第64話 トラップ

「こ、これは……罠!?」


 シン助が目を見開きながら叫ぶ。


「どうやらB組の奴らの誰かが仕掛けたトラップのようだな。捕まれば感電させられ身動きを奪われてしまっていた」

「あ、危ねえ……あんがとよアオス。にしてもよく気づいたな」


 あのカイラが相手であり、先を進んでいるのだ。罠くらい仕掛けていると踏んでいた。


 階段なんて、危険なフロアと違って誰もがここは安全と思うエリアだ。ここくらいはホッと息を吐ける場所だろう、と。しかしそんなセーフティエリアなんて存在しない。


 ダンジョン内は、どこもかしこも危険な場所でしかないのだ。


 だが階段には今までモンスターが現れなかったのもまた事実。それ故に、その安心感を逆手に取ってトラップを仕掛けてきたのだろう。


「でもこれ……多分制限時間トラップですね。解除しないと先に進めないですが、どうしますか?」

「九々夜はトラップ解除ができるモンスターを召喚できないのか?」

「すみません。まだそういう子とは契約してなくて」


 申し訳なさそうにシュンとなる九々夜。


「もう力ずくで突破すりゃいいじゃねえか。このくれえの雷撃トラップなんて、ちょっと我慢すれば何とでもなるだろ?」


 それは非効率的過ぎる。わざわざダメージを覚悟して進むバカがどこにいる。ああいや、ここに若干一名いるんだが。


 まあ、魔法的トラップの解除は難しい。ここは俺が導術でサクッと……。


「――じゃあアタシ、やるわよ」


 そこへ名乗りを上げたのがトトリだ。


「トトリ? トラップの解除なんてできるのか?」


 これまでそんな技術を見せたことがなかったので、つい俺は疑ってしまうが……。


「アタシは攻撃系の魔法より、解析や防御系が得意なのよ。ま、見てて」


 トトリが手に持った鞭に魔力を流し込んでいく。すると鞭の表面に、光り輝く陣が刻み込まれる。


 そしてその鞭をトラップがある場所へと放ち、当然トラップが反応し放電現象を引き起こす。


 だが雷撃は鞭を一切傷つけることはない。魔力の鎧を纏った鞭は、そう簡単に壊れたりしないのである。

 すると階段に広がる魔法陣の中央に、鞭の先端が突き刺さった。


 同時に鞭に刻まれた陣がさらに輝きを増し――。


「――解析終わり。――〝くだき〟!」


 トトリの言葉とともに、階段に刻まれていた魔法陣が、ガラスでも割ったかのような音を響かせながら一気に消し飛んだ。


「「お、おお~!」」


 その光景を見た九々夜とシン助が揃って感嘆の声を上げた。


 ……大したものだな。トラップの魔法陣に、媒体とした鞭を伝って魔力を流し込み解析し解除方法を探り、見事に陣を破砕することに成功した。


 魔法陣に対し、深い理解と知識が無ければ到底できない所業だ。


 俺の場合は《森羅変令》で、構造など問答無用で力任せに存在そのものを書き換えてトラップを解除することができるが、今のトトリのように魔法陣そのものを解析した上で、穏便に解除するのは無理である。


「トトリ、やるじゃないか」

「べ、別にこのくらいどうってことないわよ! お姉ちゃ……アリア先生に、昔から鍛えられてきたからだし」

「ということはアリア先生も解析が得意なのか?」

「うん。アタシと違って、あまり戦闘は得意なタイプじゃないわ。探索や解析に特化してるわね」


 それはダンジョン攻略において、とても頼りになる能力を持っている。特に事前情報が手に入らないダンジョンでは、探索や解析の魔法を持つ冒険者は重宝されるはずだ。


 何せトラップの発見や解除ができるとできないとでは、やはり生存率に大きく差が出てしまう。


 そんな有能な力を持っているというのに、アリア先生は自分の限界を感じて、今は教師に甘んじてしまっている。


 考えられるのは、自分よりも遥かに優秀な探索・解析系の魔法士に会って心が折られたってことだが……。


「これで先に進めますね! トトリさん、ありがとうございます!」

「俺からも礼を言うぜ! さすがはチームメイトだな!」

「だ、だからそんなに特別なことでもないから! ほら、さっさと行くわよ!」


 九々夜とシン助は裏表がない。だから口にする言葉も正真正銘心からのもので、それが分かっているからか、照れ臭そうに顔を背けるトトリ。どうも彼女は褒められ慣れていないらしい。


 俺たちはトトリのお蔭で、難なく階段を下りることができ先を進んでいく。

 カイラたちはどこまで行っているのか分からないが、少なくとも彼らにとって、この短期間の追い上げは予想外であろう。


 何せあのトラップ、相当念を入れている様子だったし、突破するにも相応のダメージや時間を費やすと考えたはずだ。


 それが無傷で、時間もそう浪費せずに通過することができた。

 このことを恐らく、トラップを仕掛けた人物には伝わっているだろうが、カイラはどんな顔をしていることやら。



     ※



 アオスたちがトラップを解除した直後のこと。


「……!? トラップが……破られた……」


 B組のメンバーの一人であるクーリエ・ウォークが、突然足を止めて驚き声を上げた。


「それは本当かい、クーリエさん?」

「……本当。でもまさかこんな早く破られるなんて……!」


 クーリエの言葉に、カイラは苦々しく顔をしかめるが、すぐにいつもの営業スマイルのような爽やかな笑みを浮かべる。


「大丈夫。トラップが解除されたってことは、A組は確実に僕たちよりも遅れているってことじゃないか。つまり相手の位置を知ることができた。これはとても大きな情報だよ」

「カイラくん……うん! でも悔しいな。あのトラップには自信あったのに……!」

「そうだよな。俺たちも魔力を分けて、大分強化したもんな。それなのに……やっぱアオスって奴はとんでもねえってことか。どうするカイラ、先に待ち伏せしてやっちまうのもいいんじゃねえか?」


 カイラにそう提案するのは、大きな斧を持つジャブ・グルマンだ。体格も同年代の少年より一回り大きい。その見た目からは頼もしささえ感じるだろう。


「待ち伏せか……確かに良い案だけど。ただダンジョン攻略もまだ始まったばかりだよ。先は長い。まだ本格的に衝突するのは時期尚早だと思う。だからここはまず、急いで攻略して、宝を先にゲットする。どうかな、みんな?」

「僕は……それで問題ない」

「おう、俺もそれでいいぜ」


 クーリエ、ジャヴ両者の意見を聞いたカイラは、続いてもう一人のチームメイトに目を向ける。


「君もそれでいいよね、リムアさん?」

「だから勝手に名前で呼ばないで。……別に好きにすれば」


 ぶっきらぼうにリムアが答えると、カイラも満足そうに頷く。


「よし! この〝攻略戦〟では僕たちB組が圧勝してみせよう!」


 カイラが仲間たち(リムア以外)を奮起させ、皆で真っ直ぐダンジョンの奥へと突き進んでいった。




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