離れにて、話し合い
「……悪い、蒼。俺のせいで面倒なことに巻き込んじまって……」
「君は、僕たちに謝らなきゃいけないような後ろめたいことがあるのかい?」
「いや、そういうわけじゃねえけど……」
「なら、胸を張っていればいい。自分に負い目がないのなら、君は堂々としていればいいんだよ」
離れに戻った後、自分のせいで大和国聖徒会と鷺宮家から目を付けられる事態になってしまったことを詫びる燈に向け、蒼は笑顔を浮かべながら気にしていないとの言葉を返した。
燈という男の性格を知り、百合姫が嘘をついていないことを確信している彼は、親友を信じ抜く意思を見せると共に、団長として部下を励ます。
そんな蒼の対応に感謝しつつ、軽く頭を下げた燈であったが、その話し合いを見守っていたやよいが割って入るようにして蒼に声をかけてきた。
「で? 気になってることって何なのさ? ま~たお得意の秘密主義かにゃ~?」
「……ごめん。まだ不確定事項が多過ぎてなんとも言えないんだ」
「ほほ~う? そういう時でもある程度の情報公開はしようねってあたしは常々言ってるつもりだけど、もう忘れちゃったのかな?」
ぴしり、と額に青筋を浮かべて怒りを露わにしたやよいが助走の構えを取る。
そのまま、見慣れた光景が繰り広げられることを確信した燈たちは、蒼から距離を取るようにして衝撃に備えたのだが――
「お尻、ど~……んひゃあっ!?」
――なんと、折檻代わりに繰り出されたやよいのヒップアタックを、蒼が防いでみせたではないか。
自分目掛けて飛んでくる丸いお尻を右手でキャッチし、そのまま勢いを殺しつつ受け流す。
やよいに負担をかけることなく、最小限の動きで彼女のおしおきを防御してみせた蒼に対して誰もが驚きの表情を向ける中、ばつが悪そうな顔をした彼が、やよいの目を見て口を開く。
「……本当にごめん。ただ、今は軽々しく僕の考えを口にすることが出来ないんだ。わかってくれないかい?」
「ふ~ん……そっか。わかった、今はそれで納得してあげる。でも、片方だけお尻を揉まれると大きさが狂っちゃうから、もう片方もしっかり揉んでもらえる?」
「揉んでない! 人聞きの悪いこと言わないで!!」
「え~っ!? 揉んだじゃ~ん! こう、もにゅっ! とか、むにっ! みたいな感じがしたでしょ? ね? ね?」
……結局、折檻を避けても手玉に取られる未来は変わらないのかと、見慣れた光景が再来したことに若干の安堵を感じる燈たち。
団員からの生暖かい視線を受けた蒼は、大きく咳払いをして気を取り直すと、彼らに向けてこれからの指示を出した。
「ここからは基本的に自由行動で構わないけど、女性のみんな、特に椿さんは一人にならないで。大和国聖徒会の連中が夜這いに来る可能性も零じゃないから」
「酒に酔った勢いで……なんて、本当にありそう。私たちも油断せずにいましょう」
「風呂に入ってる間なんて特に危険だな。銀華城の時のようにならぬよう、注意を払った方がいい」
「なら、風呂入ってる間は俺が見張りでもしとくよ。覗きは無理かもしれねえけど、強引に混浴しようとする馬鹿はとっちめられるだろ」
「……いっそ、一緒に入る? そっちの方が効果ありそ――」
「「却下だ! 却下っ!!」」
涼音の提案を全く同じ台詞で斬って捨てる燈と栞桜。
そんなことをしては見張りも糞もないだろうがと、鋭い突っ込みを入れた二人の反応に涼音が小さく笑みを浮かべた。
「冗談よ。とにかく、私たちは固まってた方が良さそう。出来る限り、燈も一緒にいてくれると助かるわね」
「黒岩の奴は暫くは大人しくしてるだろうがな。他の連中がどうしても不安だぜ」
「あの竹元くんに協力してた人たちだからね……もう、常識とかモラルとかが振り切れちゃってるのかも……」
元は仲間ではあったが、今は完全にその頃の面影を失ってしまった元下働き組の面々の様子に不安を抱くこころ。
銀華城での戦の際も一軍の兵士から性の対象として見られた経験を持つ彼女は、その時のことを思い出してぶるりと身を震わせた。
「……風呂もそうだけど、厠の時も気を付けてね。基本は二人一組、全員で揃ってくれてた方がありがたい」
「わかったよ! 蒼くんの方も気を付けてね! あいつら、お礼参りにくるかもしれないからさ!」
「ははは、そうならないことを祈っておいてよ」
快活に笑う蒼には悪いが燈は出来たら大和国聖徒会の連中が彼に喧嘩を吹っかけてくれないかなと内心では期待していた。
きっと、多分、間違いなく……徹底的に打ちのめされ、ボロボロになった命知らずの姿が見れるから、と不謹慎な考えを思い浮かべる中、離れの襖が開き、その向こう側から使用人と思わしき男性が蒼を呼ぶ。
「蒼さま、お待たせいたしました。書庫へとご案内いたします」
「ありがとうございます。……じゃあ、行ってくるね。何かあったら呼びに来てくれ」
「りょ~か~い! 調べもの、頑張ってね! あと、あたしのお尻を揉むのも忘れないでよ!」
「だから誤解されるような発言は止めて! 違いますからね!? そういうんじゃないですからね!!」
使用人の前で危うい発言をするやよいに突っ込みを入れ、その誤解を解くべく必死に弁明しながら去っていく蒼。
彼も大変だなと、もしかしたら素直にお尻ど~んされていた方がマシだったんじゃないかと、そんな風に思いながら、燈は苦笑を浮かべるのであった。
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