妖の襲来
「夜の海……静かに波が押し寄せる、雰囲気抜群の場所……恋人同士が愛を語り合うのに、うってつけね」
「いや、この状況で愛を語りたいか? 俺は絶対御免なんだが……」
夜、仲間たちと共に霧の出た海岸にやって来た燈が、自分にそう語り掛ける涼音へと冷静な突っ込みを入れる。
大方、三人娘のうち、自分だけが燈に同行出来ているこの状況で彼との関係性をどうこうしたいのであろうが、今現在重要視すべきことが理解出来ている燈には、女にうつつを抜かすような精神状態ではない。
無論、涼音もそれを理解出来ているのだろうが……それにしたって連れない彼の態度に、心なしかむすっとした表情を浮かべているようにも見えた。
「燈、少しは気を遣って。可愛い女の子の小粋な冗談に楽しく反応してくれてもいいじゃない」
「いや、目的を理解してるか? 俺たちがここに来たのは幽霊船の正体を確かめるためであって、遊びで来てるんじゃないんだぞ? 蒼を見習えよ、涼音」
そう言いながら視線を少し離れた位置にいる親友へと向ける燈。
海岸線を見つめ、幽霊船の出現を待っている彼の横顔は非常に真面目で、警戒心も緩めていないようだが……彼の方にもその集中を乱す小悪魔がちょっかいを掛けてきた。
「蒼く~ん、何か見える~? 面白いものが見えたらあたしにも教えてほしいんだけど~!」
「今のところはなにも見えないよ。ただ、この霧からも妖気が感じられる。油断はせず、注意を払って警戒を続けよう」
「りょ~か~い! ……でも、残念だったね! 遊びで海に来ていれば、あたしたちのあられもない姿が見放題だったのに!」
「ぶぐっ!? ……や、やよいさん? 急に何を言い出すのかな?」
にししと笑い声を漏らしつつ、蒼の周囲をくるくると回るやよい。
彼を下に敷く大きめのお尻から、ぴょろんと悪魔の尻尾が生えていることを見逃さなかった燈の前で、彼女はからかうようにして言葉を紡ぐ。
「だって海だよ、海! 白い砂浜と青い海とくれば、残りは肌色の女の子だけじゃん! 栞桜ちゃんのばいんばいんのおっぱいとか、見てみたくないって言ったら嘘になるでしょ!?」
「ぶほっ! がほっ、げほっ……!」
「……燈? どうしてそこであなたが噴き出すのかしら? 詳しく、理由を、教えてちょうだい」
大声で話されたやよいの発言を耳にした燈は、ついうっかり栞桜の下着姿を思い出して咳き込んでしまった。
この大和国には水着があるのか? その場合はデザインはどんな風になっているのか? やっぱりサラシとふんどしみたいな実質下着姿みたいな感じなのかな……と、一瞬でそこまで考えを巡らせた彼へと、ジト目の涼音が殺意を込めた眼差しを向ける。
一方、突拍子もないやよいの発言に面食らった蒼は、顔を赤くしながらもそんな彼女のことを窘めていた。
「あ、あのね、やよいさん? 今はそういうおふざけをしてる場合じゃあ……」
「にししっ! 栞桜ちゃんのおっぱいはお気に召さない? やっぱり蒼くんは、あたしのお尻の方が好みですかにゃ~?」
「………」
ふり、ふりっ、と可愛らしくお尻を振りながらのやよいの発言に、言葉を詰まらせて視線を逸らす蒼。
なんとも判り易いその態度にくすくすと笑ったやよいが、更に追撃の言葉を繰り出そうとした時だった。
「っっ……!?」
びりりと、肌に触れる妖気の種類が変わったことを敏感に感じ取った四人が、一瞬にして緩んでいた空気を引き締め、臨戦態勢を取る。
ねっとりとした生温い空気が一変し、肌を突き刺すような鋭利な殺意交じりの妖気が漂い始めた海岸で、燈たちは状況を確認するようにして会話をし始めた。
「蒼、幽霊船は見えるか? 海になにか異変は!?」
「駄目だ。霧が深まって海が見えない。影があるかどうかもわからないよ」
「風で霧を吹き飛ばす? 私の武神刀なら、それが出来るけど……」
「いや、ちょっと待って……この感じ、何かが――」
ぞわりとした悪寒を感じた直後、四人が同時にその場から飛び跳ね、別々の方向へと舞った。
次の瞬間、四人が居た場所へと何かが飛来し、霧を切り裂くような鋭い一閃が繰り出される。
砂を巻き上げ、鈍い音を響かせて、自分たちへと攻撃を繰り出したそれの先端に鋭利な爪のようなものがあることを見て取った一同は、それが妖の手であることを理解した。
しゅるり、しゅるりと蛇のようにのたうちながら、長く伸ばされたその腕の根元へと視線を向けた燈は、そこに立つ存在を目にして顔を顰める。
「なんだ、ありゃあ……?」
切り裂かれた霧の先に立っていたのは、醜悪な見た目をした化物だった。
全身を薄汚れた緑の皮膚で覆い、その所々から赤い血のようなものを滴らせ、呻き声を思わせる咆哮を上げる化物は、一本しかない腕を鞭のように振るって攻撃を仕掛けてくる。
「ウォォォ、ォ、オォォォッ!」
「ちっ!? こいつが幽霊船が送り込む妖って奴か!?」
少なくとも、自分が知るようなメジャーな妖とは思えない異形の怪物の攻撃を避けながら、その行動を注意深く観察する燈。
妖はその長い腕を用いて四人を同時に薙ぎ払うような攻撃を繰り出した後、即座に腕を引っ込めている。
見たところ、あの妖の腕は一本だけのようだが……油断は禁物だ。
実は秘密兵器として、もう一本の腕を隠しているだなんてことは十分にあり得る話であると考えた燈が、あの妖の正体を探るべく蒼へと質問を投げかける。
「蒼、あいつはなんなんだ? どんな種類の妖だ?」
自分たちの中で一番の知識量を持つ彼ならば、もうきっとあの妖の正体にも辿り着いている。
醜悪な外見、苦し気な咆哮、そして長く伸びる腕を用いての攻撃という、十分過ぎる材料が揃っているのだから、蒼も判断に困らないと考えた燈であったが――
「……わからない。僕もあんな妖は見たことも聞いたこともない」
「は、はぁ!? 何だって!?」
――蒼が口にしたのは、そんな予想外の答えであった。
信じられないとばかりに素っ頓狂な声を上げ、彼の顔を見つめる燈へと、蒼は再び同じ意味の言葉を繰り返す。
「僕はあの妖を知らない。僕が知るどの妖とも、特徴が一致しないんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます