人間、どれだけ強くても逆らえない存在はいる
「ひえっ……!?」
突然に響いた声に二人が部屋の入り口を見れば、僅かに開いた襖から半身だけを覗かせるこころの姿があった。
どこからどう見てもサイコスリラー系映画の殺人鬼にしか見えない彼女の姿に悲鳴を上げたであったが、乱入者はこころだけに留まらないようだ。
「ええ、本当にいい話だった……」
「盗み聞ぎは趣味が悪いが……不義理を働いただけの価値はあったな」
「うおおおっ!? お前ら、どっから入ってきてんだ!?」
しみじみとした呟きを漏らしながら涼音が天井から、同じく、畳を吹き飛ばしながら地下から栞桜が、それぞれ姿を現す。
これまでの会話を聞かれていたというよりも、完全にストーカーとしか思えない彼女たちの行動に燈が困惑を通り越して恐怖を感じる中、部屋の中に侵入した涼音がおもむろに股間を確認してきたではないか。
「……よし。反応してないことを確認」
「ああ、よかった! あり得ないとは思ってたけど、もしも燈くんが反応してたら大変なことになってたよ!」
「……お前ら、俺の股間触ることに抵抗なくなってないか? 人前で急にそういうことされる俺の身にもなってくれよ……」
「そ、それはすまん……だが、私たちにとっても大事なことだというのを理解してほしい!」
やや顔を赤らめながら燈に力強く言い切る栞桜の様子に、彼女も順当に二人の影響を受けているなと溜息を吐く燈。
そうして、若干の諦めを感じ始めた彼は、ふと気になったことを三人に尋ねてみた。
「あの、ちなみになんだけどよ……俺がもし反応してたら、お前らどうするつもりだったんだ?」
「そうね。明言は避けるわ。でも……こう、かしら?」
「ひえっ……!」
蟹の鋏のように人差し指と中指を立てた涼音が、ちょきんとそれを閉ざす。
何かを断ち切ったその動きに対して、こころも栞桜も顔色一つ変えずに頷いて見せる様にごくりと息を飲んだ燈は、おちおち女に興奮していられない現状に背筋を凍らせた。
「ふふっ、安心して。燈くんがしっかり私たちと向き合ってくれようとしてることはわかったし、その人に自分から手出ししようとしたわけじゃないってことも知ってるから、全然怒ってないよ」
「ただ、寝床にまで侵入してきた相手をみすみす見逃すのはいただけない、ってだけ……」
「それが邪な狙いを持って、裸で仲間を待ち受ける女なら猶更な」
「え? え? あれ……っ!?」
「な、なあ……お前らも、何か感動した風だったじゃん? その、そいつのことを許すまでとはいかないけど、お手柔らかにというか、何というか……無理?」
突然の展開の連発に困惑する咲姫の両腕を栞桜と涼音が、彼女の脱ぎ捨ててある服をこころが、それぞれ確保しつつ燈の部屋から出ていこうとする。
この先に待ち受ける彼女の不幸を予想した燈は、何とかして咲姫の処分を軽くしてやれないかと宥める言葉を口にするが……
「燈くん、確かに私たちも燈くんの決心というか、本音を聞けたことは良かったと思ってるし、切っ掛けを作ってくれたこの人にも感謝してる。でもね……それはそれ、これはこれ、だから……」
「あ、はい……」
……最早、自分の言葉など何の意味も為さないということを悟った燈が、静かに頷く。
諦めの感情と共に頷いた彼の姿にいい笑顔を返したこころは、咲姫を連れて先に部屋を出ていった二人の後を追って自分もまた燈の私室を後にした。
「ね、ねえ、ちょっと待って! せめて引き摺るのは止めてって! お尻が摩擦で燃えるから! 滅茶苦茶痛いからっ! ねえ、ちょっと聞いてるのっ!? あちちちちっ!?」
「……すまねえ。どうやら、あんたを救うには俺の力はまだ足りないらしい。本当にすまねえ……」
膨大な量の気力と、凄腕の師匠に鍛えられた実力があったとしても、世の中には抗えない強大な力というものが存在する。
非力な自分自身の弱さに拳を震わせ、同時に大事な大事な武神刀をちょん切られなくて済んで本当によかったと安堵しながら、どんどん遠ざかっていく咲姫の声を耳にする燈は、ぼそりと小さく呟いた。
「……やっぱ、女って怖ぇ……!!」
あの三人に囲まれて生活していたら、どんどん女性に対する恐怖心が強まってしまうのではないか? という疑念と、割と冗談にならなそうな本気度合いに俯いた燈は、取り合えずその恐ろしい未来を頭の中から振り払うと、こころたちに酷い目に遭わされるであろう咲姫へと心の中で合掌を贈るのであった。
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