その日の食卓の妙な雰囲気


「……なあ、燈くん。ちょっといいかな?」


「なんすか、百元さん?」


「僕の勘違いだったらそれでいいんだが……なんだか、この場に集まってる全員の雰囲気がおかしくないかい?」


「ああ、やっぱそう思いますよね……」


 数刻後、桔梗邸の食卓。そこに集まったこの屋敷の住人全員から不穏な気配を察知した百元が、唯一いつも通りの様子を見せている燈へとそう尋ねる。

 彼と同じく、自分もまたこの場に満ちる妙な雰囲気を感じ取っていた燈は、百元の感じ取った気配が勘違いではないと肯定するように小さく頷いた。


「……いや、宗正と桔梗についてはわかるんだ。宗正が何か馬鹿をやって、桔梗がそれに怒っている。何十年も前から繰り返されてきた、僕にとっての日常風景さ。だが、君を除いた蒼天武士団のみんなが妙な雰囲気になっているというのは、いったいどういうことだい?」


「あ~……蒼とやよいについては心当たりがあるんすけど……他の三人に関してはなんもわからねえっつーか、どうしてこうなってるのか皆目見当がつかねえっつーうか……」


「そうか……君がそう言うのならそうなんだろう。まあ、もしかしたら宗正たちから発せられる雰囲気に当てられてるだけなのかもしれないしね。変なことを聞いてわるかったよ」


「いえ、俺も気になってたんで……」


 ぼそぼそと小声で会話をし、そんな結論に至った二人が会話を終える。

 百元と一応の納得のいく答えを出した燈であったが、やはりこの妙な気配の中で食事をすることに慣れることが出来ずにいた。


(蒼とやよいはわかるんだ。けど、どうして涼音たちは変な感じになってんだ……?)


 ぎこちない雰囲気を醸し出している仲間たちと内、蒼とやよいに関しては何が起きたのかを聞いていた。

 つい先ほど、やよいに宗正から預かった春画を発見されたと蒼に泣きつかれた燈は、彼からその周辺の事情を聞かせてもらったわけだが……随分と、不幸なことがあったものだと蒼に対する同情が止まらないでいる。


 まったく、本当に、よりにもよってやよいに見つかるとは、実にツイていない男じゃないかと親友を不憫に思う燈であったが、自分にもほぼ同じ不幸が起きていることなど露ほどにも思っていないのだろう。

 まさか、自分も親友と同じく女性陣に春画が見つかっているだなんてことに欠片も気付いていない燈は、彼女たちの異変の原因がそこにあることにも気付かず、どうしてあの三人は変な感じになっているんだと訝しむばかりだ。


「燈くん、ご飯のおかわり要る? いっぱい炊いたから、遠慮せずに食べて食べて!」


 こころは妙に世話を焼くというか、自分に手厚く接してくるし……


「………」


 涼音は無言でこちらを見つめながら、何かを言いたげな眼差しを向けているし……


「ぐっ、ふぐっ、う、うぅ……っ!?」


 栞桜に至ってはこちらにちらちらと視線を向けたかと思えば、へんてこりんな呻き声をあげてそっぽを向くという謎の行為を繰り返している始末だ。


(わっかんねえなあ……? なんか悪いもんでも拾って食ったのか?)


 隠していたエロ本を見つけられて、男女ともに気まずくなるというある意味の正答例である蒼とやよいの状況を把握してしまっている燈は、彼女たちがどうしてそうなっているかがまるで理解出来ていない。

 彼女たちがやよいと同じように、自分の部屋に隠されていた本を見つけ出した上で、それぞれ別の誤解を抱いているなどとは、露にも考えていない。


 数々のお宝本を失った悲しみにしくしくとすすり泣く宗正と、やよいとの一件で気まずさをマシマシにしている蒼と、この雰囲気に違和感を抱いて小首を傾げている百元という、これまた全く別の反応を見せている男性陣の中で、燈もまた不可思議としか表現出来ない食卓の様子を訝しみながらも、まあ、それはそれだと夕食をぱくついていた。


 なにかよく判らないが、明日には大体の問題は解決しているだろう。

 蒼も上手くやるだろうし、やよいのことだから少し時間が経てばすっかりと今日の日のことを忘れてくれるかもしれない。


 今のところの燈の思考を一言で表すなら、だ。

 だが、ここからの数刻の間に、彼はその考えが大きく間違っているということをたっぷりと思い知ることとなる……。

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