第6話 ゼキュートスの到着
【修正点】
ワンダは人をダメにするスライム椅子おもちに着座していない。
そういった世界線でお読みいただけると幸いですm(_ _)m
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大司教ゼキュートス到着す。
そんな一報を受けて南方支部は出迎えの準備を完了させていた。
王都本教会の大司教は南方支部の大司教よりも格上であるが、大聖女が来訪するわけではないため、仰々しい出迎えはしない。業務に差し障りのない範囲で南方支部の聖職者たちが集まっていた。
ヒルネはゼキュートスへの贈答品である自作の風鈴を箱に入れ、大教会の礼拝堂で待ち人を待っている。ホリー、ジャンヌ、ワンダも一緒だ。
その他の聖女は浄化作業で出払っている。
無理に予定を組めば全員で出迎えも可能であったが、ゼキュートスは業務をおろそかにするスケジュールを嫌う人物だ。仕事を優先せよと常に言っている。
(久々……半年ぶりかぁ。南方にいたのがあっという間だったような、長かったような……)
あっふとあくびを一つ。
ヒルネは大教会の荘厳な礼拝堂の最奥で、ぼんやりと立っていた。
横では聖獣のおもちがぷるぷると揺れている。
聖獣を管理する体制も整いつつあり、本日は新人のメイドが担当であった。おもち専用の敷物を床に置き、おもちを持ち上げてそっと敷物の上に下ろした。おもちが柔らかくて触り心地がいいため、おもち当番はメイドにとって人気のポジションになりつつあった。
ワンダがおもちをちらりと見て、わずかに距離を取った。あれから何度かおもちから「座りませんか」と無言のぷるぷるアプローチを受けているが、ヒルネの白目&極楽浄土スタイルを見て決意しているのか、固辞している。
ホリーとジャンヌはおもちからの無言のアプローチに根負けして座り、つい先日意識を飛ばしたばかりだった。ワンダの気持ちは理解できるが、おもちに座ると綺麗サッパリ疲労が抜けるので、誰も見ていない場所で座るのもありなのでは、と考えている。ワンダに言い出すのはちょっと怖いが。
「王都本教会よりゼキュートス大司教がお越しになりました」
先触れの伝令があった通りの時間にゼキュートス一行が到着した。
大教会の入り口にゼキュートスの姿が見える。
迫力のある眉間にしわが寄った顔、大司教の真っ白な服に身を包み、ゆっくりと確かめるように大教会内部を見分しながら入ってくる。その後ろには視察団の面々が続いた。
ゼキュートスの放つ圧倒的な迫力に、出迎えに当たっている聖職者とメイドたちに緊張が走った。
噂通り、怖そうな方である。
粗相は許されないとワンダから散々言われていたため、自然と背筋が伸びた。
ホリー、ジャンヌもぴしりと直立した。
そんな中、ゆるみきった笑顔を浮かべた人物が一人だけいた。
「ゼキュートスさま、私の大教会、ホワイト企業へようこそ」
ヒルネがゆるい笑顔を向けて、ひらひらと手を振った。
ヒルネの後見人としても有名なゼキュートスである。周囲にいた聖職者とメイド、ホリー、ジャンヌ、ワンダはゼキュートスから一喝が飛ぶかと肝を冷やしたが、出てきた言葉は思いもよらぬものであった。
「うむ。息災で何よりだ」
「南方の皆さまが大変お優しいので、元気に健やかに昼寝ができております」
「相変わらずのようだな」
ゼキュートスはヒルネの前に立つと、眩しそうに彼女を見つめた。
半年ぶりに見るヒルネは以前より成長したように見える。美しい姿はもちろん、まとっている空気もどこか大人になりつつあった。それが誇らしくもあり、後見人として寂しくもあった。
目にするだけでノスタルジーを覚えさせる神秘的な姿から視線を外し、ゼキュートスはおもむろに膝をついた。
背後にいる視察団の面々も膝をつく。
「大聖女ヒルネ。此度はお招きいただき感謝申し上げます。数十年風化していた大教会の改築、誠におめでとうございます」
恭しく全員が聖印を切った。
ヒルネはそれを見て笑みを浮かべた。
「長旅ご苦労さまでした。皆さまに女神の加護があらんことを」
ヒルネも聖印を切り、聖句を諳んじてから浄化の聖魔法を使った。
キラキラと星屑が宙で躍り、視察団の頭上に降り注ぐ。
大聖女ヒルネをひと目見たくて視察団に応募した面々は、これだけでも長い旅路が報われたような気がして、不思議と涙がこぼれそうになった。
生ける伝説を目の前にして胸が熱くなる。
荒れ果てた南方街道をたった一人の少女が復興させたという功績を、誰一人死ぬまで忘れないだろうと思った。
「それでは皆さま、本日はごゆるりと休憩なさってください。我が大教会は皆さまを歓迎いたします」
ヒルネは当然のように言うが、ワンダが「ん?」と疑問符を浮かべた。
ゼキュートスも忙しい身だ。
情報交換や視察でスケジュールがぎっちり埋まっている。
「そうですね、三日ほどごろごろしていただいてからお仕事をなさってください。ホワイト企業である南方の大教会はお布団セットの準備がありますし、快眠石で床暖房も完備です。女神さまもきっと許可をくださることでしょう」
自分で言ってちょっと興奮してきたヒルネは背を預けていた女神像へと向き直る。
厳かに両手を広げると、精緻なステンドグラスがから溢れる光がきらりと光った。
「これからみんなでお昼寝大会です」
しんと礼拝堂は静まり返った。
「そんな予定はありません」
ワンダがぴしりと釘を刺す。
「ええ〜、いいではないですか」
「ゼキュートスさまを案内する役目を忘れたのですか?」
ヒルネが振り返ると、ワンダが仕方のない子ですね、という顔をしていた。
「そうでした。ゼキュートスさま。視察団の皆さま。大教会をご案内いたしますね」
ヒルネが笑顔を見せると、ゼキュートスたちはゆっくりと立ち上がった。
視察団の面々は噂に違わぬマイペースなヒルネを見て、口の端をむにむにと動かして笑顔にならないよう頬の筋肉を引き締めている。
ゼキュートスは、表情は変わらないものの、南方に大抜擢したヒルネが以前と変わない様子にどこか安堵しているようであった。
ヒルネは皆の表情には気づかず、そうだ忘れていたと、ぽんと手を叩いた。
「ご紹介が遅れてしまいました。私の隣でぷるぷるしているのは、聖獣の白スライム、おもちです」
ヒルネが指をさすと、おもちがむにゅりと形を変えた。
こんにちはと挨拶をしているようだ。
ゼキュートスは到着前に手紙で報告を受けていたので驚かず、大きな饅頭のようだと思いながらおもちを見下ろし、静かに聖印を切った。
おもちはゼキュートスの強面を見て、激しく揺れた。ぷるんぷるんとスライムボディが形を変える。その光景を見ていたホリーはちょっと可愛いなと頬を緩ませ、ジャンヌも笑っていた。ワンダだけは嫌な予感を察したのか険しい顔つきになっている。
「なるほど。ゼキュートスさまは大変お疲れであり、心労もかなりある状態……ぜひ私に座ってくださいと……そう言いたいのですね」
ヒルネがおもちに向かってふむふむとうなずく。
「ゼキュートスさま。おもちに座ると疲れがきれいさっぱり取れます。おもちもやる気のようですし、ぜひ座ってくださいませ」
おもちがカモォンと言いたげに丸い身体を座りやすく変形させた。
ゼキュートスは無言でその様子を見つめ、ワンダに視線を飛ばした。
ワンダが素早く首を横に振った。全力で止めている。
「ふむ……聖獣に座るなど恐れ多くてできんな。遠慮させていただこう」
「そうですか……」
ヒルネとおもちが残念だと肩を落とした。おもちに肩はないが、がっかりしているのは動きでわかった。
ワンダは白目で意識を飛ばす事故が起きずにホッとし、ゼキュートスたちの移動を促した。
これからヒルネが大教会と街を案内するのだ。
おもちも付いていくつもりなのか、ぷるぷると揺れている。
当番のメイドがおもちを持ち上げ、おもち専用の敷物を丁寧に丸めて小脇に抱えた。
「ゼキュートスさま。それでは参りましょう」
「ああ、よろしく頼むぞ、ヒルネ」
「ふあああぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁ……あっふ」
二人が歩き出した。
だが、そこでとんでもないことが起こった。
おもち当番のメイドは新人であり、緊張しいな性格であった。ゼキュートスに粗相があってはならないと肩に力が入っており、おもち当番という簡単な仕事にもかかわらず寝不足であった。
そして、ヒルネとおもちがいる礼拝堂の女神像前は一段の段差があった。
「きゃあ!」
新人メイドはおもちと敷物を抱えたまま緊張のため段差の存在を忘れて、盛大に踏み外した。
宙を舞う敷物とおもち。
その場にいた全員が口の中で「あっ」と声にならない声を上げる。ヒルネだけは特大のあくびをして涙目になっていたので気づかない。
真っ先に気づいたのはゼキュートスだ。
即座に振り返って、メイドを抱きかかえた。
しかし、メイドの倒れ方に勢いがついていたこと、ゼキュートスの体勢も十分でなかったせいで、たたらを踏んで転倒しそうになる。
次に動いたのはおもちであった。
彼は善良なスライムであり、人のために動くのが大好きな聖獣である。
おもちは放り出された空中で変形して落下の軌道を修正し、ゼキュートスとメイドを助けるべく床に滑り込んだ。
「むっ」
間一髪であった。
ゼキュートスの尻におもちが滑り込んでスライムクッションとなった。
強打していたらかなり痛かったはずだ。
「申し訳ありません!」
ゼキュートスに抱きかかえられた新人メイドが即座に立ち上がり謝罪する。
「気にするな。次は気をつけるのだぞ」
ゼキュートスが重々しい口調で言う。
その場にいる全員はそれどころではないと、開いた口が塞がらなかった。
「ゼ……ゼキュートスさま。すぐにお立ちになってくださいませ。さもないと……!」
ワンダ、ホリー、ジャンヌがゼキュートスに駆け寄る。
「ん? ゼキュートスさま? おもちに座ってくれたのですね」
特大のあくびをしていたヒルネが目をこすりながら、ゼキュートスがおもちに包まれている姿を見た。おもちは大きさも変えられるのか、大柄なゼキュートスに合わせて身体を大きくしている。
「聖獣殿に助けられてしまったようだ。重いだろう。すぐに――」
ゼキュートスが言葉を発したのはそこまでだった。
彼はカッと目を見開くと、全身の力が抜けた。
両目が白目になり、徹夜明けにちょっとソファに座って休もうかなと思った中年サラリーマンがソファから立ち上がれず、夢の世界に旅立ったような、そんな脱力であった。
普段のゼキュートスからは考えられないような極楽浄土スタイルに、礼拝堂にいる聖職者、ワンダ、ホリー、ジャンヌは言葉が出てこない。
「おお〜、ゼキュートスさまはかなりストレスが溜まっていたようですね。しゅわしゅわとおもちから湯気が上がっていますよ」
のんきな調子でヒルネがおもちをつつく。
「やはり仕事のしすぎでしょうか。ワンダさま、本日の視察はお休みにしたほうがよろしいのでは?」
ヒルネに聞かれたワンダはしばしの沈黙のあと、おもむろに口を開いた。
「……起きられたあと……なんと説明をすれば……おもちに座ると白目をむいて昇天してしまうなど……報告書には書いておりませんし……」
「ワンダさま?」
「いえ、そうですね。ヒルネの言う通りです。皆さん! 本日の礼拝堂はゼキュートスさまが起床なされるまで出入り禁止といたします! このようなお顔は見せられません!」
聖職者たちは静かにうなずいた。
ヒルネだけは「疲労が取れて安眠安眠。寝ている顔は本人に見えないので気にする必要はありませんよ」と独自の解釈をつぶやいた。
ヒルネはおもちに何度も座ってその良さを体験しているため、いい椅子をオススメできて鼻高々ですよ、といった具合だ。
◯
その後、ゼキュートスは五時間後に目を覚ました。
「ここは……?」
静まり返る礼拝堂には誰もいない。
立ち上がると、聖獣スライムのおもちが嬉しそうにぷるぷると揺れた。
「うーむ……」
ゼキュートスは妙に身体が軽く、視界は良好、気分は爽快であった。
礼拝堂を出て何が起きたのか尋ねると、ワンダに歯切れ悪く状況を説明され、ゼキュートスはしばらく無表情で固まった。
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