美味しい話には大概の場合裏がある


「くっ……! まさか、我ら紅頬がこうも容易く半壊するとは……!!」


「蒼天武士団、聞きしに勝る恐ろしい奴ら……!!」


 厠と離れを往ったり来たりし続けている清香に未だに目を回したまま意識を取り戻さない飛鳥、そして露天風呂から戻ったかと思えばずっと何かに怯えて部屋の隅で蹲っている夕紅と、三人の仲間たちが使い物にならなくなっている様を見た章姫と咲姫が緊張感に声を震わせて言う。


 桔梗の屋敷に潜入してからまだ間もないというのに、既に過半数の仲間が戦線を離脱する羽目になっている現状を流石に危機感を覚えている二人は、普段の敵愾心を捨てて任務遂行に全力を尽くすことにしたようだ。


「……悔しいが、私一人でどうにか出来る状況ではない。ここは協力し、任務に当たるとしよう」


「同感ね。で、どうするの? 言っとくけど、このまま何もせずに撤退なんて選択肢はあり得ないわよ?」


「当たり前だ。最早、こうなれば取るべき手段は一つ……寝所への侵入しかあるまい」


 最終手段にして、一気に王手をかけるその策を肯定するように咲姫が頷く。

 唯一生き残った仲間の同意を得た章姫は、声を静めて彼女と打ち合わせを開始した。


「咲姫、お前は少なからず虎藤燈と関わりを持てたはずだ。私は蒼を担当するから、お前は奴を頼む」


「わかったわ。問題は、あの女たちの邪魔が入らないかどうかね」


「そこは一か八かになるだろう。だが、虎藤燈が奴らの内の一人でも伽の相手として呼び寄せていれば……そのまま、混ざることも不可能ではないはずだ。そうすれば後は――」


「私の技術でどうにか出来る、ってことね? いいわ、やってやろうじゃない! あんたもしくじるんじゃないわよ!」


 こくり、と今度は咲姫の言葉に頷きを見せた章姫が信頼を寄せた眼差しを好敵手に向ける。

 普段はいがみ合う二人だが、こうして協力すれば困難な任務も達成出来る良き相棒になることを理解している二人は、お互いを信じてそれぞれの行動を開始していった。


「……じゃあ、行ってくるわ。あなたたちは少しでも体を休めておいて」


「う、うん……二人とも、気を付けてね……はうっ!?」


 未だに収まらない腹痛に顔を歪め、ぶるぶると体を震わせている清香が二人を見送る。

 足音を殺す二人の姿が闇夜に溶ける様を確認した彼女が、少しでも腹の痛みを堪えようと布団の上で蹲った時だった。


「おう、行ったか。これからが正念場だな」


「えっ……!?」


 馴染みのない男性の顔に驚いて顔を上げれば、そこにはいつの間にかこの離れに侵入していた宗正の姿があるではないか。

 これまでずっと自分たちにでれでれとした甘い顔を向けてきた彼は、今はその好々爺としての仮面を脱ぎ捨てた大人の男としての表情を浮かべている。


「な、何をしにいらっしゃったのでしょう? 夜這いなら、見ての通りに出来る状況では――」


「今更気取らんでもいいぜ、嬢ちゃんよ。お前らの正体はとっくに見破ってんだ。わしの弟子二人を狙ったくのいち……だろう?」


「くっ……!?」


 もう誤魔化すことは出来ないと踏んだ清香が懐から苦無を取り出そうとするも、宗正はそれを老人に似つかわしくない俊敏な動きで制止した。

 目にも止まらぬ動きで腕を掴まれ、愕然とする彼女に向け、宗正は歯を見せて笑いながら言う。


「止めときな。その程度の動きじゃあわしには適わんよ。それに、気張ると腹の痛みが酷くなるんじゃないか? うん?」


「ぐぅぅぅぅ……っ!?」


 宗正の言う通りで、急な力みを行ったことで清香の腹はぐぎゅるるるるという下品な音を発すると共に痛みをぶり返らせてしまったようだ。

 脂汗を掻き、苦悶の表情を浮かべながら……彼女は、震える声で宗正へと尋ねる。


「どうして……私たちの正体を見破っておいて、わざわざ懐に誘き寄せるような真似をした? お前の目的は、いったい……?」


「なぁに、ちょっくらお前さんたちを弟子の教育に利用させてもらおうと思ってな」


「なん、だと……? はうっっ!?」


 体を突き抜けるような痛みに悶えた清香は、宗正と話している余裕はないとばかりに厠へと駆け込んでしまった。


 その様を声を出して笑った宗正は、自分の話を聞く者がいなくなった離れの中で一人呟く。


「……あいつらが武士団として活動していけば、この程度の美人局じみた罠は幾らでも仕掛けられるだろうさ。これまでずっと童貞を貫き通し、幾度となくそれを捨てる機会を捨て去ってきたあいつらが女の誘惑に耐えられるか否か……それを、師としては確認せねばならん。今晩、蒼と燈は童貞を守り切ることが出来るのか? ……わしの期待を裏切るなよ、馬鹿弟子たちよ」

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