渡すか否か


「……それは、彼らを処罰するということでしょうか? 脱走の罪で死罪を申し付けると?」


「そういうわけではありません。そも、我々にはそんな権限は与えられていませんし、強引に彼らをひっ捕らえることすらも出来ないですから。ですが、ここで彼らを放置することに対しての危険性はかなり高い。あなたの国の言葉で言えば、リスクがあるということです」


「………」


 学校から逃げ出した生徒たちの引き渡しを要求し、グライドへと詰め寄る蒼。

 そんな彼の言葉を受けたグライドは難しい表情を浮かべながら腕を組み、考えるようにして俯いている。


 これが考えるふりなのか、あるいは本当に悩んでいるのかは定かではないが、蒼はそんなグライドの思考を探ることはせず、淡々と自分のすべきことを成すための交渉を続けていった。


「これは決して脅すわけではありませんが、ここで我々の申し出を断ったところで、遅かれ早かれ幕府がこの集落に兵を派遣することでしょう。その際、脱走者たちを捕えるために乱暴な真似をするかもしれない。集落への被害を考えるなら、穏便に話を進めた方がいいと思うのですが……どうでしょう?」


「……納得のご意見だ。全くもって同意ですよ。しかし……私は、行く当てもなくこの集落に辿り着いた若者たちを見捨てたくありません。どうにか、最後まで彼らがここで心安らかに生活を送る方法がないか、その方法を模索し続けたくもあるのです」


 その言葉の裏側にあるのは、純粋無垢なる善意か? それとも、計り知れぬ暗い策謀か?

 提案を突っ撥ね、生徒たちの受け渡しを拒否するグライドへと、蒼は再度要求と提案を口にする。


「グライドさん、僕はあなたやこの集落に住まう全ての人々のためにこういう話をしています。確かにあなたからしてみれば苦しい判断を下すことになるやもしれませんが、全ての人にとって良い結果に繋がる判断がどれなのかということを考えてくれませんでしょうか?」


「しかし――」


「……グライドさん、あなたが良い人なのは十分に理解出来たよ。ただ、俺はあなたの考えが甘いと思う」


 生徒たちだけではなく、この集落で生きる人々全員のことを考えて判断を下してくれと願う蒼の言葉に迷いを見せたグライドへと、今度は燈が口を開く。

 やや強気に、無礼を承知で彼へと声をかけた燈は、同級生たちの性格や行動を踏まえた上で自分の意見を述べていった。


「うちの連中は、自分たちの命惜しさに後先考えず逃げ出した奴らだ。一度そういうことをやった奴は、同じことを繰り返す。ここが安全じゃあないとわかったら、あんたらに迷惑を掛けた上でまた逃げ出すだろうぜ」


「………」


「その時、この集落の数少ない食料をかっぱらっていく可能性だって十分にある。多くの人を傷つける可能性だって十分に考えられる。あなたの目から見ればあいつらは道に迷った可哀想な子供なんだろうが、世間一般からすれば何をしでかすかわからない逃亡者なんだ」


「……そう、ですね。君の言う通りだ、燈くん……」


 燈の口から厳しい現実を突き付けられたグライドが苦し気な声を漏らす。

 この集落の未来やここに住まう人々、そして脱走した生徒たちのことを真に思うのなら、燈たちに彼らを引き渡した方がいいのだと……グライドの考えが傾き始めたその時だった、背後の襖の向こう側から、絶望的な声が聞こえてきたのは。


「お、俺たちを見捨てるつもりなんですか、先生……!? 俺たちを、幕府に引き渡すんですか!?」


「!?!?!?」


 そんな、震える悲鳴のような声が響くと共に、グライドの家の戸が音を立てて開く。

 その音に驚いた一同が振り返ってみれば、そこには学校から脱走した生徒たちが揃ってこちらを睨む姿があった。


「君たち、落ち着きなさい! なにも我々は君たちを処罰しようと話をしていたわけでは――」


「うるさい! 学校に戻されたら、絶対にひどい目に遭わされるに決まってるじゃないか! 万が一に処罰から逃れても、また妖と戦う羽目になる! そんなのは絶対御免だ!」


「そうよ! そんなことになるくらいなら、いっそ……!!」


 瞳に狂気を宿した生徒たちが、手にしていた武神刀を鞘から抜いた。

 およそ三十名、一クラス分の生徒たちがこぞって戦いの構えを見せ、敵意を見せ……明確な殺意を持って、蒼天武士団の面々へと叫ぶ。


「お前たちさえ消しちまえばどうとでもなるんだ! 俺たちのために、ここで死ねっ!!」


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