翌日、とある茶屋にて……

「ひ、酷い目に遭った……」


「もう、あの武士団の連中に関わるのはこりごりだわ……」


 翌日、くたくたに疲れ果てた様子の紅頬の面々は、昇陽の街で仕事(失敗はしたが)の疲れを癒すために甘味を貪っていた。


 潜入初日からの不審な行動に目を付けられた上に、催淫効果のある香という物的証拠を押さえられた以上、屋敷の主である桔梗からの退去命令に逆らえるはずもなく、こうして燈と蒼の篭絡という任務を全うすることが出来なかった一行ではあるが、そこまでこの失敗を悔やんでいるわけではないようだ。


「いや~、まさか簡単な事情聴取だけで解放してもらえるだなんて想像もしてなかったな~……」


「拷問の末に飼い殺されるとばっかり思ってたから、ちょっと拍子抜けだよね」


「私ってばてっきり胸の一つや二つは斬り落とされるとばっかり……ああ、思い出したくもないことを思い出しちゃった! 早く忘れなきゃ……!!」


 昨晩の露天風呂で遭遇した恐怖の出来事を思い返してぶるりと体と豊満な乳房を震わせた夕紅は、やけ食いよろしく運ばれてきた団子をがむしゃらに頬張っている。

 涼音の恐ろしさを身に染みる程に理解させられた咲姫もまた、未だに痛むお尻を擦りながら仲間たちへと問いかけた。


「で、これからどうする? 依頼のこと喋っちゃった以上、あのおばさんの所に帰るわけにもいかないし……」


「まあ、ちょうどいい機会だったんじゃねえの? あのばあさんの我がまま放題のせいで財政が傾いてるって話だし、ここらが潮時だろ」


「そうねえ……それじゃあ、別の仕事先を探す? こんな世の中だし、私たちの需要は尽きないでしょ」


「うむ。調略、篭絡、暗殺に諜報活動……くのいちの技術は引く手数多ある。ある意味では、私たちは妖よりも厄介な存在なのだろうな」


 何の気なしにそう答えた章姫の言葉に続いて、紅頬の全員が大きな溜息を吐いた。

 判り切っていることなのだが、自分たちの仕事は後ろ暗くお天道様に顔向け出来るものではないということを、今の一言で強く実感してしまったからだ。

 

 別に章姫が悪いわけではなく、こういう風に次のお得意先やこれまでの仕事を振り返った時には、まず間違いなくこんなどんよりとした気分に全員が包まれている。

 物心ついた時からやっている仕事だし、特に大きな不満があるわけでもないが、まだ人間としての良心を残している彼女たちの心の中に、この殺伐とした仕事から足を洗いたいという気持ちがないわけでもなかった。


「……まあ、くのいちを辞めたところで他にやりたいこととか、やれることがあるわけじゃないんだがな」


「でも、女の武器もいつまで使えるかわからないし、私たちの名前も知れ渡っちゃったせいで逆に仕事がやりにくいところもあるし……」


「本気で別の仕事を探すなら、ここいらが最後の機会じゃないか? 年齢とか、前科とか、その辺も考えるとこれ以上は取り返しがつかねえだろ」


「正直、一生の仕事だとは思わないしね。男ならまだしも、くのいちの仕事って思ってるより賞味期限早いもん」


「他の仕事、ねえ……何か、私たちにやれることとかある?」


 茶屋の軒先で自分たちの将来を話し合うだなんてのは馬鹿げているが、彼女たちのこういった話し合いは常々行われてきた。

 まあ、大概が特に思い付く案もなく、何だかんだで現状維持という形に収まるのが毎回のお決まりであったのだが……今回は少しばかり、神様が遊び心を出したようだ。


「あ、あの~……すいません、ちょっといいですか?」


「はい?」


 不意に、食事中の自分たちに声をかけてきた女性へと視線を向ける一同。

 眼鏡をかけた身綺麗なその女性は、十の瞳に見つめられて一瞬たじろいだようだが、すぐに気を取り直すとひそひそ声でこう話を切り出した。


「さっきからあなたたちの話を聞いていたんですが……あなたたち、くのいちなんですよね? それも結構腕利きの?」


「……まあ、そうね」


 こんな目立つところで自分たちの正体を知られる可能性がある話をするんじゃなかったと思いながらも、女性からの問いかけに答えた章姫に焦る様子はない。

 焦りを見せたらそこに付け込まれるかもしれないし、最悪の場合、こいつを殺せばどうとでもなるから……と、若干物騒なことを考えていた彼女であったが、目の前の女性の表情が少し明るくなった様子を見て眉をひそめた。


「で、その、今のお仕事を辞めたいって気持ちもある……ということで、よろしいでしょうか?」


「……まあ、そっちも否定しないわ。だからといって何をしたいってわけじゃあ――」


「だったら、私の護衛役を務めていただけませんか? 同じ女性で、腕の立つ方を探してたところなんです!」


「……はい?」


「実を言うと、私も長い期間務めていた仕事……というより役職を辞したばかりでして、思うところがあって各地を見て回ろうと思ってるところなんです。ただ、やっぱり女の一人旅は危ないもので、昇陽に来るまでの間に何度か危険な目に遭ってしまいまして……その辺のことは自分でどうにか出来たんですけど、そろそろ一緒に旅する仲間を探した方がいいんじゃないかって思い始めていたところで、あなたたちの話が耳に飛び込んできましてね――」


 ぱあぁっ、と一目で判る程に明るい表情を浮かべた彼女は、かけている眼鏡を光らせると怒涛の猛プッシュで章姫たちに詰め寄る。

 若干怪しくもあるし、この女性が自分たちを雇えるだけの金を持っているかも判らないが……どうしてだか、章姫には彼女の申し出をはっきりと拒む気になれなかった。


「……どう思う?」


 未だに熱中して話し続ける女性から視線を逸らし、仲間たちにそう問いかけてみれば、彼女たちも苦笑を浮かべたり肩をすくめたりしてはいるもののはっきりと拒絶の意志を告げる者はいない。

 その代わり、退屈そうに机に頬杖をついていた咲姫が、小さく笑みを浮かべてこう発言した。


「いいんじゃない? たまには、でもしてみましょうよ。柄じゃないけど、これからは手にした技術を活かして正義のくのいちでもやってみる?」


 ぷはっ、と彼女の冗談めかした一言に噴き出した紅頬の面々は、その下らない話に乗ることを決めたようだ。

 咲姫の言う通り、たまにはこんなことをするのもいいのかもしれないと、この女について行った先で新たな雇い主と出会えるかもしれないと、そんな遊び心と気まぐれに従った章姫は、自分たちに声をかけた女性へと振り返ると、珍しく笑みを浮かべながらこう答えた。


「いいわ、詳しく話を聞きましょう。取り合えずだけど、手付金としてここの勘定を支払ってくれないかしら?」







 ……昇陽の茶屋で出会ったこの眼鏡の女性とくのいち集団・紅頬。

 お互いがある武士団と結構な関わりを持っていたことを知るのは、これからもう少しだけ後の話である。




――――――――――


ここまで自分のラブコメ練習に付き合っていただき、本当にありがとうございました。

取り合えず今回の幕間はここまで。本編ほったらかしでこんなに長く続けてしまって申し訳ありません。


恋模様を進展させたり、エロの限界点を調べるために無茶したり、それなりに伏線めいたものを残したり……と、遊び心を出すことが出来て楽しかったです。


ここで勉強したことを活かして他の作品にも手を出したいな~、とか思いつつも、明日からの『和風ファンタジー~』の第五章投稿を頑張ることが優先ですね。


多分、この後に五章のお話についてを創作ノートの方に投稿すると思うので、良ければ目を通してやってください!


では、また明日お会いしましょう!





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