襲来する八岐大蛇


「な、なんて数だ……!! これが、噂に聞く八岐大蛇の呪い……!?」


「ぼさっとするな! 百合姫さまを守るんだ!!」


 一瞬の内に姿を現した無数の敵の影に武士たちが戦慄する中、蒼天武士団の面々は各々の武神刀を手に黒い妖へと挑みかかっていく。

 先程と同様、『比叡』を使っての栞桜からの援護射撃を受けながら敵の真っ只中に飛び込んだ涼音が『薫風』を振るい、暴風でいっぺんに十数体の妖を吹き飛ばしたかと思えば、やよいの『青空』が妖たちの頭を砕く。


 じりじりと駕籠との距離を詰める妖たちには燈と蒼が炎と水を纏った斬撃を喰らわせて撃退しているものの、蒼天武士団の一騎当千の活躍にも関わらず、黒い妖は次々と姿を現し、百合姫へと迫っていた。


「吹き飛ばしたそばから増えていく、きりがない……!!」


「愚痴ってる場合か! 口を動かす暇があったら、手を動かせ!!」


 既に最初に出現した妖たちの数くらいは敵を吹き飛ばしたはずなのに、目の前にはまた新たな敵の姿がある。

 吹き飛ばしても吹き飛ばしても数が減らない敵の様子にうんざりとした声を発した涼音に活を入れた栞桜は、接近した妖に対応するために『金剛』を第三の型である『榛名』に変形させ、気力を込めた拳で敵を殴り飛ばしていた。


「敵の数は無尽蔵、なのか……? いや、そうじゃないはずだ。向こうも今、必死な状況なんだ」


 八岐大蛇が領地内に百合姫を留めておきたいのなら、それを阻止出来る最大にして最後のチャンスとでもいえる境界際でのこの戦いに全力を尽くすのは道理。

 向こうもここで全ての力を出し、何としてでも一行の出立を妨害しようとしているのだと考えた蒼が、仲間たちへと奮起を促す。


「諦めるな! 敵の数は多いが、雑魚の群れだ! 消耗を抑え、仲間と協力して確実に仕留めていこう! 斬り捨てるのではなく、気力によって祓う! 仲間の背を守る! これを意識すれば、自ずとこちらが有利になるはずだ!! 誰も死なせないよう、協力し合ってこの苦境を切り抜けよう!!」


「おうっ!!」


 敵が百合姫を領地に引き戻したいというのなら、こちらはそれを逆に利用すればいい。

 つまり、すぐ近くに撤退出来る安全地帯があるという点と、体勢を立て直せるだけの余裕があるという部分だ。


 最悪、敵の洪水に飲まれそうになったら、鷺宮領へと撤退し、策を練り直せばいい。

 人員の増強や陣形の変更など、この戦いで得られた情報も無駄にはならないはずだ。


 長期戦になってもいい。こちらの背中側には、すぐそこに安全地帯があるのだから。

 速攻で決着をつけるのではなく、確実に敵を屠り、粘り強く戦う方針へと戦法を切り替えた蒼へと、燈が叫ぶようにして声をかけた。


「蒼! 百合姫さまの護衛を頼む!! ずっと出ずっぱりの涼音と、前線を支える役目を代わってくる!!」


「わかった! その次は僕が行く! 無理はするなよ、燈!!」


 暴風の連打を繰り返す涼音の消耗を心配した燈の提案を許可し、彼と駕籠の護衛役を交代する蒼。

 頼りになる親友が自分の役目を担ってくれたことを確認した燈は、炎を灯した『紅龍』で数体の妖を斬り捨てながら一気に最前線へと駆ける。


「涼音、交代だ! ちょっと下がって休んどけ!」


「了解。ここは、任せた……」


 まだ余裕はあるが、消耗を抑えて余力を残しながら敵に対処するという蒼の方針を理解している涼音は、燈とスイッチするように風を纏った『薫風』で妖を斬り捨てながら後方へと飛び退いた。

 彼女に代わり、最前線に立った燈は、迫る敵影を一刀の下に斬り捨てながら咆哮を上げる。


「さあ、どっからでもかかって来い!! 呻くだけの連中なんざ、鬼の相手に比べりゃ屁でもねえ!!」


 武器も持たず、力も速さも感じない分身体の妖など、鬼の驚異とは比べ物にならない。

 無双ゲームの雑魚敵よろしく、気力を込めた斬撃で面白いように消し飛んでいく妖へとそう叫びながら、燈は油断なく周囲の状況を確認してもいる。


 突出し過ぎないよう、連携し合えるよう、きちんと立ち位置と戦況を見極めながら動く。

 個ではなく、群で動くことを意識しつつ戦う彼は、随所随所で的確な援護を飛ばす栞桜とやよいに助けられながら、一人で前線を支え続けていった。


「蒼殿! 戦況はどうなっているのですか!?」


「……じりじりとですが、敵の数は減っています。この調子で戦い続ければ、突破は可能です」


 不安気な玄白へと、状況を確認しながら蒼が答える。

 その言葉に嘘はなく、驚異的な殲滅力を誇る燈と涼音が前線を張り続けたことで、相手の予想を上回る速度での敵の粉砕が可能になっていた。


 再生、というより次々と分身こそ出現しているものの、徐々にその速度は遅くなり、呼び出される妖の数よりも倒される数の方が多くなっている。

 このまま戦いを続けられれば敵の殲滅も十分に可能だと、蒼が苦境から脱する光明を見出したその時だった。


「っっ……!?」


 ビリビリと、全身の毛が逆立つ。

 肌に突き刺さるような強い威圧感と気配を感じた蒼が顔を上げた瞬間、上空から黒い炎が燈のいる方向へと降り注ぐ様が見えた。


「グォォォォ……!? オオオオオオオオッ!? マシ、ロォォォォオォッ!!」


「なっ、なんだぁっ!?」


 咄嗟に迫る炎を回避した燈の目の前で、黒い妖たちが黒炎に飲まれる様子が目に映る。

 仲間の技とも思えないこの黒い炎が何であるのか、その正体が判らずに唖然としていた燈であったが……その耳に、怒りに震える蛇の唸りが響いた。


「グルルルルルルルルル……ッ!?」


「ぐっ、おおっ!?」


 再び、炎の襲来。

 燈の周囲を取り囲むように、黒い炎が円状になって降り注ぐ。


 その炎によって仲間たちと分断された燈が次々と巻き起こる予想外の事態に困惑する中、突如として自分たちの頭上を覆い始めた黒雲に目を凝らした彼は、その中から顔を出した巨大な蛇の姿に完全に言葉を失ってしまった。


「ふ、しゅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」


「へ、蛇……! ってことは、あれが――!!」


 人を軽く丸呑み出来そうなくらいの巨大な頭部と口。

 爛々と輝く黄金の眼と、開いた口から覗く鋭い牙。

 そして黒い光を放つ鱗をびっしりと生え揃わせたその姿を目にした燈が、奴こそが百合姫を付け狙う妖、八岐大蛇であることを理解する。


 炎の輪の中で、黒雲から顔を出した八岐大蛇を呆然と見ていた燈が、はっとして『紅龍』を構え直し、戦闘態勢を取った瞬間、八岐大蛇もまた彼の方へと首をもたげ、その金色の双眸を燈へと向けた。


「はっ! 幾ら雑魚を送り込んでも埒が明かないと踏んで、自分が出張ってきやがったか!? 面白れぇ、相手になってやるぜ!!」


 八岐大蛇を挑発し、敵の意識を百合姫から自分に向けようとする燈。

 幸い、仲間ごと自分を焼き払おうとした八岐大蛇の黒炎のお陰で、大量にいた雑魚妖たちは消滅し切っている。


 あとは頭上の八岐大蛇をどうにかすれば、問題なく旅を続けられるはずだと……そう判断した燈が、まだまだ余力の残る自分が一騎打ちの相手を務めるべく強気な発言をしてみせれば、向こうもその言葉に乗るようにして彼へと顔を近づけてきた。


「へっ! 残ってる首を総動員しなくていいのか? 悪いが俺は、半端な気持ちで相手出来るほど弱くねえぞ?」


「ふししししし……っ!!」


 威嚇する唸りのような声を上げ、舌をちろちろと出しながら燈との距離を詰める八岐大蛇。

 いつ、どのタイミングで仕掛けられても対応出来るように、あるいは、敵が隙を見せた瞬間に斬りかかれるように、気力を漲らせ、強く武神刀の柄を強く握り締める燈。


 人と妖が互いに相手を見据え、燃え盛る炎の中で激闘を繰り広げるべく、両者が視線をぶつけ合わせた。

 ……その、瞬間だった。


「ぐっ!? な、んだ……っ!?」


「……!!」


 ギラリと、八岐大蛇の両目が光る。

 その光を目にした燈は突如として激しい頭痛に襲われ、立っているのがやっとの状態に追い込まれてしまった。


 明滅する視界の中に映る八岐大蛇は、燈を見据えたまま動きを見せない。

 すわ、何かの神通力かと激しい頭痛を堪え、懸命に『紅龍』を構えていた燈は、一瞬だけブラックアウトした意識の狭間で、誰かが自分の名を呼ぶ声を聴いた。


『あ、か、り……!』


「ぐぁ……っ!?」


 びきびき、と頭が割れるような痛みが響く。

 耳にした、というよりも頭の中に直接響いたその声の主が女性であることに気付き、さりとてその声に聞き覚えがないことも気付いた燈は、なおも動きを見せないでいる八岐大蛇へと視線を向け、苦し気な声で問いかける。


「何が、目的だ……? お前は、何を……!?」


「しゅるるるるる……」


 八岐大蛇は何も答えない。ただ唸りを上げ、黄金に輝く眼を燈に向けている。

 神通力を使うことで精一杯で身動きが取れないのか、もしくは、ただ燈を弄んでいるだけなのか。

 ただ、無意味にこんなことをしているとは思えない妖の行動に違和感を抱きながら、苦悶の呻きを上げる燈は頭痛に耐え続け、八岐大蛇の眼を睨み続けた。

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