彼女は予想外の展開に動揺を隠せませんでした
「蒼くん、いる~? ちょっと確認したい資料があるんだけど……」
蒼が修行を終え、燈と風呂に入っている頃、彼の部屋を訪れたやよいはいきなり襖を開けると共に誰もいない部屋の中へとそんな問いかけを発した。
まだ彼が戻ってきていないことを一目で察した彼女は、ほんの数秒だけ悩む素振りを見せた後に、こくんと頷く。
そして、ずかずかと許可も取らずに蒼の部屋へと侵入してみせた。
「え~っと、蒼くんの書類入れは……確かこの辺にっと」
何故だか判らないがで蒼の部屋の何処に何があるかを理解しているやよいは、勝手見知った様子で彼の書類入れ用の箱を見つけ出してしまった。
お目当ての資料を持ち出すため、その箱をぱかりと開いた彼女は……そこで、見覚えのない本が三冊存在していることに気が付く。
「うん? これは……?」
執務のために用意してある箱の中に入っている、娯楽用品。
仕事とプライベートの切り替えをしっかりしている蒼らしくない振る舞いに目を細めたやよいが、ちょっとした好奇心と共にその本たちを手に取る。
ぱらぱらと、適当に開いた本を捲り、その中身を確認した彼女は、それが春画であることを理解すると共に……非常に楽しそうな笑みを浮かべた。
「ほうほう、蒼くんがこんな本をねえ……!! いや~! あの蒼くんがこんな卑猥な本を読むようになるだなんて、あたしは嬉しいよ~!」
燈が春画を所持していると勘違いした三人娘とは正反対の、理解を示す姿勢を見せるやよい。
あの女性に免疫がまるでない蒼が、ここまでの成長(?)を見せたことに感心しつつ、そこには自分自身の功績もあるはずだと、彼女は自身の行動を勝手に誇らしく思っているようだ。
「遂に蒼くんも女の子に興味とすけべ心を持つようになったか~! でも、すぐ近くにこ~んなに魅力的な女の子がいるのに春画の方を選ぶだなんて、失礼しちゃう!」
既に探しに来た書類のことなど、やよいの頭の中にはない。
三冊の春画を取り出し、書類入れの箱を元の位置に戻した彼女は、そのまま畳の上に寝っ転がるとにゃははと笑いながらその内容を読み漁り始めた。
「はてさて、蒼くんのご趣味はどんなものなのかにゃ~? あたしの好敵手となる相手なんだから、ちゃ~んと視察しておかないとね!!」
まるで学生がコミックスでも読むかのように、男性向けの成人本を読み始めるやよい。
流石は蒼天武士団随一の耳年増にして、性に対する寛容さが広めの女性である。
蒼が春画を所持していることも、やよいとしては彼が男性としてある種の成長を見せているということを喜ばしく思っているようで、それを咎めるつもりはないようだ。
何度も裸を見せたり、お尻をどーんしている自分に手を出さず、こんな紙と絵の方に欲情するというのは若干憤慨してしまうが……まあ、ここからステップアップしていくと思って納得してやろう。
というわけで、蒼の趣味を調べるため(からかいの材料を得るためともいう)に少女の身でありながら楽しそうに春画の頁を捲っていった彼女であったが……その表情が少しずつ強張っていくと共に、ほんのりと頬が紅く染まり始めていた。
「あ、あはは! 蒼くんってば、結構いい趣味してるにゃ~! からかったら面白いことになりそう!」
一冊目の本を読み終えたやよいが、動揺している自分自身を落ち着かせるように普段より明るく大きな声で口ずさむ。
二冊目の本を手に取りながら、ちょっとだけそれを読むのが怖いと思いながら、それでもここで退いたら負けた気分になると思った彼女は、意を決して次の本を読み始めた。
「ん、んんっ……!! へ、へぇ? 蒼くん、割とエグい性癖がある、んだ、ねえ……」
ぺらぺらと頁を捲る度に、やよいの頬に差す赤みが増していく。
心臓の鼓動も早まり、口から発する言葉も噛み噛みになっていて、明らかに彼女の様子は平常とは異なっていた。
「次の本、は……」
そうやって、二冊目の春画を読み終えたやよいは、一周回って冷静になりながら三冊目の本に手を伸ばす。
あくまで平静に見えるのは表面上だけであり、その胸の内ではばくばくと心臓がけたたましく鼓動を鳴り響かせているのだが、彼女自身はそれを理解することもなく、ただ込み上げる熱に任せて蒼(宗正)の春画を読み耽っているだけだ。
「あぅ……は、ふぅ……っ!!」
熱っぽい吐息を漏らし、興奮と動揺が入り混じった妙な感覚に涙を潤ませるやよいの姿は、とても色っぽい。
ごくり、と息を飲み、三冊目の本も読み終えた彼女は、真っ赤になった顔を両手で覆うと何とも言えないうめき声を上げた。
「うう~~~~……っ! ど、どうしよう……!? これ、この内容、って……!!」
並の春画ならば、普通の男女の交わりを題材にした内容の本ならば、ここまで動揺するはずがなかった。
多少はヘタレが入った、耳年増な処女ということもあるが、一応はそういった性知識は栞桜たち他の女子面子に比べれば有している方だと、やよい自身も自負している。
だが、しかし……それが故に、そして今しがた見てしまった春画の内容が故に、彼女は今、こうして激しい動揺を抱いているのだ。
じんじんと赤く火照る頬と激しくなる胸の鼓動を感じたやよいは、自分が喜んでいるのか恐怖しているのかが判らなくなっていた。
そうして、ちらりと横に置いた三冊の本を見やった彼女は、それらの春画の題名を今更ながら確認すると共に、再び顔を真っ赤に染める。
ここで、彼女が読んでしまった本たちの題名を一冊目から順番に記載しておこう。
一冊目……『生意気少女ノ躾方』
二冊目……『臀部開発ニ関スル記述』
そして三冊目……『甘恋物語・良発育低身長少女編』
……なんだか物凄く既視感のある内容というか、それらの本の内容と蒼の毎日を思うと、どう考えても出てくる結論は一つしかない。
顔を真っ赤にしながら、一生懸命に深呼吸をしてから、どうにか多少の落ち着きを取り戻したやよいは、震えるか細い声で、その答えを自ら口にした。
「こ、これ全部……あ、あたしのことじゃん……っ!!」
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