先生、登場
燈の言葉に頷いた仲間たちが、止めていた足を再び動かし始める。
脱走者たちが働く畑へと、先生なる人物が統括する集落へと、真っ直ぐに向かって歩いていった彼らは、程なくしてその入り口へと辿り着いた。
「……近くで見ると、思っていた以上に質素だな。必要最低限の生活……って感じがするぜ」
燈が言う通り、集落の規模は遠目で見ていた時よりも小さく見えるし、家屋も決して大きくはない。
ここにどれだけの人たちが住んでいるのかは判らないが、こうして見る限りはこの中で大規模な実験のようなことがしているようには思えない。
ここは純粋に行き場を失った者たちが立ち上げた楽園というだけで、先生と幽霊船には関わりはないのだろうか?
それとも、この質素な集落の光景もまた何かのカモフラージュで、この裏では非道なる禁忌の実験が繰り返されているのだろうか?
その答えを探るためにも、この集落と先生について調べなければならないな……と考えていた燈は、不意に自分の名字を呼ぶ声に気が付き、そちらへと視線を向けた。
「と、虎藤……? それに、椿……!? お、お前ら、どうしてここに……!?」
そう、顔色を青くして言葉を発したのは、燈にも見覚えがある男子生徒だった。
今は制服ではなく農作業用の衣類に着替えている彼の声を耳にした仲間たちも驚きに顔を上げ、彼と同じように燈たちの姿を目にして更にその驚きを強めている。
学校から逃げ出したという負い目がある彼らは、自分たちのことをよく知る燈がこの集落を訪れたことを偶然だとは思っていないようだ。
最初からこそこそするつもりはなかった燈は、そんな彼らの下へと近付くと、一番最初に気が付いた男子へと言った。
「お前らの想像通りだよ。学校から逃げ出したお前らを探しに来た。それだけだ」
「ま、まさか……俺たちを消すつもりじゃ……!?」
「安心しろ、そんなつもりはないからよ。ただ、お前らがどうして学校から逃げ出したのか? これまでどうしていたのか? その辺のことは聞く必要がある。それに、神賀の奴にお前らの居場所と現状を報告する必要もだ」
「待ってくれ! 俺たちの居場所がバレたら、幕府の兵がここに押し寄せてくるかもしれないじゃないか! 場合によっちゃあ、斬られるかも……!!」
「お前らがなにも悪いことをしてないってんだったらそんな心配をする必要はねえよ。自分たちがどれだけの力を持っていて、それを悪用したらとんでもない被害が出るってことくらい、お前たちも理解出来てんだろ? そんなお前らをそのまま放置することは出来ない。幕府や神賀からしてみれば、お前らの居場所と何をしているかを掴んでおかないとマズいってことくらい、ちょっと考えればわかることだろうが」
燈の指摘に言葉を失った男子ががっくりと俯く。
この集落で新たな生活をスタートしたと思っていたのに、その平穏が唐突に終わりを迎えたことに気落ちする気分は理解出来るとは思いながら、彼以上の心労をずっと前から抱え続けている王毅の苦労を知っている燈には、目の前の男子をはじめとする脱走者に対して温情を掛けるつもりは一切なかった。
「正直に答えろ。お前ら、ここに来るまでに人を斬ったり、犯罪に手を染めたりしたか? もしも答えがYESなら、そん時には俺だってそれを黙って見過ごすわけにはいかねえ」
同じ世界出身の人間が、自らの力を罪なき人々を傷付けることに使った。
もしそうだとしたら、その責任を取るのが自分の役目だと……斬り捨てるとまではいかずとも、その罪に相応しい罰を与えるために当該人物を確保し、幕府に引き渡すくらいのことはしなくてはならないだろうと考えた燈が威圧感と共に脱走者たちへと質問を投げかけると――
「大丈夫ですよ。彼らは罪を犯していない。そこは、私が保証します」
「あ……?」
そんな声が聞こえると共に、ざわざわとざわついた脱走者たちが左右に分かれ、道を作る。
彼らが退いて出来た道を歩き、こちらへと歩いて来る人物の姿を目にした燈は、唸るような声を上げながら鋭い目で彼を睨んだ。
「……あんたがこの集落を纏めてる先生、って奴か?」
「はい。そう呼ばれています」
落ち着き払った口調でそう燈の質問に答えたのは、見上げる程の体躯をした長身の男性。
その髪は太陽の光を浴びて輝く金色で、燈を見つめ返す瞳は海のような青色で、一目で彼がこの大和国の人間でも、燈たちと同じ国の人間でもないということが判る。
やはり、彼もまた自分と同じ異世界の人間であり、日本以外の出身なのだろう。
ほぼ確信していた通りの事実を実際に目の当たりにすることで確信した燈へと、先生と呼ばれているその男性が自己紹介を行う。
「私の名前はグライド・レーン。もうご理解いただけていると思いますが、数年前に幕府の手でこの世界に召喚された、異世界人です」
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