三日目・朝
「……よし、僕の方が早い。昨日のような事態は避けられたな」
翌朝、まだ日が昇って間もない頃、布団から顔を出してやよいの様子を確認した蒼は、彼女がまだすやすやと寝息を立てていることを確認して、小さく拳を握った。
昨日のようにうっかり目を覚ましたタイミングで彼女が着替えているだなんて(ラッキーな)ハプニングを避けられたことに安堵しつつ、普段通りに起きた蒼はこそこそと布団から出ると、顔を洗ったり歯を磨いたりといった朝の習慣を終わらせていく。
そうやって、ものの十分程の時間で朝の支度を終わらせてしまった彼は、再び自身の布団が敷いてある位置に戻った後、いい笑顔で頷きながら心の中でこんなことを考えた。
(どうしよう、やることがない!)
そうなのだ。朝早く起きると、これが結構暇なのだ。
普段は朝食まで散歩に出掛けたり、道場で軽く体を動かしたり、あるいは部屋で読書や書類仕事をしたりといったことで時間を潰しているわけだが……すぐ近くに寝ている同居人がいるとなると、話が変わってくる。
部屋の主であり、今もぐっすりと眠っているやよいを自分の早起きに付き合わせるのは申し訳ないので、部屋の中で音を立てるような行為は駄目だ。この時点で書き物をしなければならない書類仕事は出来なくなる。
次いで、散歩や修練に出掛けるにしても、その場合は寝間着から普段着に着替えねばならない。
その際に自分がごそごそと動く物音でやよいを起こしてしまった場合、今度は昨日の出来事が役割を入れ替えてもう一度繰り広げられることになるのだ。
まあ、やよいならばそこまで気にすることもないだろうが……純粋に、単純に、自分が恥ずかしいからそれは嫌だ。
というわけで、残すは静かに本でも読んで時間を潰すという選択肢のみだが、残念なことに蒼がこの部屋に持って来ている本は全て腐るほど読み耽った書物しかない。
つまりは、暇潰しになるような趣味は全滅済みということである。
そんなこんなでやることもなく、朝食までの時間をどう過ごすべきかと悩む蒼は、二度寝をしないように布団の上に胡坐をかくと、両腕を組んで考えを巡らせていたのだが――
「うぅ、ん……」
「!?!?!?」
少し離れた位置にいるやよいが、小さな唸りを上げて寝返りを打ったことで、びくりと反応しながら彼女の方へと視線を向けてしまった。
よもや、自分が発した物音で彼女を起こしてしまったのではないかと不安になる蒼であったが、視線の先のやよいは一度身じろぎしただけで再びくぅくぅと可愛らしい寝息を立て、これまた可愛らしい寝顔をこちらに見せている。
どうやら起こしてしまったわけではなさそうだ……と、安堵の溜息を吐いた蒼は、やることもないのでそのままぼーっとやよいの寝顔を観察し始めた。
(こうして見ても、本当に美少女だなぁ……この顔のままお淑やかでいてくれたら、どれだけ助かるのやら……?)
普段から彼女に振り回され、文字通りにお尻に敷かれている蒼が、そんな強烈さを感じさせないやよいの寝顔に嘆息しながら思う。
全裸で混浴しに来たり、事あるごとにお尻で突っ込みを入れてきたり、他にも色々と彼女には慌てさせられることも多いが……別段それを迷惑だと思っていないことも確かだ。
やよいにはもう少し大人しくしてほしいと思ってはいるが、それとは別にそのままでいてほしいと思っていることもまた事実。
良くも悪くも、彼女は今のままの性格で、今のままの関係性でいることが一番だと蒼は思っていた。
あれやこれやと口を挟むように見えてしっかりと自分の意見を尊重してくれる点だとか、さりげなく自分のことを補佐してくれる彼女の存在には、大きく助けられているし感謝もしている。
だからこそ、そういったいい関係性に恋愛だのなんだのの不純な感情を持ち込んで、それが壊れてしまうことなんてのはあってはならないのだ。
武士団で団長と副長を務める自分とやよいの関係性が崩れるということは、それ即ち武士団全域に影響が及ぶということ。
自分だけでなく燈たちにも迷惑をかける事態というのは、なんとしても避けなければならない。
桔梗が何を期待しているかは知らないし、彼女には申し訳ないが、絶対にその思惑通りになって堪るかと決意を新たにした蒼は、ぐっと拳を握り締め、すやすやと眠り続けるやよいを尻目にこっそりと部屋を抜け出すと、彼女が目覚めるであろう時間帯まで、他の部屋で暇をつぶすことにしたのであった。
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