ほんの少しだけやり返して、取り返す


『あぁ~! あの冴えない坊主共がお相手か! あの年頃の男なんてのは女の裸のことで頭が一杯だからな、お前たちと毎晩お楽しみしてるんだろう? うん?』


『……彼らは、そんな人間じゃない。あなたたちと、一緒にしないで』


 遠慮もへったくれもない男たちの言葉に流石に不快感を露わにした涼音がちくりと毒を吐くも、酒と雰囲気に酔っている偽蒼天武士団の面々には通じないようだ。

 下品に笑い、懲りもせずに彼女たちの体をべたべたと触っては、茶化すような言葉を口にし続けている。


『ふふふ、そうよねぇ。揉まれて大きくなったにしては、柔らかさが足りないもの。そういうことしてる女ってのは、感度も揉み心地も良くなっていくものよ』


『ははっ! 違いねえ! 一人だけ発育が遅いのも天然物って証か! ……ってことはなにか? あいつら、こんなに良い女がすぐ近くにいるってのに手を出せない腑抜けってことかよ!? 勿体ないことするぜ。俺ならすぐにでも味見するところなんだけどな! あははははは!』


『そう彼らを嗤ってやるなよ、燈。女とどう接していいのかわからない童貞なんてそんなものさ。そういう男たちっていうのは大事な局面でまごまごし続けて何も成すことは出来ないと相場が決まってる。戦も、女も、何事においても、彼らは尻込みしてばっかりで貴重な機会を失い続け、うだつの上がらない人生を送り続けるのさ』


『ちょっと蒼ちゃん! 大して良くも知らない相手に対して、その言い草はないでしょう? 相手が聞いてたらどう思うか――』


『はははっ! 栞桜は面白いことを言うね? 彼らがどう思うかだって? 何も言い返せずにへこへこするに決まってるだろう? なにせ僕らは天下の蒼天武士団。逆らうなんて愚か者がすることさ。現に、さっきもああしてこの娘たちを僕たちに差し出したじゃないか』


『そうそう! 蒼の言う通りだぜ! 万が一にもあのガキ共が何か言ってきたら、この虎藤燈さまがコテンパンにのしてやるよ! がははははははっ!!』


 豪快に、下品に、笑い声をあげて燈たちを嗤う偽蒼天武士団の面々。

 その話を聞いていた周囲の客たちは、知り合いの女性を奪われ、こうして笑い物にされている少年たちへと憐みの視線を向けているが……実際にこの後、可哀想な目に遭うのはどちらかということを彼らは知る由もない。


 その気になれば今、この瞬間にも栞桜たちの手で制圧されかねない偽蒼天武士団だが、まさか自分たちがこうして会話し、今晩のお相手として狙っている少女たちこそが本物であることなど露にも思っていない彼らは、身の程知らずの言動で栞桜たちを口説いていった。


『よお、取り合えずお前ら、一晩俺たちに付き合えよ。あんなガキ共とじゃあ味わえない、最高の体験をさせてやるぜ』


『迷うことなんてないだろう? 強さ、栄誉、将来性……僕たちは、男として必要なものを全て有している。それこそ、君たちの友人とは天と地ほどの差があるくらいにね』


『いつまでも手を出さない玉無し共に代わって、俺たちがお前らを大人の女にしてやるよ! 楽しい夜を過ごそうぜ!! うひひひひひひっ!!』


 両脇にそれぞれ栞桜と涼音を抱え、大きな山と薄い平面を同時に楽しむ偽燈がだらしなく鼻の下を伸ばしながら言う。

 偽蒼もまた、やよいの肩を掴むと彼女の小さな体を自分の方へと寄せ、顔を近付けながらねっとりとした声で囁いた。


『構わないだろう? あんな男たちより、僕たちを選びなよ……! 君たちが望むなら、相応の金子きんすもくれてやろうじゃないか。あいつらと付き合ってたら一生経験出来ない、夢のような夜を過ごさせてあげるから、ね……?』


 いやらしさを隠せていない笑みを浮かべながら、やよいの唇を奪うべく顔を近付けていく偽蒼。

 自分を見つめ返す彼女の瞳に、可愛らしい顔立ちに、欲望をむくむくと膨れ上がらせた彼が、いっそ舌まで入れてしまおうかという邪な欲望を抱いた時だった。


「ぶっ、ぷっ……!?」


 突然、酒や料理を乗せていた卓が跳ね、近くにあった徳利の中に残っていた酒が顔面へと降り注いでくる。

 不意を打たれた偽蒼は成す術なく飛び跳ねた料理の汁と酒を浴びる羽目になり、横っ面を汚された彼は不機嫌さを丸出しにした表情で、驚く仲間の一人へと声をかけた。


『栞桜……! お前、なんのつもりだ……? 邪魔をするつもりか?』


 こんな真似をするのは、彼女しかいないと……先程から口うるさく自分たちを咎めていた偽栞桜に威圧感を剥き出しにした表情と声を向けて偽蒼が唸る。

 だがしかし、そんな彼からの脅しとも取れる言葉を受けた偽栞桜もまた、他の仲間たち同様に驚いた顔をしており、大きく首を左右に振って否定の意を示してみせた。


『違うわよぉ。あたしは何もしてないわ。急に机が浮いて、びっくりしたのはあたしも同じよぉ!』


『なに……? だったら誰がこんな真似をしたっていうんだ? やよい、お前か!?』


『い、いえ、私はそんなこと、決して……あうっ!?』


 急に怒鳴られた偽やよいが怯えながら否定の言葉を口にするも、苛立ちを紛らわせたいだけの偽蒼にはそんなことは関係ない。

 ばちんと音を立てるくらいに振りかぶった張り手を彼女へと見舞った偽蒼は、それでもまだ怒りが収まらないとばかりに鼻息を荒くしていたのだが――


『あ~あ、なんか興覚めしちゃったな。あの蒼天武士団の団長さんが、女の子に手を上げる人だっただなんて幻滅~って感じ~!』


『同感だ。百鬼斬りの紅龍と呼ばれる男がどれほどの者かと期待してみれば、出てきたのはただの助平男だったとはがっかりだ』


『なっ!? なんだとぉう!? お前ら、俺たちを誰だと思って――』


『天下の蒼天武士団さま、でしょう? 残念だけど、私たちとあなたたちでは釣り合わない。あなたたちが言う、あの程度の男の方が、私たちには見合ってる』


 やよいが、栞桜が、そして涼音が、口々にそう語りながら席を立つ。

 自分たちの酒席から離れ、元々の席に戻ろうとする彼女たちを引き留めようとした偽蒼であったが、そんな彼の行いを分別がある偽者の栞桜が止めた。


『……そうね。あなたたちにお似合いなのは、あっちの彼らの方ね。さっさと戻っちゃいなさい。悪い男に食い物にされる前にね』


『にゃはっ! お姉さん、優しいね~! あたし、気に入っちゃったよ!!』


『あらぁ、そう? あたしもあなたたちのこと、気に入ったわ! 幸せになんなさいよ~!!』


 ひらひらと手を振り、自分に笑顔を向けるやよいを見送った後で、獲物を取り逃した男性陣質の様子をちらり。

 思った通り、不機嫌さが全開になっている表情を浮かべている偽蒼と偽燈は、去っていった少女たちに対して悪態を吐き続けている。


『ふざけやがって……! ケツの青いガキ共が、俺たちを舐めてんじゃねえぞ』


『おい、後であいつらを拉致るぞ。男共を叩きのめして、その目の前であの女どもを犯してやる。俺たちを舐めたことを後悔させてやろうぜ』


『あらあら、可哀想に……! でも、私たちに逆らったん方が悪いんだから、仕方がないわよねぇ?』


 報復として最悪の犯罪計画を立てる男性陣と、それに同調する偽涼音の会話にうんざりとした溜息を吐きながら、偽栞桜は叩かれた偽やよいを気遣い、彼女に濡らした手巾を差し出す。

 赤くなった頬を抑え、目に涙を浮かばせている彼女へと優しい声で語り掛けた偽栞桜は、そっと彼女の頭を撫でながら慰めの言葉をかけてやった。


『大丈夫? あいつら、本当に酷いことするわね。これで頬っぺた冷やしなさい』


『あ、ありがとうございます……』


 ぺちっと自分の頬に渡された手巾をくっつけ、言われた通りに頬を冷やす偽やよい。

 彼女を不憫に思いつつ、残りの仲間たちに馬鹿な真似をさせぬよう酔い潰す方法を考えていた偽栞桜であったが、ふと先程跳ね上がった卓の下を見て、違和感に気が付いた。


『……何かしら、これ……?』


 やや広めの、木製の卓が置いてある畳の一部分が、真っ黒に焦げている。

 綺麗に、本当に一部分だけが黒焦げているそれに触れてみれば、ほんのりと熱さが残っていることが感じ取れた。


(ここで何かが爆発……いいえ、した? この上にある机だけを跳ね飛ばすように威力を調整しつつ、音と熱も最小限に抑えたってこと?)


 畳の焦げから感じられる熱から察するに、ほんの少し前にこの地点で炎が発生したしたことは間違いない。

 問題は、自分たちの誰もがそれに気付けなかったということ。繊細な気力の操作によって引き起こされた噴火は、誰の目にも耳にも留まることなくその目的を達せられたようだ。


 そしてもう一つ、偽栞桜には気になっていることがあった。

 先程吹き飛んだ徳利を手に取り、その中に僅かに残っていた液体を指で掬って舐めた彼女は、その懸念を確信に変えると共に息を飲む。


(やっぱり、これはお酒じゃなくてただの水ね。しかも、キンキンに冷やされた水……! いったい、どうやって?)


 この徳利に入っていたものは燗酒であり、しかも先程飲み干されていたはずだ。

 それがいつの間にやらただの水で満たされており、ひっくり返せば中からは氷の塊が転がり出てくる始末。


 仲間たちは気が付いていないが、何かがおかしい。

 自分たちの想像を超えた何かが、身の回りで起きている。


 その犯人が誰なのかを推理し、周囲を見回した偽栞桜は、先程まで自分がいた燈たちの席の方向を見やると……自嘲気味に、小さな声で呟いた。


『まさか、ね……』


 ピンポイントでこの席の下に炎を起こし、丁度偽蒼に降りかかるような位置にあった徳利の中を水で満たして、彼に迫られていた仲間を救っただなんてことは、あまりにも出来過ぎた話だ。

 そんなことを可能にする程の繊細な気力操作技術を持った子供が、この場に二人もいるはずがない、と……そこまで考えたところで先程目にした青年たちの顔に見覚えがあることに気が付いた偽栞桜が、それを何処で目にしたのかなと記憶の糸を手繰り寄せていると――


「た、大変だぁっ!!」

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