幕間の物語~蒼とやよいの一週間同居生活~

一日目

今回の幕間の物語はこのシリーズで終わりです。

続いて、六章に続く物語である五・五章とでもいうべきお話を投稿し、再び本編に戻ります!


今回は幕間が多めになってしまって申し訳ありません。

切り良く五つのお題で締めたかったもので……


兎にも角にも、今章最後の幕間の物語をお楽しみ下さい!


――――――――――


 部屋の中に、二つの布団が並んでいる。

 大きさが違うその布団たちの内、サイズが大きい方を掴んだ蒼は、もう片方と自分が選んだ布団の距離を限界まで離すようにして壁際まで引っ張り、枕を放り投げた。


 二つの布団の間にある距離はおよそ大人一人が横に寝転がったのと同じくらいの長さ。

 決して離れているとはいえない距離ではあるが、出来る限りの気休めをしておきたかった蒼は、壁に半分以上布団を押し付けながら本来のこの部屋の主へと声をかける。


「……本当に、いいの? 君が桔梗さんに抗議すれば、まだ何とかなる可能性もあるかもしれないよ」


「あはは、仕方がないよ。ああなったおばば様は梃子でも動かないだろうしさ。それに、あたしの部屋を追い出された蒼くんが廊下で寝ることになっても可哀想だしね」


 昼間の頃と比べ、腫れの引いたたんこぶを擦りながらそう述べたやよいは、そのままそそくさと自身の布団の中へと潜って就寝の構えを見せている。

 その口調や態度は普段通りのように見えるが、彼女のことをよく理解している蒼の目には、ちょっとしたぎこちなさや緊張が感じ取れているようだ。


 その緊張が、期待とも思える感情が、蒼にも伝播する。

 これから数時間、この部屋の中で二人きりになって夜を明かすという状況が、彼の心臓の鼓動を信じられないくらいに早めていく。


 しかも、そんな日々が七日間も続くというのだから、本当に心臓に悪い。

 不幸でもあり、幸運でもあるこの状況をどう受け止めるか判らないまま夜を迎えてしまった二人は、まだぎくしゃくとした雰囲気のままに就寝の時を迎えようとしていた。


「……明かり、消すね。おやすみ、蒼くん」


「あ、ああ、おやすみ、やよいさん……」


 ふっ、と灯篭の明かりが消えると共に、やよいの部屋が暗闇が支配する空間に変貌した。

 物音一つしないその空間の中で、自分の心臓の鼓動とやよいの静かな息遣いだけを耳にする蒼の感情が、静と動の二つが入り乱れてぐちゃぐちゃに搔き回されていく。


 やよいとの距離、およそ六尺六寸。間取りの単位でいえば、一間。判りやすく現代風に言い直せば、およそ2メートル。

 その気になれば、一息で詰められる距離。その気になれば、布団で眠る彼女を抑え込んで、抵抗も許さぬままに好きに出来る距離。


 好きにして良い、やよいを抱いても構わない……昼間に投げかけられた桔梗の言葉が、頭の中で反芻している。

 これまでそんな感情や考えを抱いたことなどなかった蒼の胸中は、本能と理性のぶつかり合いによって凄まじいまでの混乱を見せていた。


(だ、駄目だ。駄目だ。落ち着け……! やよいさんは頭を怪我している状態。彼女だって言ってたじゃないか、今日は勘弁してほしいって……)


 そうやって燃え滾りそうになる情欲を、やよいの言葉と彼女の身を案じる優しさで抑える。

 明確な彼女に手を出してはいけない理由を得た蒼の頭はそれでようやく落ち着きを取り戻し、うるさいくらいに高鳴っていた心臓の鼓動も鎮まり始めていた。


 ……そうだ、今日は駄目だ。やよいのことを心配するのなら、今の彼女に手出しをすべきではない。

 だが、明日はどうだ? もしも明日の内に腫れが引いて、頭の怪我が治ってしまっていたら……次は何を理由に込み上げる本能を抑えればいい?


 うら若き男女がそう広いわけではない部屋で二人きりで夜を明かすという状況。

 女性の方の親からは実質的な許可が下りており、常識の範囲内ならば彼女に何をしても良いというお墨付きをもらっている。

 そして何より、部屋の主にして唯一蒼を追い出す権利を持つやよい自身が、彼と同居することを拒んでいないのだ。


 何処をどう考えても……絶好のシチュエーション。これで手を出さないとか、逆に彼女に失礼だとしか思えない状況。


 実際にその話を聞いた燈たちは唖然としつつも反対はしなかったし、あの栞桜ですらもごもごと何かを言いたそうにしながらも相手が蒼ならばと親友の想いを汲んで口を閉ざした。

 桔梗や燈をはじめとした、この屋敷に住まう人々の総意をまとめるならば、こういうことなのだろう。


 お前、いい加減にしろよ? そろそろ男を見せて、覚悟を決めとけ?


 少しずつやよいへの好意を自覚し始めた蒼は、周囲の人々があれやこれやと言い訳をしてその感情から逃亡しようとする自分に痺れを切らしたのだろうという予測はついていた。

 故に、余計なお節介ともいえるその行動に強く出られず、流されるままにこうしてやよいと二人きりの夜を迎えようとしている。


 好意を自覚する前だったら、断固として拒否していただろうに……と思いながら、ごくりと息を飲む蒼。

 その気になれば憎からず思っている少女に手を出せる状況にありながらも、先程見い出した彼女に手を出してはいけない理由を思い返した彼は、必死に気持ちを静めるようにして瞳を閉じる。

 だが、どう足掻いたって眠気は込み上げて来ず、今夜は眠ることは出来なさそうだ。  


 絶対にこの七日間は寝不足になるのだろうな、と思いつつ……布団の中に顔を潜らせた蒼は、やよいに気付かれぬようにしながら、大きな溜息を吐くのであった。


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