向について調べていた。
すでに三人の潜入捜査官をホームレスに紛れ込むように送り出していた。
が、それだけでは足りないだろう。
すでに行われているボランティアの炊き出しにも捜査官を配置して、ホームレスの人数のチェックなども行っていた。
「エストン、そっちの状況は?」
「徐々に、気づかれないような範囲ではあるが、少なくなっているな。そっちは?」
「こちらも同じ感じよ。どういうことなのかしら?」
この二人、上司のクリスが「化学反応」を期待して組ませているのだが、今のところその反応はなく、通常に、冷静に対処していた。
「人身売買ってことはないかしら?」
「闇マーケットがあるというのか?」
死体がなく、人が消えている。となると、考えられる可能性の一つだった。
ホームレスはあまり移動を好まない。
一か所にねぐらを決めていることが多いからだ。
その場所に戻らないとしたら?
戻りたいのに戻れない何かがあるとしたら?
二人の司令補は、はじめ闇マーケットを疑った。
だが、マーケットの傾向として、成人男性を扱うことはあまりない。標的の多くは幼児、子供、少女。圧倒的に男性が多いこの地域のホームレスのことを考えると、腑に落ちなかった。
「一応、情報分析官にあたらせているわ。この近辺の組織があるかどうか」
「闇は深いぞ。なかなか見つからないだろう」
「やらないより、やって玉砕する方を選ぶ」
「玉砕したら意味ないだろう」
こんなやり取りをしながら、同時に部下の報告に目を通している。
ある意味いい方向で化学反応しかけているのかもしれない。
数値としては微々たる変化。
でも、間違いなく減っている。
その原因がわからない。
捜査官たちは連日街頭に立った。
薄汚れたなりをして、ホームレスに紛れ混んでいる捜査官たちは、疲れもあるようだが、そのまま野宿してさらに汚れた状態で捜査をしていた。
酒瓶を持ちながら、フラフラとホームレス仲間の間を歩く。
他のホームレスたちが行くようにシェルターに行っては食事をして、またねぐらに戻る。その繰り返しだった。
彼らも内心焦りがある。いつまでこの生活を続ければいいのだろうか。だが、潜入捜査とはそういうものだ。ひたすら何か手掛かりになるものはないか、拾える範囲で拾ってゆく。聞き込みで目立ってもいけない。地道な捜査だった。
そんな時……。
一人の捜査官が福祉局の八人乗りのバンを目にした。
だが、こんなところで福祉局の車を目にするのは日常茶飯事。
特に気にも留めず、記憶の隅に追いやった……。
「あーっ、何なのよ」
この日、クラバートは荒れていた。
確かにこの統計はおかしい。
自分でそれを実感しているのに、その理由を確認できない。
「俺も、この書類、放り投げたくなってきた」
エストンも同意する。
別にクラバートを持ち上げたわけではない。本当に同感だったからだ。
「部下達もまだ表立っていないけれど、焦ってきているわよねぇ」
「そうだな」
ファランド達のユニットの進行状況が漏れ伝ってきている。
向こうは苦手分野ながら、情報を着々と集め、状況の確認が進んでいる。
まぁ、これには、クリスの力も少なからず関わっているのだが。
ライバル視とまではいかないが、やはり「自分のユニットも」となるのが普通だろう。
「さあ、やるわよ」
「おう」
この二人、同じ司令補でありながら協力体制万全の息の合いかただった。
その日、別の潜入捜査官が、福祉局の車を見た。
その一人のホームレスは、係員と何か話しているようだ。
ホームレスはまだ若そうな男だ。更生施設への転入の話かもしれない。
いつもの日常の光景だ。
この捜査官も、気にも留めなかった。
「この報告を見る限りでは、エストンもクラバートも苦労しているようだな」
司令であるクリスが言った。
暗号通信で報告書が送られてきている。
それをビューが受信して、目を通したうえでクリスにそのまま渡していた。
今、クリスはまた思うように動けない状況に置かれていた。
マンションの隣の部屋が、仮の上司であるファーガソンの仮居住地になってしまったからである。
ファーガソンの甥のルークは、クリスがお気に入りで、とにかく一緒に遊びたいとせっついているらしい。
今まで頼んでいたベビーシッターも事件後のショックから立ち直り、今はまた日中はルークの相手をするようになっていた。
仕事の時間帯はベビーシッターが、その後、寝るまではクリスが相手をして、クリスの本来の仕事である「司令」の任務時間は限られてきていた。
まあ、これは、クリスが自分の首を自分で絞めたようなものでもあるのだが。
この状況は想像できたはずだ。回避するなら、このマンションを紹介しなければ済むことだった。連邦の保護下に置くことを相手に知られずに対応する方法はほかにもあったはずだが、それをしなかった。これはクリスの責任である。自分の責任は自分で取る、これを実行に移している最中だった。よって、ビューとクリスの打ち合わせは、夜更けの遅い時間、クリスの部屋にて行われることが多くなった。
「闇は、思っていたよりも深いかもしれないな」
クリスはそうこぼした。
「司令?」
そんなクリスの様子を見て不思議に思ったビューはクリスに問いかける。
「気になりますか?」
「ああ」
エストンもクラバートも、たたき上げの捜査官で司令補だ。その彼ら二人が指揮するユニットが成果を出せないでいる。これは、深く潜らないとその原因が掴めないかもしれない。どこまで深く関わらせるか。捜査官の安全が最も優先される。その上でどういった対応ができるのか。クリスは考え込んでしまった。
「今度は潜入捜査官をエストンのユニットから増員する体制で検討に入っているようですが……」
コツコツ。
クリスがテーブルを指で叩き出した。深く考えているときの彼女の癖だ。
コツコツ……。
まだ考えはまとまらないようだ。
コツコツ……。
テーブルの向かいの席に座っているビューにとっては、居心地の悪い時間に突入したと言える。
コツコツ……。
コツコツ……。
さらに長い時間この居心地の悪さを経験しなければならないのかと、半ば諦めの境地に入った時、クリスがテーブルを叩くのをやめ、ビューをまっすぐ見た。
「一度、直接会って話してみるか」
思ってもいなかった返答を受け、ビューは戸惑った。
「貴女が、直接お会いになるのですか?」
「ああ」
「ここを離れる、それが出来ますか?」
現状から見たら難しいのではないのか? と問いただしたのだ。
「有給休暇があるからな。ここの労働基準法でも、正規職員に対しては採用と同時に有給休暇が付与されることになっているから。まだ申請したことがないし、大丈夫だろうよ」
そういうことを言っているのではないのだが……。
ビューはそう思ったが、敢えて口にせず了承の意を伝えた。
翌日、クリスは有給休暇を申請してグッズモンドの地を離れた。
突然の休暇申請に、ジョージは驚いたらしい。前日にはそんな素振りはなかったからだ。
だが、休暇取得は働く者の権利である。特に否を言うべき理由がなかったジョージはこの申請を許可した。
社長の補佐には秘書統括のリーグルが付くことになり、クリスは安心して旅立った。
クリスが一日不在にすることを聞いて、大泣きしたルークに手を焼いていたベビーシッターが居ることに気づかずに……。
クレイフィルの地に降りたったクリスはビューと一緒に、エストンとクラバートが拠点としているアパートに向かった。
「司令」
アパートの扉が開くと、驚いたような声が降りかかってくる。
その声を聞いて、奥の部屋で仕事をしていた司令補二人は慌てて玄関へやってきた。
「司令」
その姿を見て驚く。
この地に直接来るとは聞きていなかったからだ。
「お手を煩わせて申し訳ありません」
二人が揃って頭を下げた。
実際にそう思っていたからだ。クリスも慣れない土地で潜入捜査を率先してやっている立場だったのに……。申し訳なさでいっぱいだった。
それを見ていた部下達も、慌てて頭を下げた。自分たちが尊敬する、指示しているユニットリーダーが心から頭を下げて敬意を向ける存在……。改めて実感した。この女性は「司令」なのだと。
「頭を上げろ」
クリスが言った。
だが周りの頭は下がったままだった。
ここでクリスは「ふーっ」と溜息を吐くと再度言った。
「頭を上げろ! 君たちは謝罪するようなことをしていないではないか!」
この喝とも呼べる声で、全員一斉に頭を上げた。
「私は、君たちは任務遂行の努力中と認識している。引き続き励め。エストン、クラバート、報告を頼む」
そう言って先ほどエストンとクラバートが出てきた部屋へと入って行った。
クリス達トップたちが去ったあと、部屋では異様な盛り上がりがあった。
「び、びっくりしたー」
「クリスフォード司令って、迫力あるっていうか、存在感あるよな」
ざわざわでもなく、ソワソワでもなく……表現するとしたら、さわさわとした感じの中で、会話が続く。
「あんな感じで、普段どうやって生活しているんだろう」
捜査官たちは興味津々だ。
年齢から言ったら、自分たちよりも年若い、女性。学生と言っても通る年齢だ、というよりも、同じ年の多くの人間は学生だろう。
が、彼女のあの目力と言うか、持っている雰囲気と言うか……飲まれてしまう。
普段の生活と言うのが全く想像できない。
雲の上の人間と言った感じなのが否めない。
彼氏とかいるのかな? え? 居たら女王様やっているのかな?
そんな下世話な話も出てくる。
「俺、あの扉の奥の部屋、見たくないなあ」
「それ、納得」
「誰が報告に行くんだよ?」
「取り敢えず、仕事だ仕事!」
誰もが責任を押し付けあいながら、遠巻きにその部屋の入り口を見つめていた。
その頃、その部屋では……。
クリスが苦笑していた。
「体よく、使われた気がするな」
クスクス……クリスはその台詞とともに小さく笑い声をあげた。
その理由を察して、ビューも苦笑する。
「やりすぎましたかね?」
エストンは先ほどの様子の気配もなく、すとんと言った。
やりすぎでしょうとは、クラバートの弁。
エストンとクラバートは、部下に喝を入れるために、あのような行動を起こしたのだ。
「エストン司令補の意図にはすぐ気づきましたが……つられてしまいました」
コロコロとクラバートが笑う。
様子伺いと称し、喝というか状況確認のついでに元気づけできればと思っていたのがわかっていたのだろうか? いや、この二人は、自分がこの場所に来た気が付いたときにそこまで察していたに違いないと思っている。
「苦労しているようだな」
クリスの言葉に
「苦労しまくっています」
そう答えたのはエストンだった。
彼にとっては貧乏くじのひきまくりだろう。
先のウイグラス星系の案件に引き続き、今回のクレイフィルの件。
難しい案件が、彼に当てられたと言っても良い。
「どうしてもわからないのです」
クラバートがそう言う。
「消えている人間がいる。それは確かなのですが、その行き先も、その手段もわからないのです」
ホームレスが貯蓄をしているとは思えない。では移動資金はどうやって手に入れているのか。そもそもどこへ行こうというのか。なにか情報があったのだろうか?
「更生施設の利用者数の増減はどうだ?」
「大きな変動はありません」
司令補達が取り囲む中央の椅子にクリスは腰かけていた。
その手に情報が入力されているボードが渡る。
ビューは椅子から立ち上がりクリスの背後に回った。
阿吽の呼吸で、クリスは自分でボードを見ながら、背後のビューも見えるように角度を変えた。
数値を見れば、確かに減少している。路上生活者も、シェルター利用者の数が少なくなってきている。
だが、理由がわからない。
「他にテント村はできていないか?」
「数に増減はありません。人数が増えた場所もないようです」
クリスは考え込んだ。
ボードを受け取ったビューはさらに細かい数値を見直した。彼らが言っているように、ホームレスのたまり場は増えてないし、一か所ずつの人数も大きく増減はない。
だが、明らかに総計では人数が減っているのだ。
確かにおかしい。
これはこの場にいる四人の共通した認識だった。
「別の視点で見るべきかもな」
しばらく考え込んだ後、クリスが言った。
「別の視点、ですか?」
エストンが問いかけた。クリスの言う別の視点の指すものが分からなかったからだ。
三人の視線が一人に集中した。
「この数値の移動が、自主的なものではなく、『故意』だとしたらどうだろう」
三人が息を飲んだ。
その三人を、面白そうにクリスが見つめた。
「……つまり『誘拐』とおっしゃる?」
ビューが代表して聞いた。
クリスが説明した。
人身売買の可能性は否定できないが、ホームレスがその対象になる可能性は低い。
悲しいことに、人にも「ランク付け」があり、最下層のホームレスは高く売れない。
娼婦や麻薬常習者も同じことだ。
マーケットに出にくい人物像であれば、その価値は高くなる。高値が付くのだ。
つまり、良いところのお嬢様であればあるほど、価値は高い。
子供も同様。家出人より良い家庭の子どもの方が価値がある。
この件は、人身売買の確率は低いと考えられた。
では、他に何の要素があげられるだろう。
数値が減る純粋な可能性とは何だろうか。
セーフティネットの網に引き上げられることが考えられる。
更生施設に入り、リハビリをし、社会に復帰する。
もしくはそれが難しい場合、政府の生活保護下に入る。
だが、その数値の変動はほとんどない。
と言うことは、もっと別の要因があるということだ。
何かの宗教団体、言い換えればカルト集団による勧誘か?
宗教団体に取り込まれた可能性、これも否定できない。
だが、消えた人数が宗教団体に加盟したとしたら、今頃巨大化して公安等の政府の監視対象になっているはずである。
それもない。
となるならば、純粋に死亡した……と考えたいところであるが、自然死亡率はそれほど高くない。死体が転がっていたり、連続殺人が集中して起こっているという話もない。
そもそも、そのようなことがあれば、数値として挙がっているはずである。
となれば……。
他の都市に移動した、と考えたいところであるが……。
そのような財力があったらホームレスにまで転落しないだろう。
また、他の都市で浮浪者が急上昇したという情報も上がっていない。
ということは、政府がご親切に他の都市へ定期便を出してホームレスを押し付けた……と言うこともないようだ。それをやっていたら、今頃政治戦争勃発しているな、とクリスは思った。
話している途中でビューがお茶を用意していた。
差し出された紅茶を口にして、クリスは一つ息を吐いた。
この言葉を言うのは重い。だが、言わなければならなかった。
「この状況を考えうるに、どこかの場所に『誘拐』されている、と言うよりも『拉致監禁』されていると考えるのが妥当だろう」
この言葉を聞いて、司令補三人は青ざめた。
どう考えても普通ではないこの状態、これで「拉致監禁」されているとしたら、今、その者たちはどのような扱いを受けているのだろうか。
「目的についてはわからない。だが、そう考えるのが自然のような気がするが……。君たちの意見を聞こうか」
クリスの思考に、何とか三人の司令補はついて行っていた。
「目的が分からなければ、場所を特定するのは難しいですね」
「手段は何でしょう? 人間を誘拐するには手間がかかります」
「リスクも否定できませんね。誰かに見られていることもありますから」
それぞれが、今思いついたことを言った。
それをクリスがホワイトボードにペンで書き込んでゆく。
Purpose:目的
Location:場所
Means:手段
Risk:危険度
「つまり、これがわかれば、この疑問について解決できる、少なくとも解決に向けて前進できるはずだな?」
三人は頷いた。
クリスはホワイトボードの横にあった移動式ディスプレイに目をやった。
「これはクレイフィルの地図か?」
「はい」
エストンが一言で回答した。
「では、この画面に、確認されているホームレスのたまり場を表示させてくれ」
クラバートがボードを操作して、大画面に反映させる。
小さな赤い点がいくつも表示された。
「この点の最少人数は何人だ?」
「十人です」
赤い点が散らばって点在しているが、集中している部分が何か所かある。
「この集中点に捜査官は配置しているか?」
「一名ずつ三か所に配置しています」
クラバートの回答だった。
「増員を検討しておりましたが……」
エストンが、そう言いかけて……。
「このままで行け」
「司令?」
普段はユニットリーダーに任せる部分である人員配置に、クリスが待ったをかけた。
「潜入捜査官の人員はそのままに、いざとなれば保護できるよう体制を組みなおせ。潜入捜査官には見たこと聞いたこと感じたことをすべて細かく報告させてくれ」
クリスの命令だった。
彼女はどこまでこの状況を読んでいるのか。
阿吽の呼吸で補佐しているビューにも、読み切れなかった。
「この一件、おそらくかなりキナ臭くなるぞ」
これは脅しでもなんでもなく、クリスの直感だった。
「心して、捜査に当たらせろ」
三人の司令補には、その言葉が重く鳴り響いていた。
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