オチの時間です
「っぁ……!?」
ぎゅっと、強い力で胸を鷲掴みにされた栞桜が僅かな痛みを伴うその感覚に呻きを漏らす。
爪が食い込んでいるのではないかと思うくらいに力が込められた手の動きに身震いしながらも、燈がそこまで自分に夢中になってくれたことに、確かな喜びも感じる栞桜。
もう、歯止めは利かない。ここからは最後まで突っ走るのみだ。
抜け駆けのような方法で一番槍の役目を取ってしまったことに対して、こころに申し訳なさと罪悪感を抱くも、今はそんなことを気にしている暇はない。
目の前の戦いに集中し、この記憶を魂に刻み込まなくては……と、決意を新たにする栞桜であったが、両の胸を揉む手に込められる力が更に強まったことで、その表情が苦し気に歪んだ。
「んっ……!!」
これは少し、興奮し過ぎだ。
我を忘れるほどに夢中になってくれるのは嬉しいが、自分のことも考えてほしい。
そんな、乙女らしくもありつつ、ごく自然な考えを思い浮かべた栞桜は、顔を上げると恨みがましい視線を燈へと向け、がっつく彼のことを注意しようとしたのだが――
「……あれ?」
目の前に、本当にすぐ近くにいる彼の姿を確認した時、彼女はそのことに気が付いた。
燈の手は、今しがた自分の胸から剥ぎ取ったサラシを掴んだままであり、まだ自分の体に指一本触れていないということに。
そもそも栞桜も緊張を紛らわせるように彼の手首を掴んでおり、自分の掌の中に燈の腕がある以上、彼が両手で自分の胸を鷲掴みにすることなど出来っこないのだ。
だがしかし、現実として今、栞桜の両胸は誰かの手の中に収められている。
それが自分の手でも、燈の手でもないとしたら、いったい誰が……と、この場に自分たち以外の第三者が存在していることに気が付いた栞桜が顔色を青くする中、地に響くような怨念の籠った呻きが彼女の背後から発せられた。
「オォォォォォォォォ……!! 許、さない……っ! 絶対に、許さない……!!」
「こ、こここ、この声、は……っ!?」
その声を耳にし、栞桜の背後に在る人物の顔を目にした燈が、先程まで感じていた興奮を吹き飛ばすほどの寒気を覚え、びくりと体を震わせる。
栞桜の胸を掴むその人物の拳の力は更に強まり、今にも彼女の胸を引き千切らんとしているかのように見えた。
栞桜もまた、こんなぶっ飛んだ行動を取る女性の心当たりをつけながら背後へと振り向き……般若のような恐ろしい形相を浮かべた、彼女の姿を目にする。
栞桜同様に寝間着である小袖を身につけ、薄着な格好で明かりの消えた部屋に出現した彼女は、普段は不愛想で無表情な顔を憎しみに歪ませると、栞桜のたわわな胸に怨念と嫉妬と殺意を漲らせながら、怨嗟の言葉を口にした。
「その乳、寄越せぇ……!!」
「う、うおぉぉおっ!? す、涼音っ!?」
「あんぎゃああああああっ!?」
予想はしていたが、その予想以上の怒りを見せる涼音の姿に流石の栞桜も恐怖を覚えたようだ。
今の彼女ならば本気で自分の胸を斬り落としかねないと、己が身の危険を感じた栞桜が盛大に振り向きながら腕を振り、回転運動と自慢の怪力を活かして涼音の体を強く突き飛ばす。
栞桜と違い、平坦な壁のような胸に見舞われた張り手は、彼女の体を大きく後方へと吹き飛ばした。
その衝撃を上手く殺し、内臓や骨に対するダメージを最小限に抑えた涼音が、未だに鎮まり切らない怒りを漲らせながら栞桜へと迫る。
「遂に、やったな、牛乳女……!! あなたはいつか必ずこんな卑怯な手段に出る奴だと、思っていた……!!」
「おおお、お前、どうしてここに……!?」
「燈が寝静まった頃合いを見て、忍び込みに来た。そうしたら、あなたが燈と文字通り乳繰り合ってて……その乳潰してやろうと、背後を取っただけ」
「恐ろしいことを言うな! というよりお前、燈の部屋に忍び込む予定だったのか!? そんなことするつもりの奴が、よくもまあ私のことを卑怯者呼ばわり出来たな!?」
「私は、燈に手を出す予定はなかった。ただ、これを部屋の至る所に仕込もうとしただけ」
「これ、だと? いったい何を仕込むつもりだったんだ……?」
殺気を漲らせる涼音に注意を払いながら、灯篭を操作して明かりを灯し、彼女が差し出したものを確認する栞桜。
どさっと畳の床の上に巻き散らかされているそれが、涼音の容姿とそっくりな細身の女性たちを取り扱った春画であることを見て取った彼女は顔を真っ赤に染めると、逆に怒りを燃え上がらせながら涼音へと詰め寄った。
「お前! 何をしている!? というより、これを何処から手に入れた!?」
「普通に、買った。きちんと、自分の懐から代金は出した」
「当然だ! お前、うら若き乙女が男の欲を発散する春画をこんなに大量に購入するなんて、恥を知れ!!」
どうしてそこまで堂々と(薄い)胸を張って言い切れるのかと、涼音の行動と態度に呆れと怒りを混合させた感情を抱きながら栞桜が言う。
まだ若い女子が、こんな破廉恥な本を購入するだなんて……と、自分のことでもないのに恥ずかしさを覚えて顔を真っ赤に染める彼女であったが、そこではたとあることに気が付いてこんな質問を口にした。
「待て、春画だと? よもや、私が見つけたあの春画も、お前が買ってきたものなのか?」
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