そういうわけで、彼女たちは勘違いの末に決意するようです


「な、なあ、やよい。万が一というか、もしもの話なんだが……仮に、仮にだぞ? そういった男性の欲を責任を取る形で引き受けるとしたならば、だ……やはり、交わりの際にはその男が読んでいる春画のような内容に沿った方がいいの、か……?」


「……そこはその人次第なんじゃない? 女の子をいじめるような春画を読んでいたとして、その人が本当に女の子をいじめたいとは限らないじゃん」


「そ、そうか、そうだよな……」


「ただ、その人の趣味嗜好が春画に表れてるっていうのなら、する時に段々とそういった行為に近付いていくんじゃないかなぁ?」


「そそそそそ、そ、そう、なのか……?」


「……わかんないよ。だってあたし、処女だもん。だからこうして相談してるんだし」


 それは私もだ、という言葉を必死に飲み込んだ栞桜が、同時に口から飛び出しそうになっている心臓を心の中で飲み込む。

 これはやよいからの説教であり、お前はお前なりにこの事態に責任を取れという遠回しな指示であると思い込んでいる彼女は、たった一つしか存在していないその方法に思いを馳せると共に顔を真っ赤に染めた。


 その隣では、着々と覚悟を決めつつあるやよいが顔の半分を湯船に沈めながら口からぶくぶくと泡を吹いている。

 冷静になろうとしているのか、はたまたいっそ熱狂に攫われて正常な判断が出来なくなっているうちに事を済ませてしまおうとしているのか、それは彼女本人にすら判らないことであった。


(取り合えず、だ……私の行動が原因で燈が欲情を煽られてしまったというのならば――)


(その件に関しての責任は、取ってあげた方がいい。むしろ向こうもそのつもりだろうし――)


 そんなこんなで、親友二人は思い切った勘違いの末にとんでもない決意を固めつつある。

 自分のせいで男性陣が危うい願望を抱くようになってしまったというのならば、己の身を以てそれを鎮めなければならない。


 ということで、最終的にこの二人が出した結論は――


((こうなったらもう、抱かれるしかない!!))


 ――という、非常に判りやすく、そして後々の騒動が想像出来るものであった。


「……もう一回、体洗っておこうかな。なんだか気になるし」


「そうか、気になるならそうした方がいいだろう。私も一緒に洗おう。特に意味はないが、念入りに、念入りにな」


 ざばあ、と音を立てて湯船から立ち上がる栞桜とやよい。

 この時、涼音が立ち上がった時よりも遥かに大きな音が鳴ったことと大量の湯が飛び散ったことに関しては触れてはいけない。


 双方、お風呂に入ってリラックスしているとは思えないくらいに力の入った表情を浮かべ、拳どころか全身がガチガチに固まった状態ではあるが、胸と尻の果実だけは水を弾きながら柔らかく震えている。

 数時間後の天王山ではこの部分を主に男性陣に晒すことになるのだと緊張する栞桜と、ばくばくと心臓の鼓動を逸らせているやよいは、同時に洗面台の前に座すと髪やら体やらをこれ以上ない程に入念なチェックを入れつつ洗い始めた。


「栞桜ちゃん、そっちの石鹸取って」


「これか、受け取れ。悪いがやよい、乾いてる手拭いをくれ。髪を早く乾かさないと痛む」


 やよいには本日何度目の体洗いだと、栞桜には髪の痛みを気にするなんて普段のお前らしくないと、この場に突っ込み担当の人間がいたならばまず間違いなくそう言葉を発していただろう。

 だが、残念ながらこの場には彼女たち二人しかいない。お互いに妙な勘違いを抱えているこの二人を止める者も、その勘違いを解消するための仲介に入ってくれる者も存在していない。


 まあ、つまりどういうことかと簡潔に説明するならば……


「ぶえっくしっ!! あ~、なんだ? どっかで誰かが噂してんのか?」


「くしっっ!! ……湯冷めしたかな? 今日は暖かくして眠ることにしよう……」


 ……全く別の場所で、ほぼ同時に何かを感じ取ってくしゃみをした彼ら二人に、途轍もない不幸が降りかかることが確定したということである。

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