第十五章 自分のできることとは

 ビュー達が去ったあと。

 クリスは改めて自分の状況を考えてみた。

 本来の目的であった、マンソンに関する情報はまだ得ていない。

 自分の後任であるボンドには、少し荷が重かったかもしれないと思える。

 ただでさえ入手が難しい情報を、素人と呼べる人間に任せているのだから。

 自分はその情報を得たい会社と対立する会社に属することになってしまった。

 この立ち位置では、メディブレックス社の情報など手に入れるのは難しい。

 そこで、まずは自分ができることを優先にやって行こうと思った。

 それは……。

 ファランドのチームのプラスになること。

 特許の係争に関することである。


 その日、クリスは常々疑問に思っていたことを、社長の休憩時間に聞いてみた。

「社長、お聞きしてもよろしいですか?」

「何だ?」

 クリスは会社案内のパンフレットを片手に問いかけた。

「なぜ『ベラロイスウイルス』に着目したのですか? 他にも研究対象になりそうな病気はありますのに……」

 パンフレットには、死んだ親に取り残された子供を見たことがきっかけと書かれていた。だが、残念だが、そんなケースはたくさんある。病気の親を持つものはそれこそ数限りなくいるし、取り残される子供も多い。

 なぜ、「ベラロイスウイルス」なのか。

 純粋な疑問だった。

「きっかけは、そのパンフレットにあるように取り残された子供を見たことだ。そして書かれていないこともある」

 社長のファーガソンは語り始めた。この会社を立ち上げることになったきっかけを。


 ジョージ・ファーガソンには、兄弟が三人いた。

 一人は兄。母を同じくする実兄だ。

 他の二人は母の違う弟と妹。

 元々実父とはそりが合わず、母が離婚した時、兄とともに母親側について行った。

 母はその後、事故が原因で他界。

 ジョージの兄、アーロンとは年が八歳離れていた。母が他界した時にはすでに十八歳を迎えていたアーロンは、弟ジョージの後見人となり、二人で協力しながら生活を送っていた。

 そんな二人に世間は甘くはなかった。父親は養育資金を一切送ってこなかった。本当に名前だけの存在だったのだ。

 兄のアーロンはもともと頭が良かった。奨学給付金のある大学に入学し、時間を見てはアルバイトをして二人の生計を成り立たせていた。

 そんな兄を見ていたジョージも、奨学金制度のあるハイスクールに入学し、スキップして学費全額給付の大学に進学した。兄と同じくアルバイトをして、生計の足しにしていた。

 二人は暗黙の内に決めていた。万が一のことを考え、母の残した遺産には極力手をつけないでおこうと。

 兄はメディカルスクールに進学した。医師になる道を選択したのである。そしてメディカルスクールをスキップして三年で終了すると、そのまま医者の道へ進んでいった。

 弟のジョージはというと、医師として勉学に励む兄を見ていたので、自然と医学に興味を持った。だが、医師として働く兄を見て、自分には医師はできないと自覚していた。

 兄は、研修医時代を終えるとNPOの元で働きたいと弟に言った。弟は兄に自分の望む人生を歩んでほしいと言った。自分が足かせにはなりたくないと正直に言った。

 その言葉が後押しし、兄はNPO法人の医師として難民キャンプに派遣されることとなる。

 そこで「ベラロイスウイルス」という残酷な病気と遭遇した。

 弟のジョージはアルバイトのほかにもボランティアにも積極的に参加していた。

 大学側が全額給付の条件としてボランティア参加を課していたというのも理由のひとつだが、自分の見識を深めるためにも必要なことと考え、いくつかのボランティアを兼務していた。

 その時、ボランティアの中には難民キャンプでの人道的介助というのも中に入っていた。

 ジョージはそれに志願した。

 兄が言った「戦場」というのを見たかったのもある。

 だが……ジョージが担当したその土地は戦場というわけではなかった。

 武器を手に取って戦うものは居なかった。

 が、「ウイルス」という目に見えない脅威が、その土地を襲っていたのである。


 NPOの医師として兄のアーロンが派遣されていた難民キャンプにボランティアとして同行した時にジョージは目にした。報道では伝えられていない、残酷な現状というものを。

 その土地には「ベラロイスウイルス」が蔓延していたのである。

 ベラロイスウイルスは「バイオセーフティレベル4」に属する極めて危険なウイルスだった。このため、死体でも危険とされ、ウイルス感染して死亡した死体は、一か所に集められ、荼毘に付されていた。

 火葬と呼べるものではない。

 「もの」を焼くと言った感じだ。いや、「もの」以下かもしれない。

 死体に燃料をかけ、そこに火炎噴射機を向けて火をつける。

 炎の中でそれは徐々に人の形ではなくなってゆく。人の脂と肉が焼けるにおいが充満し、この「人の死」と「驚異のウイルス」が混在する環境の中では自分は生活できないだろう、そう思っていたところに小さな女の子が居た。

 「おかあさん」「おとうさん」小さな子供が親を探す。彷徨っていると言った方がより近い表現かもしれない。

 「おかあさん」「おとうさん」その小さな声はよく透る声で、遠くまで聞こえていた。

 その言葉を聞いて、医療従事者たちが駆け寄ってくる。

 多くの者が防護服を着たままだ。治療中なのだ。当然の姿だった。

 だが、ジョージには異様な姿に見えた。小さな普段着を着た少女と宇宙服のような防護服を着た大人たち。

 その時、看護を担当していた女性が防護服を脱ぎ、少女を抱きしめた。

 「医療従事者」として、その行動はあってはならないものだろう。自分を「ウイルス」に晒し、未感染の者に「ウイルス」を晒す危険があったのだから。

 だが「人間」としては、どうだろう。人としては至極当然な、当たり前な動作に見えた。

 ただ人を抱きしめる――

 それにどのような効果があるのかはわからない。だが、少女には効いた。

 その動作で、自分の両親がどのような状態にあるのか、いやあったのか、わかったのである。

 この、幼い少女が……。

 ジョージには見ていられなかった。

 自分には兄が居た。だから生きてこられたし、成長するにあたり、このような病気が蔓延する場所で生活する事もなかった。

 このことは……自分が当たり前と思っていたことは、実は「幸せ」なのではないだろうか。

 その光景がジョージを変えた。

 あの少女の名前は今もわからない。だが、贈りたかったのである。「ベラロイスウイルス」という悪魔が居ない平穏な世界を。生活は苦しいかもしれないが、「ウイルス」という脅威には怯えなくても済む世界を。

 「ベラロイスウイルス」を根絶する薬を作りたい。

 それがジョージの目標になった。

 自分には残念ながら医療知識は兄に遠く及ばないし、おそらく研究者としてもやっていくのは無理だろう。

 ジョージはそう自己判断していた。

 なら、自分に出来ることとは何か。

 そう考え、会社設立を思い立ったのだ。

 だが、簡単な道のりではない。

 「会社を作りたいんです」と言ったところで、何冗談言っているんだと思われて当然だ。

 そこで兄に相談した。

 「ベラロイスウイルスを研究する自分の会社を作りたい」と。

 兄は真面目に聞いてくれた。そして、自分でよければ力になると、「ベラロイスウイルス」に関して自分が得た情報と知識、経験を教えてくれた。

 ジョージはさらにお願いをした。資金などの話ではない。人が目標とする研究者を知らないか、と。

 兄の名は、「ベラロイスウイルス」研究に関しては、そこそこ名が知れ渡ってきている。

 だが、会社を設立した際の研究員として名を並べるのにはよいのだが、顧問となれば話は別だ。もっと知名度の高い、名の知れた研究員が欲しかった。

 その点は兄も理解してくれていたらしい。

 苦笑した後、そっと名刺を渡してくれた。

「サンダース・シモンズ博士。何度も連邦ノーベル賞候補に名の上がった一流の研究者だ。彼に連絡を取ってみると良い。どうなるかはわからないが、『ベラロイスウイルス』に関して理解のある方だ。お前の話がより具体的に、信憑性のある話だったら興味を持って聞いてくれるのではないか。僕の名前を出してもいいが、そこからはお前の力次第だよ」

 それはわかっていた。

「ありがとう」

 そう言って名刺を握りしめると、即実行だと行動に移った。


「君は、こんな僕を馬鹿だと思うかい?」

 社長の一人称が、「私」から「僕」に変わっていた。

「いえ、貴方は行動に移し、実際に会社を立ち上げているではありませんか」

 これはクリスの本心だった。

「そう言ってくれると、世辞でもうれしいよ」

「世辞を言うほど暇ではありません」

 言い切ったクリスに、ファーガソンはふっと笑った。

「確かに。君ならそう言うだろうな」

 彼女はおべっか使いではなかった。むしろそれを嫌っている。それを理解できる期間を、この二人は過ごしてきた。

「今パンフレットに、顧問として『サンダース・シモンズ博士』の名があるというのは、社長の理念を理解していただけたのですね」

「そうだ。そういうことになるな……」

 口元に笑みを浮かべながら、少し冷めた紅茶に口を付けた。


 サンダース・シモンズ博士――

 ウイルス学者の権威。

 難民医療にも精通し、特にレベル4相当のウイルス性出血熱(viral hemorrhagic fever:VHF)の研究に意欲的である。

 VHFの治療は、現在対処療法であるが、それを防ぐため、もしくは発症を防ぐためのワクチン開発は必須と訴え、いずれは天然痘のように根絶すべきだと主張している。

 その主張はもっともだと賛同している者は多いが、その研究には及び腰になるものが多い。そうだろう。致命率が非常に高いウイルスと隣り合わせの生活を送りたいと思うものがどこにいる。また、開発費も膨大になる。

 よって必要性は認められていても研究は思うように進んでいないのが、現状であった。

 そこへ、ジョージが兄アーロンからもらった名刺を手に連絡してきた。

「通信では失礼に当たりますから、直接お話がしたいのですが……」

 シモンズ博士は、通信中、「アーロン・ファーガソン」という名前を思い出した。

 治療を積極的に行いながら研究を進めている「ベラロイスウイルス」に関して実績のある数少ない現場医療研究者だった。

 その者の弟が、話があるという。

 断ることもできた。いや、普通なら断るところだろう。

 だが、博士はそうせず、自分の空いている時間を告げた。

 何が博士の心を動かしたのであろうか。

 数日後、ジョージは博士と面会した。

 ジョージは、自分は会社を設立したいと率直に言った。

 自分が経験したこと、その時感じたこと、現在の状況や今後あるべき理想の姿を語った。

「夢を希望に、そして現実にしなければなりません」

 夢は手に届かない憧れ、希望は手に届く望み。

 少しずつ手繰り寄せて、現実にしようと語る。

「今の私は無力だと分かっています。でもこのまま放置していたら何も変わりません。何事もはじめがあります。ですから、私は会社を立ち上げます。『ベラロイスウイルス』に立ち向かうために」

 シモンズ博士はその言葉が気に入った。

 ジョージを相手に質問しては回答を得、または逆の立場になりながら話を続け、気がつけば六時間以上話をしていた。

「こんなに引き留めてしまって、悪かったね」

「いえ、こちらこそ、お時間を長く頂戴することになりまして、申し訳ありません」

「ところで、明日なのだが、またこちらに来れるかい?」

 博士からの突然の誘いだった。

「自分は構いませんが……」

「なら、明日の十三時ごろ、どうだろう?」

「伺います」

 そうしてその日の会合は、終わりとなった。


 翌日――

 再び博士の元に伺うと、博士のほかに三人の男が居た。

「やあ」

 博士が気さくに声をかけてきた。

「君との話が面白くて、彼らにも話をさせてもらった。そうしたら君に興味を持ったとのことでね。ポーカー仲間なんだ。申し訳ないが、今日は彼らも同席させてもらえないだろうか」

 突然のことであったが、ジョージに否をいう理由はない。

 了承の意を伝えると、応接卓に移り、会話を始めた。

 会話がウイルスのことから医療のこと、経済や経営、地方政治から連邦の政治へと話が色々飛び交う。倫理や危機管理の話もあった。

 ――これは試されているな

 そう思わざるを得なかったが、ジョージ自身もこの会話を楽しんでいたことは否めなかった。

 ポンポンと話題が飛び、それについての回答もまた飛び出す。疑問が疑問を呼びさらに疑問を呈する瞬間もあったが、他の参加者も楽しんでいるようだった。

「さて、本題に入ろうか」

 博士がそう言い、ジョージは静かに姿勢を正した。

「もう君なら気づいているだろう。これは一種のテストだったんだよ。君が今の状況をどう考え、どういう方向を望んでいるのか。そして課題にぶつかったときどのような対応を取るのか確認させてもらったんだ。気を悪くしたならすまなかったね」

「いえ、大丈夫です」

 そう言って静かに微笑んで見せた。

「ほう、思った以上に度量があるようだね」

 博士の横にいた男性が感心して見せた。

「それはもういいだろう。では、彼らの素性を明かすとしよう」

 そう言って博士は男性三人の素性を明かした。

 ――ヘッジファンドの投資責任者

 ――経営コンサルティング会社の代表責任者

 ――医療財団の倫理顧問

 ジョージにとって、これは頭の痛くなる内容だった。

 よりにもよって、みんな「大手」と冠詞が付く企業・団体だ。

 そこのトップ集団に根ほり葉ほり聞かれ、試されたということなのだ。

 言ってしまったものは仕方ない。覆水盆に返らず。発してしまった言葉は戻らない。

 話した内容はすべて本当で本音であり、偽りはなかった。

 ジョージはここで居直った。

「で、どのような評定だったのでしょう?」

 完全に腹を括ったジョージを四人の男性陣は面白そうに見た。

 博士はティーカップを持って口に運んでいる。完全に蚊帳の外といった感じだ。

「では私から」

 ジョージから向かって左側の男性から順に話をするようだ。

「君はサンザシアン星系第五惑星レイヴァンのグッズモンドに会社設立する予定と言ったね、それはなぜだい?」

「グッズモンドにある大学の附属研究所が廃止予定です。その場所を買収して新たな研究拠点として立ち上げるつもりです」

「なるほど、新規に場所を確保して研究所を立ち上げるとなると、周囲との軋轢は避けられない。元々あった場所を利用するとなれば、それほど大きな問題にはならない、ということかね?」

「その通りです」

 男性はフムフムと聞いている。

「その研究所はどのくらいの築年数かね?」

「実は再建されてから三年も経過していないのです。この研究所を建て直したことが大学の経営を圧迫したとのうわさがあります」

「安全性はどうなのかね?」

「昨月、レファード州の定期検査で合格が出ています」

 男たちは頷き合いながら、心を固めて行ったようだった。

「よし、わかった。私の会社の投資先の一つに君の会社を含めよう。だが、甘くはない。いつでも手を引ける状態にあることを忘れないように」

「君の経営理論に関しては納得したよ。後押しさせてもらおう。困ったことがあったら相談してくれると良い。いつでも力になろう。ただし、場合によってはしっかりとコンサルティング料を頂くから、それを忘れずに」

「医療倫理の面では私が力になろう。外部の有識者を含めた会社の倫理委員会を立ち上げると聞いているが、専門分野で困ったら相談してくるといい」

「君の理念、目標はわかった。私は喜んで顧問として参加させてもらうよ」

 ジョージは驚きの連続だった。

 博士のほかに、三人の協力者が出来た。

 それも超強力な協力者だった。

「ありがとうございます」

 これが、このナノエックスフリーダム社の始まりだった。


「それでこの三社がパンフレットに載っているのですね」

 クリスがパンフレットを開きながら言った。

 提携会社・団体として記載がある。

 この影響は大きいだろう。連邦という規模でみても名の知れた企業・団体なのだ。

 これを見て融資を決めた会社があったことは間違いない。

 はじめはそれでも苦労があったと聞く。

 それでも起業から丸三年で経営を軌道に乗せた。

 その手腕は認めなければならない。この社長であったからこそのこの経営だ。

「研究員を集めるのも実は苦労したんだ」

 そう言って遠くを見るファーガソン。

 クリスは黙ってそんなファーガソンを見つめていた。


 これから立ち上げようとする会社。

 その会社の社長は、まだ二十代の学生。

 経営についてはそれなりの知識があるようだが、専門分野の知識はあまりない。

 こんな新規の会社に勤めようとする冒険者はほとんど居なかった。

 兄であるアーロンは真っ先に研究者として登録してくれた。

 だが、現場を離れたくないとの意識が強く、現場研究員として名を連ねることになった。

 研究員については、論文等を読み、兄にも意見を求め、候補者に直接会いに行ったりもした。

 「バイオセーフティレベル4」の施設を使用するには訓練も必要だ。

 研究に携わりたいのに訓練予定者から除外され、門前払いの状態だった研究者は、逆にこの美味しい話に食いついた。自分で病理実験に携われるのだ。この喜びは大きかった。

 また、意欲的な研究者は逆に噂を頼りにこの会社にたどり着いた。

 直接社長が面接し、また、経歴書や倫理意識チェックテストを行って、研究員を定めていった。

 研究者たちは、はじめ、一に訓練、二に訓練……と言った状況に不満を持った者も居たが、その先の研究のためになると諭し、訓練にあたらせていた。

 ようやく訓練時期が終わり研究に入ると、研究員たちは目を輝かせた。自分たちの思う研究ができるのだ。

 大手製薬会社や、大企業、大学の研究所では、研究内容を押し付けられ、自分のやりたい研究ができないことが多い。だが、この会社はまっさらな状態。自分のやりたい研究を、その方向性を示し、上を納得させることが出来れば研究出来るのだ。

「ベラロイスウイルス」限定という制約が付くが。

 この環境は研究員の意欲を大いに震わせた。

 どのようなアプローチで最終目的にたどり着くのか。

 研究員たちで活発に意見交換を行い、それを実行に移してゆく。

 この会社の研究員のトップにいる者たちは、それぞれ別の会社で中堅クラスに居た者たちだ。お互い論文等で名前を知っていても、ここで初めて会ったという者も少なくない。それこそ意見の対立で喧嘩になりかかったこともある。

 だが、それを人事の妙で抑え込んだのが、経営者のジョージだった。

 彼は意見の同調する者たちでチームを複数作り研究にあたらせていた。

 実験の結果は全グループに表示することを前提とし、それを怠った場合はペナルティ付きという条件が課せられた。

 各チームのディスカッションは大いに盛り上がり、週一回の全体会合では、結果発表が我先にと行われる。これが小さな会社の良いところなのかもしれない。

 良い結果が出たチームは引き続き研究を行い、結果が出なかったチームはアプローチ方法を変える。場合によっては、他チームのサポートに回ったりもした。

 結果、創立三年を迎えるころには特許をいくつか取得しており、会社は軌道に乗り始めた。

 理論から実現へ……。この会社はそれを目指して社員一同進んでいったのだった。


「スカウトし損ねた人物がいたよ」

 そうジョージは言った。

「貴方が直接スカウトしたのですか?」

「ああ、そうだ」

 話を聞くと、研究論文を読んで興味を持ち、現場でベラロイスウイルスと戦っている兄にも意見を聞いた。現場研究員という立場からの意見を求めたのである。

 その返答は……。

 ――面白い。

 この一言だったらしい。

 それで、直接スカウトに行こうと決断したらしい。

「珍しいですね。貴方がスカウトし損ねるとは」

 直接スカウトに行ったとき、多くの者が、いや、ほとんどが実際にこの会社に転属している。

 だが、その者は所属している会社から動かなかったらしい。

「スカウトし損ねた……というのは正確ではないだろうな。会社との契約が切れるまで待ってほしいと言われたんだ」

「会社と契約……ですか」

 任期付きの研究員だったということだ。

 それも「ベラロイスウイルス」を専門に扱っている者。

「それは興味がありますね。名前をうかがってもよろしいですか?」

「聞いてもわからないと思うが……」

「参考に伺っておきます」

 クリスはその人物に興味を持った。

「その人の名は『バリー・マンソン』と言ったんだ」


 その名を聞いて、クリスの表情が凍り付いた。

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