ぶり返す疑問点


「燈、不調はないか? 何か妙な感じがしたりはしていないか?」


 会議が終わってから数十分後、敷かれた布団に寝転がって休んでいた燈は、自分へと問いかける栞桜の言葉にうんざりとした表情を浮かべると、彼女の方を向き、口を開く。


「栞桜、お前その質問何回目かわかってるか? さっきから何度も平気だって言ってるだろ。心配してくれるのはありがてえけどよ、そんな間近でしつこく質問されちゃあ、気持ちも落ち着かねえって」


「むぅ……! わ、わかってる、わかってはいるんだが……」


 そわそわと落ち着きのない栞桜から、先のものと同じ質問を何度浴びせられただろう?

 ぐっすりと眠る気分にはなれないが、多少は気持ちを落ち着けたい燈からしてみると、彼女の気遣いは少々しつこく思えるところがある。


 まあ、それでも栞桜が珍しく素直に自分のことを気遣ってくれるのだから感謝しようと、そのお節介にも慣れ始めた燈が苦笑を浮かべれば、彼女と共に燈の付き添いをしていたやよいがからからと笑いながら口を開いた。


「いや~、何かもどかしい雰囲気だね! あたしがお邪魔虫だってのはわかってるんだけど、流石に今の燈くんと栞桜ちゃんを二人きりには出来ないからにゃ~!」


「か、からかうな、やよい! それに、別に私と燈が二人きりになったところで、やましい真似をすることなんて断じてないぞ!」


「ん~? あたしは八岐大蛇の神通力の影響が出るかもしれない燈くんを放置出来ない、って意味でそう言ったのであって、燈くんと栞桜ちゃんがやらしいことをするだなんて一言も言ってないんだけどにゃ~?」


「うぐっ……!?」


 盛大に自爆した栞桜は、顔を真っ赤にしてその場に蹲ってしまった。

 親友の言葉を変な意味で受け取ってしまった自分自身に嫌悪感を抱く彼女に対して、やよいが追い打ちのような言葉を口にする。


「まあ、そこまで凹むことはないって! 栞桜ちゃんが素直になれてる証拠だしさ! でも、任務の最中で内ゲバは勘弁ね! 下手をすると、燈くんと栞桜ちゃんを二人きりにしたあたしが、こころちゃんと涼音ちゃんに叩きのめされることになるかもしれないしさ!」


「むぐぐぐぐぐぐぅ……」


 露天風呂の一件を知られているやよいからの忠告に何も言い返せずに唸る栞桜は、この頃の自分のはしたなさというか、大胆さを恥じているようだ。

 しかして、昔の彼女ならば燈への行為を必死になって否定していたはずだと理解しているやよいは、自分の言葉を否定しない親友の様子に本心から嬉しそうな表情を浮かべる。


「にししっ! 燈くんも大変だ~! 三人を泣かせないように、頑張ってよね!!」


「おまっ、人が休もうとしてるところに落ち着かなくなること言うんじゃねえよ……」


 自分に飛んできた流れ弾に被弾し、栞桜同様に顔を赤らめる燈。

 その脳内では、先日の露天風呂の一件で目にしてしまった仲間たちの全裸が思い浮かんでいる。


 三人とも綺麗な肌をしていたな~、とか。こころは着痩せするタイプだったんだな~、とか。涼音は全体的に慎ましやかだが均整の取れたプロポーションだったな~、とか。そんな思春期の男子らしい煩悩に塗れた思考を浮かべていた燈の目が、自分のすぐ近くで俯く栞桜の瞳を捉えた。


「……なんだ、その目は? 何か言いたいことがあるのか?」


「いや、別に……」


 その視線に煩悩というか、色欲のようなものを感じた栞桜が威嚇めいた言葉を口にすれば、燈は少し慌てたようにして即座に視線を彼女から外した。

 しかして、その一瞬のやり取りと視線の交錯の中でもばっちりと彼女の全裸を思い出してしまった燈は、勝手に脳内に浮かんでくるかの日の映像を必死になって振り払おうとするも、意識すると逆に色んなことを思い出してしまうものだ。


 小玉スイカ並みの大きさがある胸がたわわに揺れる様や、それが自分の背中に押し付けられた際の柔らかな感触を思い返した後、突き出された大きめの白桃の形の良さと柔らかそうな震えが燈の思考に熱を帯びさせる。

 あの日以来、必死になって忘れようとしてきたが、どうしてもあの衝撃的な映像と感触が脳裏に刻み込まれてしまっていた燈にとって、一時は自身の理性を融解しかけさせた栞桜の裸体は凶器そのものであった。


「い、いやらしい目で見るな……! 任務中に煩悩に塗れるなど論外だと、やよいも言っていただろう」


「わ、わかってるっつーの! ってか、元はと言えば原因はお前の方だろうが!」


「~~~~っ!? そ、それはそう、だが……でもやっぱり恥ずかしいだろう!? あ、あの時は冷静じゃなかったというか、私も熱に浮かされていたというか……」


「あ~、いい見物だね~! あたしのことは気にせず、そのままどうぞ続けちゃってよ!」


「「やよい!!」」


「にゃはははは! ごめん、ごめん!!」


 何処からか金平糖を取り出し、それをぽりぽりと齧りながら燈と栞桜のやり取りを楽しんでいたやよいへと顔を真っ赤にして叫ぶ二人。

 からかう目的もあるのだろうが、本当にやよいがこのやり取りを楽しむつもりなら、息を潜めてただじっと見守るであろうことを理解している燈は、妙な空気を払拭してくれた彼女に感謝もしていた。


(ろ、碌なことがねえ……!! 女難の相でも出てるのか、俺?)


 年配の桔梗とまだ子供である百合姫を除けば、この世界で出会った女性たちからは何らかの不幸を与えられている気がする。

 栞桜たちのように笑える難なら良いが、花織のような本格的な不幸もちょくちょく味わっている燈は、本格的にこの問題に対するお祓いを検討しようかと考え、ふとあることを思い出した。


「そういえばなんだけどよ……八岐大蛇の干渉を受けた時、女の声が聞こえたんだよな。聞き覚えのない声で俺の名前を呼んでたんだが、あれってなんだったんだ?」


「呼んだ? 八岐大蛇が? 燈くんの名前を呼んだの?」


「お、おう……八岐大蛇かどうかはわからねえけど、頭の中で俺のことを呼ぶ女の声がしたっていうか、なんていうか……」


 女、という部分で思い出したそれを口に出してみれば、先程までからからと笑っていたやよいが異様な食いつきを見せる。

 気恥ずかしい話題を切り替えるくらいの目的であった燈からするとそれはちょっと意外で、もしかしたら気のせいかもしれないと予防線を張りつつも詳しく話をしてみれば、彼女は難しい表情を浮かべてうんうんと唸り始めてしまった。


「それはちょっと妙だね。その声に聞き覚えがないってことは、燈くんの意識の中になかった女性の声ってことでしょう? つまり、燈くんの思い出から引っ張り出した声じゃないってことだから、八岐大蛇が何らかの干渉をしたのは間違いないんだよ。でも、どうして初対面の燈くんの名前を知ってたのかなぁ?」


「そりゃあ、向こうは神様みたいなものなんだろ? だったら、名前を知ることくらい簡単なんじゃねえの?」


「それはそうかもしれないけどさ……思い返してみれば、どうして八岐大蛇は燈くんを狙ったのかな? って思っちゃうんだよね。意識を乗っ取って自分の手駒にするのなら、もっと弱い人を選べばいいじゃない? それなのに、どうしてわざわざ難易度の高い燈くんを狙ったのかな?」


「……確かに、言われてみれば妙な話だが……八岐大蛇には自信があって、私たちの中でも随一の使い手である燈を手駒にすれば、目的を達成し易いと考えたんじゃないのか?」


「う~ん、まあ、それが一番納得のいく考え方だよね……」


 栞桜の意見に頷きつつ、完全に納得はしていない様子のやよい。

 彼女の話を聞いていた燈もまた、ぶり返した疑問を口にしてみせる。


「妙な点っていったらよ、どうして八岐大蛇はあのタイミングで退いたんだ?」


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