第23話 冒険者学校入学
――入学式当日。
講堂と呼ばれる広い建物内では、今年、晴れて冒険者候補として選ばれた五十人と、一年先輩の五十人、合計百人の生徒と教師たちが顔を並べていた。
そして生徒たちの目前にある舞台では、校長であるカトレアの挨拶が始まっている。厳かな雰囲気のあと、進行役の教師が口を開く。
「――では次に入学生代表者による挨拶です。次席――カイラ・ゼノ・アーノフォルド・ジェーダン」
「――はい」
返事をして舞台に上がっていくのはカイラだった。
へぇ、アイツ……次席だったんだな。……あの顔、自然を装ってても俺には分かる。滅茶苦茶機嫌が悪い。
何故か……そんなの決まっている。次席という立場が気に食わないのだろう。
きっとアイツは自分こそが特待生になると思っていたはずだ。それが自分以外の誰かにその座を奪われたのだから気が気じゃない。
しかもそいつは代表者挨拶を蹴り、次席である自分がすることになった。まるでコイツは一位になれなかった存在ですよとアピールしているようなものだ。
ここ数日、胸中穏やかじゃなかっただろう。
まだ俺の存在には気づいてないようだが、俺が合格した挙句に特待生だと分かったらどんな顔をすることやら。
ただそこはさすがの天才くんで、挨拶は持ち前のイケメンスマイルを維持しつつ見事にやり遂げた。
その姿に惚れ惚れしている女子生徒たちも多い。性格はともかく見た目は良いし、実際に将来性もある。女を引き寄せるには十分な魅力だろう。
「おい、ジェーダン家って言えば、確かあのド田舎の?」
「ああ。格落ちした貴族だな。何でそんな奴が次席なんかに」
「聞けば試験は圧倒的だったらしいぞ。試験官も特待生候補に入れたんだと」
「けど次席か。じゃあもっとすげえ奴がいたってことか。一体どんな奴なんだろうな」
「さあ、ただ噂だけどよ……特待生になった奴が受けた試験ってバトルロイヤルで、自分以外の受験者を全員ぶっ倒したって話らしい」
「いやいや、さすがにそれはないでしょ。てか何? そんな滅茶苦茶な試験だったのかよ。俺らは魔法と武術演技だったのに」
微かに聞こえてくる生徒たちの会話。どうやら試験会場ごとに内容が違っていたらしい。
「もしマジでその話が本当なら、とんでもねえバケモノかもしれねえよな」
「きっと魔力量も膨大で、上級の魔法だってポンポン使うような奴だぜ」
「うわぁ、そんな奴と同期って最悪だわ……」
「そこ! 私語は慎むように!」
「「す、すみません!」」
教師に注意され小さくなる男子生徒たち。
そして滞りなく入学式が終わると、次に自分たちに与えられた教室へ向かう。
全学年通して、たったの四クラスしかない。
つまり一クラス二十五人というわけだ。
俺が願うのはただ一つ。カイラとは別のクラスになりたいということだけ。
同じクラスだったら四六時中イチャモンをつけてきそうなので面倒なのだ。
俺は自分が所属するAクラスが集う教室へと入る。
周りも見回してみたが、カイラが先に教室へ向かったところを目撃していたので、ここにいないということはそういうことなのだろうとホッとした。
だが――。
「――おお! アオスじゃねえか!」
「……は?」
後ろを振り返ると、そこには見知った顔があった。
「やっぱ受かったんだな! 良かったー! って、まさかお前もAクラスなのか? ウハハ、やっりぃ! これから二年間一緒だな!」
……あー、そうだった。もう一人面倒くさい奴がいたんだ……。
「あ、あのあの! アオスさん、これからどうぞよろしくお願いします!」
見れば面倒くさい奴――シン助の隣には、彼の妹である九々夜もいた。どうやら二人とも合格し、さらには同じクラスで学ぶことになっているらしい。
まあ、九々夜がいるだけまだマシか。精々シン助のストッパー役として真っ当に仕事をこなしてもらいたいものだ。
「お前らもよろしくなー! 俺はシン助だ! シン助って呼んでくれ!」
何故こうも初対面の連中に対してフレンドリーに接することができるのか。ほら見ろ、他の奴らも変人を見るような目つきじゃねえか。
ていうか九々夜、溜息を零してないで止めてくれ。
俺は巻き込まれないように、そそくさと教室の一番後ろの席へと向かって座る。
シン助は「俺は一番前が良い!」と言って教卓に最も近い席へと腰を下ろした。
するとどういうわけか、九々夜は兄を放置して何故か俺の隣の席へと座る。
「……おい、あのバカを放っておいていいのか?」
「えぅ……お兄ちゃんのせいで目立ってるよぉ……」
どうやら俺のことに気づいていない様子。防衛本能がここの席に座ることを選んだのか、九々夜は顔を俯かせて小さくなっている。
対するシン助は、クラスメイトと握手をし始めていた。しかも男女問わず。本当に自由な奴である。
まあ裏表が無さそうという点では、確かに扱いやすい人材ではあるが。
するとそこへ扉を開けて中へと入ってきた女性がいた。
「皆、席へ着くように」
無感情に近い冷淡な声音が教室に響き、生徒たちが速やかに席へと走った。
教卓の奥に陣取ると、後ろの黒板に字を書いていく。
「私はこのAクラスを担当する教師――アリアです」
なるほど。担任だったようだ。まるで騎士のような凛とした佇まいで、美人ではあるがどことなく冷たい印象を受ける。
ただこの雰囲気、誰かに似ている気がするが……。
アリア先生は、携えていたファイルを開き、一人一人生徒の名前を呼んでいく。
呼ばれた生徒は反射的に返事をし、先生に鋭い視線を向けられ萎縮している。
「――シン助」
「おう!」
だが例外もここにいた。シン助は満面の笑みで返事をしたのだ。
「……はい、と返事をしなさい。次――九々夜」
「ひゃ、ひゃい!」
「……まあよいでしょう。最後に――アオス・フェアリード」
俺も萎縮せずに普通に「はい」と応えた。
当然他の生徒と同じように俺を睨みつけるような目つきだが、この瞳は別に怒りや嫌悪感は宿っていない。どうやら元々目つきが悪いようだ。
「そうですか、君がアオスですね。では君にはクラス長を任せます」
「……は? クラス長……ですか?」
「クラスの代表者のようなものです。特待生として、信頼しての任命ですよ」
「「「「特待生っ!?」」」」
おいおい、ここでバレちゃうのかよ……。
当然とばかりに、クラスメイトたちが俺を信じられないといった面持ちで凝視してくる。
そこで初めて自分が俺の隣に座っていることに気づいたのか、九々夜もギョッとした表情を向けてきていた。
「おぉー! すっげえじゃん、アオス! お前ってば特待生だったのかよぉ! くそぉ、負けたぁぁぁ!」
シン助は喜びながらも悔しがるという器用な感情を表に出し、そのせいで周りの活気も増長していく。
しかしそこへ――パンッ!
勢いよく閉じられたファイルから音が響き渡った。
「騒がしいですよ。冒険者を目指す者は、常に冷静たれです」
いや、アンタのせいでこうなったんだけどな……。
いずれバレるとしても、まさか教師の口からこんな早くカミングアウトされるとは思わなかった。
注意を受け静まる教室。
「再度言います。あなたがクラス長です、いいですね?」
「……了解です」
面倒そうな役割だが、それも特待生としての振る舞いに含まれているのならやるしかないと自分に言い聞かせた。
「それでは今後のカリキュラムについて説明しますのでよく聞くように」
授業内容について、大雑把な流れをアリア先生が説明していく。
それを黙って聞く生徒もいれば、メモを取る者など様々だ。
「最後にこれだけは覚えておくように。あなた方は、冒険者候補生。そのことを常に理解してください。たとえ生徒であろうと、命の危険がある授業なども控えています。過去にはそれで亡くなった生徒も実在します」
ゴクリと誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
「死にたくなければ死に物狂いで学ぶことです。ここは冒険者になるための施設なのですから」
つまり候補生であろうと油断なんてするなってことだ。
凶暴なモンスターや危険なダンジョン探索などを行う職業だ。それに人の命を命とも思わないような賊とも戦うことだってある。
そんな死と隣り合わせの職業を目指すのだから、学校だからといってのほほんと暮らすなと言いたいのだろう。
「本日はこれで解散です。お疲れ様でした。本格的な授業は明日からなので、遅刻などせずに来るように」
そう言って、アリア先生は一切の笑みを見せることなく去って行った。
すると堰を切ったかのように、クラスメイトたちが一気に俺のところへと押し寄せてくる。
「なあなあ、特待生ってマジなのか!」
「試験で自分以外の受験者たちを全員倒したってホント!?」
「どんな魔法使うんだ? ああ、それとも弓を持ってるってことは、『魔法闘士』ってことか!?」
などなど、次々と矢継ぎ早に質問が飛び込んでくる。
そのせいで妖精さんたちもビックリしてしまっていた。それほどまでの圧力である。
……孤独は慣れてるが、こんなふうに注目されるのは初めてだな。
ただ経験がないこともあって、どう対応すれば良いか分からない。
「はいはーい! そこまでにしときなってお前らよぉ」
おお、救世主……と思いきやシン助だった件。何か嫌な予感がする。
「俺はそいつ――アオスのダチだぜ! 質問したけりゃ、まずは俺を通しやがれ!」
……ああ、やっぱりバカな発言をしちゃったよコイツ。
本人はやってやったぜって感じで胸を張っている。
そして九々夜は頭を抱えながら「あぁ……目立ってる……目立ってるよぉ」と涙目だ。
クラスメイトたちはというと、嘘臭いシン助なんか無視し、再び俺に質問攻めを仕掛けてくる。
……俺、このクラスで二年間もやっていけるかな……。
今すぐ卒業したくなった俺であった。
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