すべての鍵は御神体

「どういうことだ? 撤退の状況に疑問があるのか?」


 自分の呟きに反応した栞桜に頷きつつ、燈は感じていた疑問を言葉にして、二人へと話し始める。


「やよいも言ってただろ? 八岐大蛇にとって最大の好機は、鷺宮領の間近での一戦だって。八岐大蛇が本当に百合姫さまを領地の外に出したくないってんなら、境界際の戦いで全力を出して、何としてでも領地内に押し止めようとするはずだ」


「うん、実はあたしもそれは気になってたんだ。あたしたちが領地から離れれば離れるほど、安全地帯である鷺宮領に逃げ込むって選択肢は取れなくなる。それってつまり、百合姫ちゃんを自分の手元に置いておきたい八岐大蛇にとってはよろしくない状況なわけだよね?」


「なるほど。八岐大蛇からしてみれば、私たちや百合姫を怖気付かせて自分のお膝元に呼び戻せる可能性が一番高い領地の境界での戦いに全力を注ぐべきだということだな」


「そうだ。でも、八岐大蛇はそうしなかった。あいつはまだ余力があったはずなのに、途中で撤退しやがったんだ」


 昼間の戦いの終わりは、本当に唐突なものだった。

 八岐大蛇は燈と刃を交えることもなく、ただ神通力で彼の精神に何らかの干渉を与えただけで撤退してみせたのだ。


 わざわざ自身が出張ってきた割には、やったことが地味過ぎる。

 せめて護衛の一人や二人は倒しておくくらいのことはしてもよさそうなものだが、彼はそんなこともしなかった。


 まだまだ、向こうには余力が残っていただろうに……と、まともな戦いもせずに撤退した八岐大蛇の分霊の姿を思い返した燈へと、栞桜が自分の意見を述べる。


「あくまで可能性だが、奴は私たちの想像以上に消耗していたのではないか? あれだけ大量に呼び出した分身を倒されたのは初めての経験だったんだろう。予想以上に私たちが粘るから、焦って強い能力を使える分身を派遣したが、そこにあの御神体の力を受けて撤退したのでは?」


「……結局、そこに行き着くんだよな。鷺宮真白が遺した御神体、あれが何なのかって話によ……」


 栞桜の意見は筋が通っている。というより、この問題における正解としてはそれ以外に考えられないだろう。

 であるならば、やはりこの問題の鍵を握っているのはあの黒い鉱石のような御神体なのだ。


「御神体の正体がわかれば、八岐大蛇に対抗する術が見つかるかもしれない。あの鉱石自体を嫌っているのか、あれに施された何らかの術が効果的なのか……かつて、八岐大蛇を封じ込めた鷺宮真白が遺した品だもん、あれが突破口になるのは間違いないよ」


「だな。問題は、今からそれを調べる余裕がないってこった。せめてもう少し早くに存在を知ってりゃあ、多少の調べがついたかもしれねえのにな……」


「しょうがないよ。百合姫ちゃんも玄白さんも、あれはあくまで御神体、お守り程度のものだと考えてたんだと思うよ。今回、本格的に八岐大蛇の呪いに触れて、あの御神体の力を初めて目の当たりにしたんじゃないかな?」


 言い伝えはあくまで言い伝え。それを受け継いだ者にとっては、気休め程度のお守りだったのだろうとやよいが言う。

 実際、雪之丞の話も伝承や古くからの記録に基づいてのものだったなと思い返した燈は、百合姫たちもあの御神体の力を初めて目の当たりにしたのだろうというその意見に納得し、首を縦に振った。


「まあ、なんにせよだ。私たちの活躍と、御神体の力のお陰で、一番の難所は突破出来たんだろう? ということは、ここからの八岐大蛇の攻撃は徐々に緩くなっていくわけだ。鷺宮領から離れていけば、向こうも諦めて大人しくなるかもしれん」


「その可能性は無きにしも非ずだけどさ、油断はしちゃ駄目だよ? もしかしたら、百合姫ちゃんが自分から離れていくことに逆上して、猛攻を仕掛けてくるかもしれないんだから」


 上手いこと話を纏めようとする栞桜と、そんな彼女の気を引き締めるように忠告するやよいの会話を耳にしながら、燈は大きく息を吐いた。

 今、自分たちが何を考えても、それは憶測の域を出ない。想像で気苦労したり、油断して舞い上がったりして、護衛任務に支障をきたす方が問題だろう。


 今は百合姫の護衛に集中する。八岐大蛇の呪いについては、おいおい考えていけばいい。

 そう結論付け、ごろりと布団の上に寝転がった燈は、会話を続ける女子二名の声を耳にしながら、一日の疲れを癒すためにそっと瞳を閉じるのであった。


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