継承

「……それが俺、ってことか。だから、こいつは俺の意識に語り掛けてきてたんだな」


「そういうことなんだろうね。百合姫さまに干渉してたのは、未だに現世に留まり続けてる鷺宮真白の方。守り神である玄武は、二人の魂を救うため、そしてこの領地を守るために戦い続けてたってことか」


 玄武の記憶を見終えた一同は、元の薄暗く血の臭いがする洞窟の中でそれぞれの感想を言い合う。

 煙々羅の正体が英雄として称えられていた黛龍興であることと、その誕生の経緯を知った燈は、今にも命の灯が消えようとしている玄武へと視線を向け、口を開いた。


「あんたは、自分のしたことに責任を感じたからこの領地を守り続けた……でも、それだけじゃないんだろ? あんたは、娘のように思っていた鷺宮真白が愛したこの土地を守ってやりたかった。そして、黛龍興に罪を重ねさせないために戦い続けたんだ」


「………」


「なんであんたがそこまで鷺宮真白を想うのか、その理由も俺には理解出来た。心の底から、敬意を払わせてもらうぜ」


 燈のその言葉に、玄武の目がほんのわずかに細まった。

 神である自分を前にしても怖気付かず、堂々と真正面から向き合うその姿を面白く思っているのか、あるいはその態度に誰かを重ねているのかもしれない玄武は、懐かしい思い出を振り返るようにして瞳を閉じる。


「……まさか、我が領地を襲った呪いの正体が、黛龍興殿だっただなんて……!? 守り神を怪異として疎み、真の悪を英雄として称えるなど、我々はなんと愚かなことを……!!」


 燈たちと同じく全てを知った雪之丞がその場に崩れ落ちると共に、握り締めた拳を地面へと叩き付けた。

 全ての元凶、煙々羅の正体と目的を知った彼がその真実に衝撃を受ける中、小さく首を左右に振った百合姫が兄へと言う。


「いいえ、お兄さま。龍興さまは真の悪などではありません。そも、この問題には悪として裁かれるべき者など、最初から存在していないのです」


「え……?」


 妹の言葉に驚き、顔を上げる雪之丞。

 同じく、閉じていた瞳を開き、自分をじっと見つめる玄武の前で、百合姫は追憶の果てに学び取ったことを一同に向けて語り始めた。


「確かに龍興さまは並々ならぬ真白さまに対する執念と怨念を持ち、それが原因で妖へと身をやつしてしまいました。しかし、その根底にあったのは真白さまやこの鷺宮領への愛だったはず……その部分に関しては、疑いようはありません」


「……龍興殿は守るために強くあろうとしたのだろう。弱い自分を捨て、強さを欲し、それを領民たちにも与えようとした。犠牲を厭わず、誰もが幸せになれるような土地を作るために、真白殿の夢を叶えるために、ただただ強くなりたかった。そのせいで、かつて有していた優しさを失い、真白殿とのすれ違いが生まれてしまったのだろうな」


「守り神さまが自分の不徳のせいで龍興さまを妖にしてしまったことを悔いているように、真白さまが幼馴染の変貌を止めることが出来なかったことに罪悪感を抱いているように……今、この鷺宮領を襲っている呪いの正体は、そういった人々のすれ違いの中にあるのです。誰もが少しずつ、責任を持っている。ほんの少しだけ歯車が狂ってしまったが故にこのような悲しい出来事が起きてしまった……真の悪など、この問題の中には存在していない。もしもそんなものがあるとすれば、我々鷺宮家の人々を含めた、領民たちでしょう」


 くりゃりと、胸に当てた両手を握り締めながら百合姫が言う。

 瞳から涙を零し、これまで知り得なかった全てを理解した彼女は、己自身の罪を悔いるようにして静かな声で語っていった。


「我々は五百年もの間、無為に時間を費やしてきました。この呪いの正体を探ることも、解く方法を見つけ出そうとすることもせず、守り神である玄武さまを恨み、苦しみ続けている真白さまと龍興さまを英霊として祀り上げることしかしなかった。煙々羅の暴走を招くような最悪の状況を招いたのも、元はといえば私たちが判断を誤ったからです。蒼天武士団の皆さまが十日も経たずに解けたこの謎を、我々は五百年も放置してしまっていた……」


「……出来ることは、山ほどあったのだな。もっと早くに真実を知り、守り神さまを崇めていれば、あるいは正しい形で真白殿と龍興殿の魂を祀ることが出来れば、煙々羅の暴走を招くこともなかった。五百年だ。それだけもの長い時間、我々はこの三名に全ての苦しみを押し付け、真実から目を逸らして生き続けてきた……百合姫の言う通り、ただ傍観者として何もせずにいた我々こそが、この地に呪いを振り撒いていた元凶だったのだろう」


 娘の言葉に頷き、自分たちの罪を深く心に刻んだ玄白が、その場に膝をつく。

 真っ直ぐに玄武を見つめ、彼へと深々と頭を下げて土下座を行いながら、玄白は自分たちを守り続けてくれた神へと、謝罪と感謝の言葉を述べた。


「この鷺宮領を治める者として、あなたに謝らせてください。あなた様と真白殿、そして龍興殿に全ての苦しみを押し付け続けたまま、五百年という月日を無為に過ごしてしまったことを。真にこの地を愛し、守り続けてくださったあなた様を妖として疎み、その半身を殺めてしまったことを……そして、感謝させてください。そんな我々を見捨てず、これまでずっと愛し続けてくださったことを……!!」


 玄白に倣い、菊姫と雪之丞、そして百合姫もまた地に頭を擦り付けんばかりの土下座で謝罪と感謝の意を示す。

 その姿を目にした玄武はゆっくりと頷き、彼らに応えると……視線を、燈へと向けた。


「……あんたが俺を選んだ理由はわかってる。正直、自分が神様の力なんてもんを背負うに値する男だとは思っちゃいねえが……あんたや姫さま、そしてこの鷺宮領に住まう人々を守る方法がそれしかないっていうのなら――」


「………」


 こくりと、玄武が頷く。

 自分が果たすべき責任を燈に背負わせてしまうことを謝罪するような眼差しを向けながらも、真白や龍興を救うための方法はそれしかないと、燈ならば自分自身の力を正しいことに使ってくれると、そう信じる玄武が再び目を閉じると共に、ゆっくりと……その体が崩れ始めた。


「あ、ああ……っ!?」


 自分たちを守り続けてくれた神が、ついにその命を燃え尽きさせようとしている。

 その様子に眼を見開き、顔を覆いたくなる衝動に晒される百合姫であったが、玄武の死を見送ることこそが自分の責任だと思い直し、涙を浮かべる目にただじっと彼の最期を焼き付けていった。


 もう一つの広間に転がる蛇たちの頭もまた、亀の肉体と同様に光の粒となりつつある。

 こころも、やよいも、鷺宮家の人々も、その光景に痛ましさを感じる中、燈もまた瞳を閉じると共に、玄武へと誓う。


「約束する。鷺宮真白も、黛龍興も、必ず救ってみせる。あんたの力は、必ずや正しい方向に振るってみせる。絶対にだ」


 もう、玄武は何も答えなかった。ただ瞳を閉じ、小さく首を振って頷きを見せることもしなかった。

 ただ、彼の最期の表情が無念を残した苦悶ではなく、確かな安堵と安らぎを感じているものであることを見て取った一同の目の前で、御神体である玄武の甲羅の一部が黒い輝きを放ち、宙を舞う。


「……!!」


 大きな輝きを放ったそれは、ふわりと浮かんで数秒の間、その場に漂った後……真っ直ぐに燈の下へと飛翔していった。


 この地を守り続けてきた玄武の最期の贈り物にして、煙々羅となった黛龍興を倒す力を持つ唯一の希望。

 黒い光という、一見すると矛盾しているその存在へと左手を伸ばした燈は、飛来したそれを力強く掴み、そして――


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