第97話 ギルドマスター

 目の覚めるような紅い髪を腰まで伸ばし、鷹のように鋭い眼光を宿した女性だ。


 若い……それに…………強い。


 年の頃は二十代前半。臨戦態勢にも入っていないというのに、彼女からは目が離せない。話せば一気に喰らわれてしまうという錯覚を感じる。


 この若さで有名ギルドのトップに立っているのは凄い。それにまるで覇王のような気質を醸し出す佇まい。もしここに九々夜でもいれば、この空気に耐え切れずにあわあわと戸惑っていることだろう。


「あなたがオリビアのお気に入りの子なのね」


 凛とした声音。彼女は椅子に腰かけたまま、俺を観察するように見てくる。


「ふぅん……確かに只者じゃないわね。あのオブラが舌を巻いたというのもあながち間違いではなさそう」


 今度はスッと立ち上がると、そのまま俺の前にまで歩いてくる。

 だが直後、銀の閃光が走った〝ナニカ〟が俺の目の前に止まった。


 それは常人では目にも止まらない速度で抜かれた一振りの剣。瞬きすらも許されない一瞬の内に、腰に携帯していた剣を抜いて放ったのだ。


「……身動き一つしなかったわね?」

「当てる気がないって分かってましたから」

「…………フフフ。いいわね、あなた」


 楽しそうに剣を鞘に納めると、女性は「不躾をしてしまってごめんなさい」と言って、再び椅子に腰を下ろし、今度はオリビアに視線を移す。


「オリビア、ナイスだわ。よくこんな子を見つけてきたわね。あとでたっぷりご褒美をあげるわね」

「もったいないお言葉です」


 何故かオリビアは頬を赤らめて嬉しそうだ。……もしかしてこの二人、そういう関係なのだろうか?


「そういえばまだ自己紹介がまだだったわね。私はこの『無限の才覚』のギルドマスターを務めているソーカ・ワン・ヴィクシム・オルバーン。覚えておいて損の無い名前よ」


 何だか自信に満ち溢れているような人である。


「俺はアオス・フェアリードです」


 端的に名乗ると、ソーラはスッと目を細めて口にする。


「あなた……元貴族かしら?」


 !? ……どうして分かったんだ?


「ふふ、表情一つ変えないのね。大したものだけれど、隠したいならすぐに否定するべきだわ」


 コイツ……。


「ああ、安心しなさい。別に元貴族だろうが元王族だろうがどうでもいいから。ただ気になったことを口にしただけよ。たとえあなたが元盗賊だったとしても、ここで斬るようなことはしないわ」

「冒険者としてそれはどうなんですか?」

「元……と言ったでしょう? 今もなお盗賊業を続けているなら処断するわよ。ただ足を洗い真っ当に生きている者を裁くのは私の役目ではないもの。それに……あなたなら盗賊だったとしても……フフフ」


 ゾクリとするものを感じる。これはバリッサ先輩の友人であるアイヴ先輩と接した時に感じたような悪寒だ。


「ソーカ様、お戯れが過ぎるかと」

「あら、そう? ごめんなさいね、久しく見なかった有能な人材に少し興奮してしまっていたようだわ」

「有能、ですか」

「ええ。あなたの実績はすでに耳に入っているわ。これまで誰一人合格者を出さなかった、あのオブラの試験で、たった一人合格し、しかも特待生に選ばれた」


 あの試験官……そんなに厳しい審査をしてたのか。


 まさか今まで誰一人合格者を出さなかったなんて知らなかった。というかそれで良いのか冒険者学校。


「さらに〝代表戦〟では次席の子を相手に瞬殺。〝攻略戦〟でもチームメイトを見事な指揮で纏め上げる手腕を発揮。さらには再び行われた〝代表戦〟にて、現行の冒険者が手も足も出なかったドラゴンを討伐した。……輝かしい才能だわ」

「たまたま俺にはそうできるだけの武器があっただけの話です」

「それもまたあなたの才能よ。私はそんな素晴らしい才能を持つあなたの話を、オリビアに聞いてから、ずっと会ってみたかったのよ」

「高名なギルドのトップにそう言われると照れますね」

「なら少しは照れ臭そうにしてもらいたいわね」


 まあ社交辞令だから実際は何とも思っていない。それがハッキリ伝わってしまったようだ。


「ふふ、今からティータイムなのよ。良かったら一緒にどうかしら? 私の誘い……断らないわよね?」


 断ったら許さないというような視線をぶつけてくる。これではほぼ強制だ。


 名のあるギルドのトップだ。下手なことはしない方が良い。機嫌を損ねて学校生活にまで被害が及ぶのはマズイ。


 たかが冒険者候補に、そこまでは普通しないと思うが、何となくこの人は普通じゃない気がするし、気に入らなかったら平気で潰してきそうだ。


「ええ、元々そういう名目で誘われてきましたから」


 ソーカは機嫌良さそうに「そう」と口にすると、オリビアと三人で部屋を出た。 


 そのまま向かったのはテラスがある場所で、庭師にでも整えさせているのか、綺麗な庭園が一望できる場所である。


 そこでテーブルを囲って、いつもティータイムを嗜むらしい。


 あの和菓子店でオリビアが購入した菓子が出てきた。さすがに紅茶が出てくるわけではなく、熱い緑茶が出てきたので少し驚く。


「どうかしたのかしら?」

「あ、いえ、こういう場所で、しかも気品のある方たちなので、てっきり紅茶を普段から飲まれているのかと」

「そうね。間違っていないわ。私も普段は紅茶を頂いているもの。けれど和菓子には緑茶が良いとオリビアに勧められているから」


 どうやら緑茶はオリビアの提案だったようだ。

 確かにあの店で食べた団子に紅茶はちょっと合っていない感じがする。


 するとそこへ――。


「あー、みんなでイイコトしてるし~」


 突然その場に、先程階段で遭遇した女性が現れた。




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