第105話 旧市街跡

 咳払いをした後、オリビアがクエストの内容を話し始めた。


「まず旧市街跡を根城にしている何者かだが、これは人間なのかモンスターなのかハッキリとはしていない」

「何故です?」

「誰もその姿を見ていないからだ」

「? でも討伐クエストが発生しているということは、実際に害が出ているってことですよね?」


 そうでなければ誰も依頼などしないはずだ。


「ああ。以前旧市街跡に近づいた観光客がいたのだが、襲撃を受けて倒れていた」

「それなのに犯人を目撃していないと?」

「そうだ。その理由は簡単だ。襲われた者たちが、今もなお眠ったままだからだよ」

「今も? ……いつ襲われたんです?」

「最初の犠牲者は、もうかれこれ二週間になる」

「二週間も……」

「旧市街跡周辺で倒れていたが、当初は外傷もなかったということで、病気か何かだと判断されていた。しかし立て続けに似たような事件が二件起こった」


 つまり二週間の間に三件の事件が発生したらしい。


「さすがに旧市街跡に何かあるのではと考えた憲兵が調査したのだ。そこで比較的新しい足跡が幾つか発見された。しかし人間のものだけでなくモンスターらしきものもあった」

「なるほど。だからどちらかは特定できないと」

「そういうことだ。そこでもしモンスターが相手ならということで、私たちのギルドに依頼が回ってきた。調査して事件の原因を突き止め解決してほしいとな」

「被害者は外傷もなく、ただただ眠ったままなんですよね?」

「ああ、そうだ。かなり奇妙だろう?」


 確かに。犯人が人間でもモンスターでも、どちらでも奇怪なことである。

 一体何が目的なのか分からないからだ。


 襲われたのは一般人らしいし、共通点も見つからなかったとのこと。


 しかもこの事件は過去には例はなく、中には旧市街跡周辺には、何らかの奇病のウィルスが蔓延しているのではという見解すら出ているらしい。


 ここまでミステリーめいた事件だ。難易度も判別しにくいし、できるだけ有能なギルドに解決を依頼したいだろう。


 だからこそ『無限の才覚』に回されてきた。彼女たちの強さなら、たとえモンスター相手でもどうとでもなると信じて。


「それは確かに調べてみないと分かりませんね」

「そういうことだ。できれば早期解決をしておきたいのだが」

「今すぐ向かうということですか?」

「これから用意して、向こうには夜に着きたい」

「夜に? 何故です?」

「どうも夕方から夜にかけて襲撃を受けているようなのでな」


 時間帯だけは共通しているのか。誰かに見られたくないという意思があるなら、やはり相手は人間の可能性が高いかもしれない。 


 俺の導術なら、今もなお目覚めない者を蘇生させることはできる。また彼らから情報を聞き出すことも可能ではあるが……。


 さすがに公の場で、その力を使うのはな。


 実はそういった治癒の力というのは、魔法の中で非常に特別視されているのだ。


 歴史を紐解いても、治癒系の魔法を扱える者は少ない。そのために扱える者は聖女やら神の使いなどと呼ばれ、そのまま帝国や教会に囲われてしまうパターンが多い。


 もし俺がそんな力を扱えることを知られると、当然目を付けられ追われてしまう。そうなれば下手をしたら冒険者学校を卒業することすらできなくなるかもしれない。


 帝国や教会の立場は、冒険者学校よりも上だし、その権力を振るって俺を手に入れようとしてくるかもしれないのだ。それはさすがに勘弁である。

 ならここは現場で情報収集するか。


 別に俺は聖者でも何でもないので、知りもしない他人を進んで助けようとは思わない。だからこのままクエスト達成だけに意識を向けておく。

 そうして俺は、オリビアと一緒に旧市街跡に向かう準備をすることになった。







 ――旧市街跡。


 かつて延べ一万人近くの人間が身を寄せていた巨大な街である。


 遥か昔ということもあり、今や建物も浅く風化している場所も存在し、文化的な遺跡としての立場を整えていた。


 観光客もたくさん訪れる場所ではあるが、襲撃事件の噂が広がったせいもあって、残念ながら閑古鳥が鳴いている。

 もっとも立ち入り禁止の札が、あちこちに立てられているせいもあるのだが。


 そんな場所を目の前に立つ俺とオリビア。

 時刻はそろそろ日が沈む頃。今はまだ特に変わった様子は見当たらない。


「砕けた外壁に囲まれた遺跡か。見た感じはまさに廃墟って感じだが」


 思ったことを俺はそのまま口にした。


「こういう廃墟や遺跡が好きな輩には垂涎ものらしいぞ。かくいう私も結構好きだ」

「……変わってますね」

「素直に女っぽくはないと言ったらどうだ? 安心しろ、そういう自覚はあるのでな」

「いえ、別にそこまでは……」


 元々男前な立ち振る舞いが似合っているオリビアなので、遺跡探訪が趣味と言われても別段変だとは思わなかった。

 むしろ可愛らしい和菓子が好きということに違和感さえ覚えたものだ。


「さて、どこから手を付けたものだかな……」


 旧市街といっても規模は大きい。情報では街中で人が倒れていたわけだが、場所には共通点はなかった。


「とりあえず被害者が倒れていたポイントへと向かってみることにしようか」


 オリビアの提案を受け入れ、俺たちは旧市街跡へと足を踏み入れることになった。


 ……広いな。


 中に入ると、それがさらに顕著になる。


 確かに建物などは崩壊しているが、それでもさすがに一万人近くの人間が過ごしていただけはある。かくれんぼをしたら一生見つかりそうもない。


 オリビアは地図を確認しながら、被害者が倒れていた場所へと向かっていく。

 俺は周囲を警戒しつつ、彼女の後をついていくが……。


 ……確かに何かいるな、ここ。


 すでに何者かの気配には気づいていたのである。ただそれがどこに隠れているのか分からない。

 何せ街中のあちこちから、その気配を感じるのである。



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