第九章 主体的に……

 クリスはこのまま情報に対して受け身ではなく、主体的に主導的に、自発的に動こうとした。

 クリスはフットワークが軽い。

 というか、デスクワークが好きではない。

 書類整理が嫌いなのだ。

 この言葉は、管理職が言ってはいけない気もするが……。

 今回の件は、考えればぐちゃぐちゃしているが、要点を抑えればこうだ。


 1. クレイフィルの人口動態調査

 2. ウイグラス星系の経済調査

 3. グッズモンドでの新薬開発戦争の解明

 4. はがきに関して科学分析部との合同調査


 4については、元はと言えば、クリス宛てに来た私用のはがきがきっかけだ。

 チームスリーとしては、現在重要な事案の捜査担当に当たっているわけではないし、今は、情報収集の段階だ。

 今回、このはがきの件では、半分クリスのプライベートの用件を部下に探らせているような感じになってしまった。

 これでは、申し訳ない。

 本当に申し訳ない。

 どれどれと、クリスは自分から動こうとした。

 自分から捜査員の一人になろうとしたのである。

 本来、特別司法官は一捜査員だ。間違ってはいない。

 だが、組織の重要地位に居る人物としては、それはいただけない。

 ――非常にいただけない。

 そして、クリスの傍には、心配性の兄? がいた。


「貴女は! 何を考えているのですか!」

 これは、聞いてはいけない言葉だろう。

 上司である「司令」の執務室から、部下である「司令補」の怒鳴り声が聞こえるのだから。

 この部屋の前を通るとき、クリス司令、ビュー主席司令補の声を聞かなかった、聞こえなかったふりをして他の部下達はそそくさと素通りする。そうすることが暗黙の了解に……というか、自然とそれが部下達の心に浸透していた。

 さて、その部屋の中はというと……。

 執務卓に座したクリスが耳をふさいで頭を抱えている。

 ビュー司令補はというと、その真横に立ち、ボードを片手で持ち、操作しながら言葉を発している。

「いいですか。貴女はこのチームの『司令』なんですよ」

「それはわかっている」

「わかっていて、その行動ですか!」

 ビューは怒り心頭。

 クリスはビューの目を盗んで、サンザシアン星系第五惑星レイヴァンへ向かおうとしていた。休暇の申請をし、レイヴァン行きのチケットを手配しようとしたところでビューに発覚した。……自然な成り行きと言えよう。チームスリーのナンバー2はビューだ。トップのクリスが不在の時のしわ寄せは彼に来る。そしてお互いの動向確認も必要な立場だった。休暇を申請した時点で、この件はバレる。だが、職務として対応するには気が引ける。クリスの苦渋の選択だった。それについてはわかっているビューだが、その選択についてもろ手を挙げて賛成できる立場にはいなかった。

 そのビューに対し、半ば開き直りというべき状態で、クリスが言った。

「現場の方が動きやすいし、目が届きやすい」

 それに、ビューは反論しなければならなかった。お目付け役? いや、兄? という立場からも、これは怒らなければならない。

「そういう問題ではありません。貴女は今、何の職に就いていると思っているのですか?」

 その質問に

「連邦特別司法官だけど?」

 けろりと答える。

 これが俗にいう「油に火を注ぐ」という行為だ。

「分かっていて、この座から離れようとしたのですか!」

「そうだけど?」

 これもぺろりと答えた。

 ~~~~~~!!

 ビューは怒りが込み上げすぎて言葉も出ない。

「誰も猪突猛進に正面から身分明かして怒鳴り込みに行こうとは言ってはいないじゃないか」

 クリスはすました声で言う。

 ビューはまだ怒りが収まらない。

「では、貴女はこの『司令』の座をどうするんですか。そしてサンザシアン星系第五惑星レイヴァンまで行ってどうやって情報を集めるというんです?」

 兄バカになりつつあるビューは、おそらく妹が居ればこうやって怒りながらも宥めたんだろうなという対応をする。

 だが、クリスは全くかわいい妹ではなかった。

「バリー・マンソンはメディブレックス社所属だっただろう? その外側から突こうと思っていてね」

 つまりこういうことだ。

 バリー・マンソンは八か月前に死亡している。

 それは事実として公式に記録されている。

 その事故の前に何の研究をしていたのか、事故はどのように処理されていたのか、情報分析官のケイティが情報の海で探りきれなかった場合のことを考えて、現地で秘密裏に動けるよう自分の存在を移そうとした。

 なぜ、死者からはがきが届くこととなったのか。

 そのカギは、生前の行動にあるはず。

 クリスはそう考えている。

 マンソンは職歴としては「メディブレックス社」を最後に死亡して(消えて)いる。

 メディブレックス社としては、マンソンはすでに故人として、亡き者として扱っているはずだ。

 研究情報は秘密厳守。

 それも、マンソンの頭の良さを考えると、おそらく極秘扱いの研究を行っていただろう。

 それを正面から問いただしてはいけない。

 権力のある立場で問いただそうなんて、以ての外だ。

 何がどう影響するかわからない、今は手探りの状況なのだ。

 だから、下手に『何か』を刺激しないように、真綿で『情報』をくるむように静かにひっそりと動く必要があった。

 そして、矛盾しているようであるが、ある程度、情報を引き出せる強制力を持つ場所に居ることも必要だった。

「直接ガチンコ勝負でメディブレックス社に乗り込むほど馬鹿じゃぁない。ちょうど法廷闘争も起こっていることだし、係争相手側のナノエックスフリーダム社の顧問弁護を務める弁護士事務所にパラリーガルとして入り込もうと思っていたんだ。職業安定所の求人募集に載っていたし。その方が、情報も色々な面で取りやすいだろう?」

 ビューは頭を抱えた。

 パラリーガル?

 そんな可愛い職が貴女に務まるはずないでしょう?

 貴女は弁護士どころか「特級司法資格」保持者なんですよ。

 そこいらの弁護士なんて、蹴散らせる力があるんです。

 というか、知ったら相手の弁護士が裸足で逃げ出します。

 それに絶対どこかで貴女の化けの皮が剥がれます。

 普通にさらっと的確な法令をぽろっと言って「こんなんで、ダメですかねぇ?」なんて作り笑いするんでしょうから。

 ダメです、無駄です、あきらめてください。

 それより立場を考えてください。

 場合によっては、貴女は警護が必要になる人間なんですよ!

 これをどうやって言おうかと悶々としているところに、クリスが追い打ちをかけた。

「本来、ちょうど私くらいの年齢だろう? パラリーガルをやるのは。法律もある程度わかっていてセコセコ動けるのは私くらいだと思っていたんだが」

 にこにことクリスが笑って言うが、ビューは穏やかではない。

「貴女と同じ年齢くらいの捜査官を使いましょう。法学部出身の捜査官もいます」

「ちょっと待て。捜査官で私よりも若いものは居たか? 記憶にないんだが?」

「探せば居ます!」

 話の方向がズレそうになって、ビューは慌てて方向転換を図った。

「何人職員が居ると思っているんですか? 条件に合う人物は居るはずです」

 その言葉にクリスも乗って話を続けた。

「確かに、それはそうだろうが。でも、この件の元は私の私事だ。プライベートに部下を巻き込んで、自分はのんべんだらりとしているのは、私の性に合わないなぁ」

「性に合う、合わないの問題ではありません。貴女はダメです。絶っっっっ対にダメです!!」

 その言葉に、クリスはムスッとする。

「何でそこまで力説する?」

「貴女は知識がありすぎます」

「特許関係は専門外だぞ」

「それ以外は得意でしょう?」

「私の専門は連邦案件であって、星域、惑星圏案件ではないんだが」

「法廷で『喧嘩』するのは得意でしょう? その『前準備』も嬉々としてやるのが貴女でしょう?」

 いつまでも堂々巡りのやり取りに、クリスが飽きてきた。

 法廷だったら、皮肉気に笑って、相手の急所をぐさりと言葉で刺していたかもしれない。

 相手がビューだから、ここまでもっていたと言ってもいいだろう。

「取り敢えず私はレイヴァンに行く。実際この目でどうなっているのか見てみたいし、情報も近くから取り寄せられたら、対応も早めにできるかもしれない」

 クリスはビューを見て、表面は「にっこり」笑ってこう言った。

 この上っ面の「にっこり」は危ない。ビューに危険信号がともった。

 クリスの「にっこり」の笑顔から冷気が感じられる。

 寒い! これは寒い!!

 そう感じるのは自分だけなのだろう。

 ビューは引きつった。

 そうだ……この部屋に居るのは自分たち二人だけだった。

 感じるのは自分だけだった……。

「司令……」

 ビューは笑顔の冷気を真に受けて、先ほどの怒りも下火になり、根も果て、肩をがっくりと落としながら言葉を吐いた。

「司令の席はどうするんですか?」

「それは、優秀なビュー主席司令補に代理として任せるよ。頼むよ!」

「司令!!」

 自分の言葉がこんなに通じない。

 ビューは空回りして、力説して疲れた。

「諜報部でもうまく情報をつかめていないんだ。じゃあ、乗り込んでやろうじゃないか。諜報部の腕利きも場合によっては何人が呼び寄せよう(=巻き込もう)。パラリーガルとして就職するにあたっての、適当な経歴を作ってくれると助かる。経歴が出来たらその場ですぐ暗記するからよろしくな」

 もう、現地に行くことを決めてしまっている上司に、一言返してやろうとビューはキッと顔を上げた。

「止めても無駄なんですね? わかりました。貴女の代理は置きません。私はあくまでも『司令補』、貴女の『部下』で『補佐』です。チームリーダーは貴女だ。決裁は貴女がやってください。パラリーガルと司令の兼務、できないとは言わせません。決裁が溜まってどうしようもなくなったら、問答無用で連邦特別司法省に連行して執務室に監禁しますから、覚悟しておいてください」

「わかってるって。それくらいは想像していたさ。さて、法律勉強中の学生に化けるか。お堅い感じのやっぱりスーツを着るべきかな? 昔ながらのリクルートスーツか? いや、私はそもそもリクルートスーツは持っていないし……。購入するか? それとも半分学生だからカジュアル路線か……」

 その言葉を聞いて、ビューはどっと疲れが出た。

「司令……。貴女はつまり……『暇』だったんですね」

「ありゃ、ばれたか」

 ビューは今度こそ、撃沈した。


 結局それからも何度かビューとクリスは論戦? を繰り広げ、その後の動きを決めて行った。

 クリスの補佐としてビューが就くことをビュー自身が頑として譲らず、クリスはその点については大きく譲歩した。

 その代わり、クリスがパラリーガルとして、法律事務所に潜入すること、その友人として部下たちが周りを補佐することで、このごたごたは決着がついた。結局、法律の引き出しをすいすい開けて引き出せるクリスと同じように作業できるような年頃の捜査官が近場に居なかったためだ(最後までクリスが潜入することに対してビューは反対した)。

 第一陣としてレイヴァンに向かうのは十名。

 ビュー司令補直属のユニットが付き従うこととなった。

 ビューの残りの四十人の部下たちは、バックアップ要員として、場合によっては現地合流も視野に入れ、特別司法省に残ることになった。

 他の四司令補は、科学分析部との合同調査、ウイグラス星系の経済調査、クレイフィルの人口動態調査、グッズモンドでの新薬闘争の解明の指揮に当たる。

グ ッズモンドの件は、クリス達も関わらざるを得ない問題ではあったが、クリスの目的はあくまでもバリー・マンソンの件の解明だ。

 私用にチームを巻き込むことになったことに関しては本当に申し訳なく思っているが、マンソンが何かの陰謀に巻き込まれ、助けを求めているならば、動かなくてはならない。

 それも、普通の立場ではない人間が。完全に外部の人間でなければならないのであろう。


 まだ、先に何があるのか。

 クリス達は気づいていなかった。

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