割と不器用で、この世界では異質な男


「それって、もしかして……」


「ああ、何となくわかるだろ? あんたたちに色々ちょっかいかけてたあの三人だよ。今、こうしてあんたの裸見てもそこそこ落ち着いていられるのもあいつらのお陰っつーか、せいっつーか……」


 はあぁ、と大きく溜息を吐く燈。

 そんな彼の言葉と行動に目を点にした咲姫は、大和国の男としてはあり得ないであろうその態度に大いに驚いていた。


(あいつら、まだお手付きになってなかったの!? っていうか、どうしてこいつは頭を下げてるのよ?)


 日本の江戸時代に近しい風習が残っている大和国では、立場のある男性が複数の女性を娶ることもおかしなことではない。

 つまりは、ある程度の地位を手に入れた男が寄って来る女をつまみ食いすることはごく自然なことで、逆にそういった欲が利用出来るからこそ咲姫たちのように男を篭絡させる手段を用いることが出来るのだ。


 要するに、大和国では男性の立場の方が女性と比べて強い。

 跡継ぎになれないという理由で女である栞桜ややよいが捨てられたことから考えても、男性が優位な世界なのは間違いないだろう。


 そういった世界の中で、時の人として多くの大名や貴族からお抱えの武士になることを望まれる燈が多少調子に乗ったとしてもなにもおかしなことではない。

 咲姫の知る限り、似たような立場になった男たちならば、寄る女がいれば手を出すし、醜女しこめや自分の趣味に合わない女を相手にする時には一喝でもして追い払うのが常だ。


 それなのに、燈はあれだけ趣の違う三人の美少女の誰にも手を出さない上に、自分に詰め寄る咲姫の誘いを土下座して断るという低姿勢な反応を見せている。

 自分の常識では考えられない彼の姿にぽかんとする咲姫は、顔を上げた彼と目を合わせるとただただその話を聞き続けた。


「正直なところよ、俺は自分の何処に惚れられるだけの魅力があるのかわかんねえんだわ。柄は悪いわ、人付き合いや話が上手いわけでもねえわ、頭も良くねえわで褒めるところが見当たらねえ。唯一の取り柄は気力の量とそれからくる腕っぷしの強さなんだろうが……それの何処が凄いのか、本人にはわかってねえんだよな」


「け、謙遜なんて必要ありませんわ! 男にとって、武士にとって、強さこそが誇るべきもの! 燈さまはそれを持っていらっしゃるのだから、胸を張って――」

 

「いや、そこなんだよ。俺自身はその強さって奴にそこまでの価値があるとは思ってねえっつーか……大事なのは、その強さで何をするかってことを師匠から叩き込まれたからなあ……」


 ぼそり、とそう呟いた燈は、なにがなんだか判らないといった様子の咲姫へと視線を向けると、首を捻りながら語り出す。


「ちょっと前にな、自分は強い! って調子乗っちまった奴に殺されかけたことがあってよ……他にも、自分は強いから欲しいものは全部手に入れて良いだとか、誰かを傷つけても構わないだとか、賢いから人の上に立って当然だ、なんて考えてる奴らに出会ってきて、思ったんだ。力を持ってる奴は凄いのかもしれないけど、そいつらが何もかも正しいって風になるのはおかしいってな」


「……それがこの世の摂理です。強い者が弱い者を平らげることこそ、世の常でしょう」


「かもな。でも、そうやって強い奴に誰もがへーこらしてるから、そんな理不尽な世界が変わんねえんじゃねえのか? 生まれつきの気力の量で強いか弱いかが決まるだなんておかしいだろ。それに……強い奴の中に、弱い奴らを守りたいって考える奴がいてもおかしくねえはずだ。ただ力があるだけじゃなくって、本当に強いってのはそういう心の根っこの部分で決まるんじゃねえのかなって、俺は思うぜ」


「………」


 どうして、彼に抱かれに来たはずが、こんな問答のようなことをしているのか?

 この状況に苛立ちと困惑を禁じ得ない咲姫であったが、燈の話は興味深いものだと彼女は思った。


 異世界の人間であることが関係しているのだろうが、大和国の人間とは根底から違うその考え方に興味を寄せられた彼女は、黙って燈の話に耳を傾け続ける。


「……あの三人はよ、強さとか力じゃない俺の良い部分を見つけて、好きになってくれたと思うんだ。それが何なのかは俺にはわからねえし、この考えが俺の自惚れだってこともあり得る。でも、一生懸命に俺にその気持ちを伝えてくれたあいつらに、中途半端な覚悟で手を出すのは男としてやっちゃいけねえことだと思うんだ。ちゃんと俺もあいつらのことを見て、好きになって、そうやってしっかりと気持ちを固めてから、答えを出す……それまでは、他の女に見向きしないって、そう決めてるんだよ」


「……だから、私にも手を出すことは出来ないと?」


「そういうこった。……逆らえない命令とか、家での立場とか、あんたにも色んな事情があるんだろうさ。でも、それは俺も同じだ。その、えっと……悪いが、俺とそういう関係になるってのは、無理だと思って諦めてくれ」


 再び、謝罪をしながら拒絶の意志をはっきりと告げた燈のことを、咲姫は不思議な気持ちで見つめていた。

 この言動だとか、香の力がまるで通じていないだとか、女性に対する考え方だとか……そういった色んな部分で自分の想像を超えてくる燈の姿を見ていると、なんだか笑えてきてしまう。


 死ぬほど不器用で嘘が吐けなさそうなこの青年は、どうやら自分たちの手に負える男ではなさそうだ。

 抱かれてもいないし、勝負をしていたわけでもないのだが……と、そう思わせてしまう何かがある。


「あの、あれだ! もしも家族からなんか言われるってんなら、俺が直接あんたんに出向くぜ!? 俺がはっきりきっぱり断るから、矢面に立つのが嫌だっていうんならそうして――」


「……いいえ、もう良いわ。なんかもう、あんたとこうしてるのが馬鹿らしくなってきたから」


 被っていた心の仮面を剥いで、本当の自分を曝け出した咲姫は、溢れる愉快さに瞳から涙を零しながら笑った。

 依頼主や仲間たちには悪いが、どうにもこの男には勝てる気がしない。ここは素直に撤退するのが吉だろうと、そう彼女が諦めと共にこの場から去ろうとすると――


「いい話だったね、燈くん。本当に感動的だよ……でも、このままその子を逃がすのは容認出来ないなあ……!!」

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