彼女は最終手段に打って出るようです


「それで、その……これからどうするの?」


「どうするって……取り敢えず、このことは他言無用で頼むよ。時が来たら桔梗さんたちに打ち明けることもあるだろうけど、今すぐってのは良くない」


「ああ、うん。そう、だよね……」


 ちらり、ちらりと半分ほど開いている押し入れと、そこから覗く布団を横目で見つめながら、指をもじもじと絡ませつつやよいが問いかける。

 入った瞬間に押し倒されるなんてことにならなくてよかったと思いながらも、布団の準備をしようとしていたということは蒼もやはりそのつもりなのだと、その光景にばくばくと心臓を跳ね上げさせていたのだが……。


(あ、しまった。押し入れの戸を開けっ放しだ。さっきくしゃみしたから、追加の掛け布団があるか確認しようとして、そのままだったや)


 ……蒼の方は、純粋にそれを失敗として受け取っているだけであった。

 ちらちらとそちらを見やるやよいの反応も、ああいう中途半端でだらしない部分って一度気が付いたらずっと気になってしまうからな……と、特に違和感を感じないでいる彼は、これで彼女の心証が悪くなったら嫌だなと、無意識のうちにやよいの好感度を気にしてしまっている。


「あ~……ごめん。君が来るってことは知ってたんだから、あんな中途半端な状態にしておくべきじゃなかったね」


「うえっ!? い、いや、それはそうかもしれないけど……そ、そんなに、準備万端! って感じでいられてもあたし的には困るっていうか、なんというか……」


 だらしなくて申し訳ない、と謝罪の言葉を口にしてみせれば、やよいは恥ずかしそうに俯いてぼそぼそと何事かを呟き始めた。

 後半は上手く聞き取れなかったが、やはり多少は気にしていたみたいだなと、自分のだらしなさを恥ずかしく思いながら、立ち上がった蒼は中途半端に開いていた押し入れを閉じ、一度咳払いをした後にやよいへと言う。


「……折角、こうして呼び出しちゃったのに、話が終わったからさっさと帰れっていうのも味気ないよね。やよいさんさえ良ければ、もう少し話でもしようかなって思うんだけど……どう?」


「う、うん。い、いいよ。べべべ、別に、眠くないし……!」


「よかった。なら、台所に行ってお茶でも淹れてくるよ。退屈かもしれないけど、少し待ってて」


 びくーん、と面白いくらいに背を伸ばして反応を見せたやよいの異変にも、心のつかえが取れて気が楽になっている蒼は気が付かない。

 奥手で堅物な彼には珍しく、夜遅くに女性を部屋に招き入れ、しかも二人きりで長話をしようだなんていう誘いを口にしてしまうくらいには、今の蒼は浮かれているようだ。


 そして、そんな珍しい態度を取る蒼の様子に、一層緊張を高まらせたやよいが落ち着きなく視線を泳がせていく。

 彼の言葉を深読みしたやよいは、着々と迫っている(と勘違いしている)交わりの時の到来を思い、ごくりと息を飲んだ。


(じょ、常套手段だ……! そうやって女の子を引き留めて、なんやかんやのうちに食べちゃうっていう、手慣れた男の技の一つだ……!! 蒼くん、いつの間にこんな技を……!?)


 下手をすると彼の奥義を見た時よりも驚きを覚えているやよいは、自分とは打って変わって上機嫌な様子を見せる蒼の行動に動揺を隠せないでいた。


 がちがちに緊張している自分と、完全にリラックスして準備を進めていく蒼。

 このまま事に及んだ場合、どちらが主導権を握るのかなんてものは目に見えている。


 マズい。非常にマズい。

 このままではあの本のように布団の中でわからせられて、明日からは蒼に逆らったりからかったり出来なくなってしまう。

 気軽にお尻ど~んしたり混浴したりなんかした日には、そのまま美味しくいただきますされて食べられるような毎日が訪れてしまうかもしれない。


 正直な話、そんな展開も悪くはないといえば悪くないのだが、問題は自分の面子の方だ。

 これまで、散々「男女の交わりなんて余裕だし~!」というような態度を取ってきた自分がいざ本番となったらへろへろのヘタレになり、逆にそんな自分に翻弄されていた蒼がしっかりがっしりと主導権を握って、行為(とやよい)を支配する展開になるというのはいささかばつが悪い。

 そんなことになったら完全に形無しではないか、と今後の関係のことも考え、多少は蒼に対する優位性というものを残しておきたいという思いがやよいの中にあることもまた確かであった。


「あ、お茶請けのお菓子も欲しいよね? 何か適当に探してくるけど、何か要望ある?」


「う、あ、え、ええっと……あ、甘いのがいい! 蒼くんの淹れるお茶、渋そうだから!」


「ははは、了解。甘いお菓子、甘いお菓子っと……羊羹かなにかが戸棚になかったかな……?」


 とてん、とてんと音を鳴らして廊下を歩いていく蒼の背を見送ったやよいは、完全に肝が据わっているとしか思えない彼の態度に感じている危機感をますます募らせる。

 このままでは、この一晩で自分と蒼の力関係が完全に逆転してしまうと……そう、今の状況を絶体絶命の危機だと判断した彼女は、禁じ手とも呼べる最終手段を用いることを決心した。


「おばば様に怒られる危険性があるから、これだけは使いたくなかったけど……仕方がない!」


 ごそごそと、四次元ポケットもとい何でも収納出来る自身の胸の谷間に手を入れたやよいが、お目当ての物を引っ張り出しながら小さく呟く。

 片手の中に納まってしまうような小瓶を取り出し、その栓を開けた彼女は、ぷ~んと漂う独特の香りに鼻をひくつかせた後、その中身を一気に飲み干し、そして――


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