第72話 追う者、追われる者

「お、さっそくジェーダンの奴、地下四階の入り組んだ道に逃げやがったぜ」

「それを少し離れたアオスくんが追う展開だね。アオスくんは、先に階段に行って待ち伏せするってことも考えられるけど」

「だがさっきアイヴが言ったように、ワープトラップがあったら厄介だな。一気に地下一階までワープすることだってあるんだ。そうなったら勝負はつく」


 さすがのアオスでも、地下四階から一気に地下一階に行くような手段はないと予想しているようだ。


 ただこれまでモニターを介して様子を見るに、どのチームも幾つか罠を発見したりはしているが、ワープトラップに遭遇したことはなかった。


「それにしてもアオスくんってば、カイラくんが入り組んだ脇道を選んで進んでるのに、そのあとにピタッとくっつくようにして追ってるよね。まるでカイラくんがどこにいるか分かってるかみたい」


 カイラが辿っている道筋をそのまま辿っている様子に、アトレアは不思議がっているようだ。


「鼻でも効くんじゃねえか」

「何よそれ。アオスくんは犬じゃないんだけど?」

「だったらジェーダンの魔力残滓でも追ってるとか?」

「魔力を持ってないアオスくんなのに?」

「…………知らねえし」


 どうやらバリッサの見解は底をついてしまったようだ。


「アイヴは何でだと思う?」

「そうね……アオスくんが持っている弓のような何かしらのアイテムを駆使しているという可能性も否定できないわね」

「あーなるほど。でもそんな道具を使ってる様子なんてないよね」

「もしくはアオスくん特有の能力に寄るもの、かしらね」

「特有って……あっ、それってもしかしてアイヴの『氷霊眼』みたいな?」

「なるほどな。だとしたらアイツの強さも納得いくかもな。どう考えてもアイツの強さは『魔力無者』にしては異常だ。魔力を持たねえ奴が何十年鍛えても、結局は魔力を持ってる奴に勝てねえからな」

「バリッサの言うことはあまりに極端だけれど、確かに『魔力無者』とそうでない者との地力の差は大きいわね。例えばこんなデータがあるわ。十年必死で身体を鍛え上げた『魔力無者』と、一ヶ月ほど魔力の扱いを学んで鍛錬した『武闘士』が模擬戦をしたのよ。結果は圧倒的に『武闘士』が勝利を収めたわ」


 やはりこの世界での魔力の有無は、それだけで強者と弱者の間に大きな壁を立てるらしい。


「ただ私みたいに固有能力を持っているのであれば話は別ね。もし魔力を介さなくても発動することができる能力ならば、その能力次第でたとえ冒険者相手でも立ち回ることはできるもの」

「うんうん、確かにアイヴが魔法使えなくても、その眼さえあれば主席くらいわけないもんね。あたしだって勝てる気しないし」

「けっ、まったく忌々しい目だぜ」


 バリッサは言葉とは裏腹に、どこか羨ましそうな感じだ。


「でももしアオスくんが固有能力を持ってるとしたら、一体どんな力なのかな? カイラくんの後を追えるってことは感知系? もしくは……何?」

「思いつかないのかよ」

「じゃあアンタは分かってるの?」


 プイッとそっぽを向くバリッサ。どうやら彼にも思いつかないらしい。


「まあどちらにしろ、何かしらの力を有している可能性は非常に高いわね。それに……少し気になることもあるし」

「気になること? 何よ、アイヴ?」

「たまにアオスくんが何もない宙に視線を向けることがあるのよ。まるでそこに何かがいるかのようにね」

「何かって何だよ」

「それが分かれば苦労はしないわ。けれど、もしかしたら彼が持っている能力に関係しているかもね」


 アイヴは鋭い。やはり伊達に二年生の首席をやっていないといったところだろう。


 無論アイヴが指摘したことは、アオスが宙に浮く妖精を見ている仕草に他ならない。ただそれもあくまでもさりげなくで、大抵の者は気にも留めないだろう。それなのに確実な違和感として捉えているアイヴの観察力は驚愕すべきところだ。


「おっと、ジェーダンが地下三階に行くぞ! アオスももうすぐ追い付く!」


 バリッサの言う通りだ。加えてモニターを見ている観客たちも、二人が出会い勝負する瞬間を今か今かと待ち望んでいる様子だ。


 またボス部屋では、三対三のバトルにも発展しているので、そちらにも意識を向けなければならない。事実、そこでも熱い戦いが繰り広げられている。観客たちは手に汗握る展開に視線が忙しなく動いていた。



     ※



 ……シン助たちは無事だろうか。


 カイラのチームの中で、一度リムアとは手合わせの機会があった。


 彼女の力量は、俺たちのチームでも十分に通用するほどのものだ。恐らくはシン助と同等程度の力は有している。ずいぶんと鍛錬もしているし、才能だって豊かだ。才能だけでいえば、カイラに匹敵するほどに。


 このまま順調に成長していけば、一角の冒険者にもなれるだろう。


 あのカイラが選んだメンバーだ。他の者たちも、リムアに勝るとも劣らない力を持っているに違いない。


 特に厄介なのは、罠を扱う魔道士だろう。シン助とは間違いなく相性が悪い。まあそこらへんは上手く九々夜たちがサポートすると思う。何だかんだいって、ダンジョン実習で大分互いのフォローでもできるようになっているので問題ないはずだ。


 それにまずはカイラから優勝カップを奪い取ることに専念しなければならない。


 俺は導力をフロアに流して、カイラの気配を感知しながら突き進んでいた。かなりの速度で俺の前を移動している。


 わざと入り組んだ場所を選んでいることから、俺を撒くための策だろう。きっとこの状況もカイラの想定内であり、こうして逃げる算段も最初からつけていたのだと思う。


 俺は走りながら大きく跳躍する。すると足場がボロボロと崩れて落とし穴が生まれた。


「ふぅ。罠の場所も予め把握……いや、この感覚は奴のメンバーの仕業か」


 どうやらこの道に罠まで仕掛けていたようだ。これから先も、奴の逃げる道には幾つもの罠が仕掛けられているかもしれない。


 しかしそのどれもが俺には通じない。前もって導力をフロア内に満たしておけば、どこにどんな罠、モンスターがいるか分かるからだ。


「だが早々に追い付いた方が良いのも確かだな」


 猶予を与えれば与えるほど、奴が何かしでかす可能性が高くなる。

 今は地下三階。そろそろ本格的に力を出す頃合いかもしれない。


「それじゃ行くか……!」


 俺はカイラの辿った道を進むのを止め、別の道へと入っていった。




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