六日目・夕方・やよい

「それで、どうするつもりだ?」


「ん~? どうするって、なにが~?」


「惚けるな。お前は今晩、その……」


「蒼に抱かれるつもり? って、聞きたいみたいよ」


 湯気が立ち込める露天風呂の中で、少女たちの可憐な声が響く。

 四者四様の美しい裸体を曝け出す彼女たちの姿はまるで天女のようで、男が見ればここが現世に出来上がった天国のように思えるだろう。


 そんな風呂の中で、湯船に浸かっているやよいたちが妙な緊張感を漂わせながら会話を繰り広げている。

 直接的な表現を口にするにはまだ初心さが残る栞桜に代わってやよいへとド直球な質問を投げかけた涼音は、ぷかりと湯船に自らの大きな双房を浮かべる彼女からの答えを待った。


「ん~……どうだろうね? 蒼くんがお望みならお相手させてもらうし、そうじゃないならしないってだけだよ」


「あなたの方から仕掛けるつもりはない、ってことでいいのかしら?」


「まあ、そうだね。あたしもこれで女の子だからさ~、男の人から求められたいなんていう乙女の浪漫めいた考えがあるわけなんですよ。にゃははっ!」


 からからと無邪気に笑いながら、湯船に潜るやよい。

 ここまでの質問責めに対する照れ隠しなのか、それとも冷めやらぬ興奮に突き動かされるままに取った意味のない行動なのかは判別がつかないが、彼女が上機嫌であることは間違いないだろう。


 ややあって、再び湯船から顔を出した彼女が首を激しく振って濡れた髪から水飛沫を飛ばす様を見つめていたこころが、まるで自分のことであるかのような喜ばしそうな表情を浮かべながら彼女に言った。


「よかったね、やよいちゃん。蒼さんが、やきもち焼いてくれてさ」


「にへへ~、まあね~! 本当、奥手で遠回しでああだこうだと理由だの難癖をつけるくせにさ、やることが突拍子過ぎてこっちも驚いちゃうよ。求婚されてる女の子を返事もさせないで掻っ攫うだなんて、普通の人はしないよね~!?」


「でも、嬉しかったんでしょう? 普段冷静な蒼が我を忘れたように自分に固執してくれたことが……」


「んふふっ、否定はしません! 蒼くんってばホント、あたしのことが大好きなんだよな~!!」


 判り易過ぎるくらいに浮かれて、蒼のことを愚痴るようにしながら惚気るやよいの表情は、本当にだらしなく緩んでいる。

 これまでずっと仲間として、副長として接してきた蒼が、初めて自分のことを女性として意識していることをこの上ない形で表現してくれたのだから、その浮かれようもまあ納得だ。


 そうやって、暫くその興奮と歓喜に浸り続けた後で……ふうと小さな溜息を漏らしたやよいは、一瞬にして心を鎮めてからこんな言葉を口にした。


「でもまあ、本題はここからなんだよにゃ~……この一回こっきりで終わっちゃったら、それはそれで上げて落とされる感じがして悲しいっていうかさ~……」


「ああ、うん……それはそうかもね。ここから硬直状態に陥るのが蒼さんだから……」


「だ、だが、ここまで大胆なことをしたなら、最後まで一気に突き抜けてやろうと思うものなんじゃあないのか?」


「ちっちっちっ。甘いね、栞桜ちゃん。桜餅よりも甘いよ。蒼くんがそんな性格してないってことは、まるっとごりっと承知済みなんだよね。燈くんも同類だから、その辺のことは覚えておくといいよ」


 親友の意見を否定しつつ、何気にアドバイスを残すやよい。

 栞桜だけでなく、こころと涼音にも適応されるその助言に三人娘が耳を傾ける中、風呂の縁に顔を乗っけた彼女は、大きな溜息を吐きながらこう続ける。


「今の蒼くんの思考を読み取るとねぇ……『昼間はやよいさんに悪いことしちゃったな。色々と想いが透けて見えるような行動を取ってしまったけど、ここで一気に距離を詰めるというのも彼女の意思を無視しているようで心苦しいし……取り合えず、現状維持でいこう。もう少し落ち着いてから、改めて距離を縮めることにしよう。それがいい!』……って、感じかにゃ~」


「……一言一句同じことを考えてそうね。流石はやよい、と言うべきかしら?」


「むふ~! 蒼くんのことは大体理解してるのだ~! ……どうやったらにさせられるのかは全くわからないんだけどね」


 たゆんっ、とその大きな二つの山脈を弾ませながら胸を張ったやよいは、続けて愚痴じみた呟きを漏らしてから再び溜息を吐いた。


 取り合えず、今日の蒼の行動は自分にとっては喜ばしいものであったし、彼が成長の兆しを見せたことは間違いないのだが……これを切っ掛けとして、次の段階に彼が進めるかどうかはまた別の話である。


 やよいに嫉妬心を露わにし、彼女を女性として意識していることを告げ、手を繋いだことで蒼が満足し、そこから先に関係を進めようとはしない可能性は十分にあった。

 そんなことをされたら、やよいとしては期待外れもいいところなわけで……先に述べた通り、上げて落とされるような気分を味わう羽目になるわけだ。


 だがしかし、そんな乙女の心理を蒼に告げるわけにもいかない。

 こういうことは自分で気付き、行動すべきだ。なんでもかんでも自分がお膳立てしてくれると思っているのなら、それは大きな勘違いだと蒼に教えなければならないだろう。


(……まあ、蒼くんだしね。期待するだけ無駄かな。自分の行動と、燈くんたちに褒められたことで満足して、これ以上の進歩を今すぐには求めない……ってところでしょ)


 とまあ、そんな風に湯船に浸かりながら、重々に理解している蒼の思考パターンを読み切ったやよいは、今後の展開にそこまで期待をしていなかったのだが――?

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