エピローグ ~最凶の武士団~

「あらあら、酷いお姿ですこと……どうやら、相当に大変な目に遭ったみたいですねぇ」


「んっ……!?」


 不意に響いた女性の声に顔を上げ、周囲を見回す大和国聖徒会の一同。

 柔らかい敬語の中にある、自分たちを馬鹿にしたような響きと危険な雰囲気を感じ取った彼らがその声の主を探せば、何処からか姿を現した巫女がこちらへと近付いて来る光景が目に映った。


「な、なんだ、君か……! 驚かせないでくれよ」


「ふ、ふふ……! すみませんねぇ。幽仙さまから仰せつかって、お迎えにあがったですよ」


「お、おぉ……!! 流石は幽仙さんだ。僕たちのことをよく考えてくださってる!」


 大和国聖徒会の再建案、タクトの新たなる武神刀『黒雷』の制作と譲渡、鷺宮領に介入することへの推薦。

 それら全てを提案し、様々な面で力を貸してくれた幽仙の名を聞いた匡史の表情がぱぁっと明るくなる。


 幕府お抱えの刀匠であり、その中でも群を抜いて力量と立場がある幽仙が自分たちの境遇に同情し、苦境から脱する案を出してくれた時は、正に地獄で仏に出会ったかのような気分になった。

 今もこうして作戦に失敗した自分たちを手助けしてくれるところを見るに、まだ彼は匡史のことを見捨ててはいないのだろう。


 幽仙の力を借りることが出来れば、三度目の復活だって夢ではない。

 今度こそ……二度の失敗で得た教訓を胸に、改めて軍団の再編成と指揮を行うことが出来れば、蒼天武士団にも王毅軍にも負けない精強な軍隊を作ることが――


「はいはい。ちょっとそこを退いてくださいね~……」


「えっ……? あ、あの……?」


 ――そんな、捕らぬ狸の皮算用という言葉がぴったりの甘い妄想を繰り広げていた匡史であったが、迎えに来た巫女に体を押されたことで我に返ると、自分を無視してタクトの方へと歩み寄る彼女の背に疑問の声を投げかける。


 大和国聖徒会を率いる長であり、この場において彼女が声をかけるべき相手であるはずの自分を押し退けた巫女の行動を理解出来ないと言わんばかりの眼差しを彼女の背に向ける匡史の前で、ぶつぶつと戯言を繰り返すタクトへと手を伸ばした巫女は、その腰に差さっている『黒雷』を手にすると、そのまま奪い取ってしまった。


「これでよし、と……! これで、幽仙さまの目的も達成出来ましたわね」


「は? 幽仙さまの目的……? なんだ? 君は何をしている? どういうことだ?」


「ん? ふふっ……! もしかして、私があなたたちを迎えに来たものだと勘違いしてます? 私が迎えに来たのはあなたたちではなく、この武神刀ですよ?」


「は、はぁ……?」


 薄く、狂気を滲ませた笑みを浮かべ、そう匡史たちへと告げる巫女。

 その様子に言葉を失う匡史たちへと、彼女は愉快気に語り始める。


「本当に馬鹿な方々ですね。まさか、自分たちが本当に幽仙さまに期待されてると思っちゃってます? ……残念、そんなこと欠片もございませんから。ただ、あなたたちが丁度いい感じに条件を満たしていたので、我々の目的を達するための手駒になっていただいただけですよ」


「僕たちが手駒、だって……? どういう意味だ!?」


「最初から私たちも目的は、鷺宮領を襲っていた妖、煙々羅の力だったということですよ」


 煙々羅、の名前を聞いた匡史たちの表情が、みるみるうちに強張っていく。

 間違いない、彼女も幽仙も鷺宮領で何が起きたのかを知っていたのだと、その言葉を聞いたことで理解した一同の前で、巫女は悠々と語り続けた。


「神の力を得た煙々羅の根底にある感情は、他者への激しい嫉妬……彼と精神を同調させることで、その力の一端を吸収することが出来る機能があなたたちに譲った武神刀には備え付けられているんです。黒岩さん、でしたっけ? この人は幽仙さまの目論見通り、煙々羅と化した黛龍興さんと心を通わせてしまったのでしょう? お陰で濃密な煙と妖気が『黒雷』に溢れてますよ!」


「く、黒岩くんも、僕たちも……利用されていたのか!? お前たちに!? 僕たちは、煙々羅に精神を乗っ取られることを前提として鷺宮領に送り込まれたのか!?」


「はい。だってあなたたち、嫉妬してたでしょう? 自分たちが蹴落としたはずの虎藤燈さんが英雄として名を上げたことや、自分が手柄を立てるはずの戦で全てを掻っ攫ったくお……おっと失礼……蒼さんに嫉妬してましたよね? 龍興さんが精神を乗っ取るのに相応しい、最上の素材だとは思いませんか?」


「な、な、なっ……!?」


 ……利用していたのは、匡史でもタクトでも、大和国聖徒会のメンバーでもなかった。

 彼らが仲間内で互いを利用し合っている傍らで、彼ら全てを自身の目的のために利用している存在がいた。


 これまでの助力も、提言も、何もかも……匡史たちが妖の犠牲となり、その力を持ち帰るための生贄とするために打ち立てた幽仙の策略であり、自分たちが利用されていたことを知った匡史は、唖然とした表情から一気に顔を赤くし、怒りの叫びを上げる。


「ふざ、けるなっ!! こんなことをしてただで済むと思うなよ!? 僕たちは異世界から呼び出された英雄! 仲間も沢山いるし、幕府の助力も好きなだけ受けることが出来る! こんな風に僕たちを利用した報いは、必ず受けさせて――」


「ああ、ああ、そういうのいいですから。ウザいし、ダルいし、ただただメンドいだけなんで……それに、まだ何か勘違いしてません? どうして私がここまで丁寧にあなたたちなんかに目的を話してあげたと思ってるんですか?」


「ぐぴっ……!?」


 憤慨し、激高する匡史とは裏腹に、浮かべていた笑みを引っ込めて冷ややかな眼差しを彼へと向ける巫女。

 無表情のまま、淡々とそう述べた彼女の言葉が一度途切れた瞬間、匡史の真横に立っていた生徒の首が、僅かな呻きと共に吹き飛んだ。


「あ? あぁ……!? うわぁぁぁぁっ!?」


 一瞬、何が起きたのか判らないといった表情を浮かべた匡史であったが、仲間の一人がすぐ傍で殺されたことを理解すると、情けない悲鳴を上げてその場に腰を抜かしてしまう。

 あっという間に怒りの感情を破壊された彼が恐怖に怯える中、呆れた顔をした巫女が何者かへと注意の言葉を口にする。


永人えいとさん、勝手に殺すのは止めてくれませんか? この人たち、一応はまだ利用価値が残ってるんですから」


「ひゃははっ! 悪い悪い! だが、まだ数は十分に残ってるだろ? 多少の間引きくらい、大目に見てくれよ、な?」


「殺すにしても派手なのは止めてくださいよ。この後の工作が面倒になるじゃないですか。少しは屍姫しきさんと亡姫なきさんを見習ってくださいって」


 そう、新たな人物の名を告げた巫女の言葉に匡史が振り向けば、残る仲間たちも大鎌と薙刀を手にした二名の少女たちに倒され、気を失っている様が目に映った。

 先に仲間の首を飛ばした男性を合わせてもたった三名。それだけの人数で自分たちを完全に制圧してしまった謎の集団に怯え竦む匡史に向け、再び狂気を滲ませる薄ら笑いを浮かべた巫女が言う。


「もう、あなたたちが東平京に戻ることはありません。お仲間に会うことも出来ません。ここまで詳しくお話をしたのは、もうあなたたちが誰にもこの話を出来なくなるという確信があってのことなんですよ」


「こ、殺すつもりか? 僕たちを、口封じのために……!!」


「ふふふ、大丈夫です。殺したりなんかしませんよ。延々と、死ぬより辛い目に遭ってもらうだけですから……あなたたち、いい感じに心が淀んで醜くなってますし、妖刀の材料としてはうってつけだと思うんです。不用品も使い方次第では十分に再生出来る。リサイクル、って奴ですね」


「ひ、ひぃ……っ!?」


 脅し文句、などではない。目の前の女は、本気で自分を地獄のような責め苦に遭わせるつもりだ。

 そう、理解させられた匡史は何とかして逃亡を図ろうとするも、即座に当て身を喰らい、意識を手放すこととなった。


 自身の武神刀の能力を使い、異空間への入り口を開いた巫女は、気絶した大和国聖徒会のメンバーをその中に放り込むと、満足気に微笑む。


「これで、よし。この人たちにも竹元さんたちと一緒に頑張ってもらいましょう。心が壊れるまでは、それなりに役に立つでしょうしね」


 強い嫉妬と絶望の感情を持つ匡史たちからは、上質な負の感情が採取出来るはず。

 神の力を得た煙々羅の力を持ち帰ってくれただけでなく、新たな妖刀を作り出すための養分にもなってくれた彼らに巫女が感謝する中、この場にただ一人だけ残されたタクトを見た永人が、彼女へと問いかける。


「おい、あいつはいいのか? 幽仙さまは、全員始末するように言ってただろ?」


「ああ、あの方は心が壊れていらっしゃいますので、得られる負の感情も薄そうですしねぇ……私たちにとっては利用価値もない存在、ってところでしょうか?」


「ふぅん……そんじゃ、っちまうか」


 何か食べていくか、くらいの気軽さで人の命を奪おうとする永人。

 しかして、そんな彼の行動は仲間である屍姫と亡姫によって制止されることとなる。


「駄目やで、永人はん。そんなことしたら瑠璃るりはんの苦労が増えてまうでしょう?」


「大丈夫だって。こんどは地味に殺して、後始末が楽にしとくからよ」


「ただ殺すのも勿体なくない? ウチらには使い道のない奴でも、にとっては違うかもジャン?」


「そうですよ、永人さん。黒岩さんは、あの人の所に送りましょう。そうすれば、少しは役に立つんじゃないですかね?」


「いや、そこは疑問形なのかよ。まあ、俺もあのセンセがやってることはよくわかってねえんだけどな! ぎゃははははっ!!」


 そう、大声で笑った後、タクトへと視線を向けた永人が同情の眼差しを彼へと送る。

 精神に異常をきたしたせいで未だに自分の周囲で何が起きているのか理解出来ていないタクトの肩を叩いた永人は、うんうんと頷くと静かにこう告げた。


「お前も運がねえな。まあ、恨むんなら俺たちじゃなくて、お前らを無理やり呼び出した幕府を恨んでくれよ。……でも、その頃にはもう、俺たち最凶の武士団が幕府をぶっ潰してるかもしれねえけどな! ひゃ~っはっはっはっは!!」


 薄暗い森に、永人の狂気に満ちた笑い声がこだまする。

 膝を抱え、蹲ったままのタクトは虚ろな目をしてその声を聞き続けていた。





 ……数日後、東平京の幕府と学校の面々に、匡史以下大和国聖徒会メンバーの失踪が告げられた。

 再び手痛い失敗を繰り返した彼らは全てに嫌気を感じて世捨て人になって国中を放浪しているとか、帰還の最中に追い剥ぎに殺されてしまったとか、そんな確証のない憶測が流れては、次々と否定され、消えていった。


 全ての真実は、何処か遠い地下の底にある。

 多くの将兵を死なせた報いを受けるように、あるいは、これまで好き勝手に人を貶め、利用してきたツケを支払うように……彼らは今も、地獄のような苦しみを味わい続けているのだ。


 その全てを知っている者は、幽仙と彼に従う最凶の武士団の構成員のみ。

 多くの生贄を糧に、彼らは着々と自分たちの目的を果たす準備を整えていくのであった。


――――――――――


ここまでこの作品を読んでくださり、ありがとうございます。

『和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!』第五章、これにて閉幕です。


武士団として受けた初のお仕事を描きつつ、燈のパワーアップイベントも書く。

大体十章くらいで終わりになるかな~? という予想で書いているこの作品の中間地点として、丁度いい感じのお話が書けたのではないかと個人的には思っております。


武士団結成して、本格的に動き出して、敵の影もちらほらと見受けられるようになってきた。

お話が動いていく雰囲気を出しつつ、出来る限りまとめられるように思案していくのって大変ですね……。

カクヨムコンにラブコメ枠で応募しようと並行して作品の執筆を頑張ろうとしたんですが、どうにもこっちに掛り切りになってしまって困る……(笑)


でもまあ、毎日のように送られてくる応援の♡や感想を読んで、幸せになれているからOKです!


長くお話が続いているぶん、ちょっと目を離すと追うのが大変になっているかもしれませんが……そういう時、一気読みしてくださる方がいたりするとやっぱり嬉しいな~、って思います。

毎日のように読んでくださってる方々にも感謝したいですし、自分がこうしてモチベーションを保てているのはやっぱり皆さんのお陰なんだな~、というのをひしひしと感じております。


今回もまた、一区切りごとのお決まりとして皆さんに感謝を。

そしてこれからもよろしくお願いしますと言いつつ、出来たらまだの方はレビューや感想で作品を読んでどう思ったのかを教えていただけると、今後の作品作りの指針となって、自分が助かります。(あと純粋に嬉しいです)


この小説のフォロワー数も1600の後半となり、2000が見えてきました。

これからも頑張って更新していくので、楽しんでいってください!


明日は登場人物の紹介を投稿し、そこからまた幕間の物語を何個か投稿するといういつものパターンになります。

六章の始まりまで、のんびりまったりとしたお話をお楽しみください!


では、またの機会にお会いしましょう!


烏丸英


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