戦が動き出す

 こっ、こっ、こっ、こっ、という鳴き声と、ばさばさと慌ただしく響く羽ばたきの音。

 柵の中一杯に集められた鶏たちと、それにエサを与える若い男女の姿を木製の柱に背を預けながら見ていた燈は、すぐ近くで戦が起きていながらも平常運転で生活している民衆の逞しさに感嘆する。


 そこから、視線を背後の方へと向ければ、村の代表者である小柄な老人と話し合う蒼の声が聞こえてきた。


「では、本日はこれで失礼いたします。何か気掛かりなことや困ったことがありましたら、遠慮せずに相談してください。全力で、お力にならせていただきます」


「これはこれはご丁寧に……お侍さまの好意に感謝いたします」


 深く、お互いに頭を下げ合う姿を見せあってから、話し合いは終わった。

 村長の家を出た蒼は、燈をはじめとしたこの村を共に訪れた面々を集め、今日すべきことは終わったとばかりに村を後にする。


「これで全部か。挨拶回りってのも楽じゃねえな」


「ははは、かもね。でも、実際に自分の目と耳で周囲の村の様子やそこに住まう人々の姿を確認することでわかってくることもある。顔を合わせないと、人との信頼関係も築けないしね」


 懐から取り出した地図を開き、現在位置とこれまで訪ねた村の位置を確認した蒼は、小さく頷きながら燈へとそう答えた。

 三軍の武士たちもまた、仲間たちと談笑しながらの行進ではあるものの、周囲への警戒や地形の確認を怠ってはいないようだ。


 こうして実際に見て、歩くことで判ることもある。

 陣地で部下に命令を出し、椅子に座ってふんぞり返っているだけでは知れないことを知るために、蒼は自らこういった地味な役目を引き受けているのだろうなと思いながら、燈は高くそびえる銀華城と、その真逆の位置に在る巨大な橋を見ながら言った。


「西から来る者の盾であり、南に攻め入る者たちの剣でもある……やっぱ重要機関なだけあって、それなりに周囲も賑わってんだな」


「まあね。ここから東に行けば西の都である昇陽があり、南方向には大和国の南地区への玄関口である琉歌橋りゅうかきょうがある。どちらの方角に進んでも大事な器官がある以上、銀華城には人の出入りが多くなるわけだし、周囲にもそれなりの数の村が作られることになるさ」


 蒼の話を聞きながら、軽くその琉歌橋の周囲の様子を確認する燈。

 そこそこに広く、そして丈夫そうな橋の下には流れの早い大きな川が横たわっており、向こう岸が遠くに見えるくらいの長い琉歌橋は正に南への玄関口という言葉がぴったりの橋だ。


 こいつは自分たちの世界でいう、大鳴門橋のようなものかと考えながら、再び視線を蒼に向けた燈は、地図を手に何かを考える彼の様子をじっと窺う。


 銀華城周囲に点在する村の中から、特に近い位置にある村を巡ってその代表者との話し合いを行っている蒼は、戦で無辜の民が被害を受けることを心配しているのだろう。

 城の落城から今日に至るまで、彼らは不安な日々を送っているはずだ。

 それでも、村を捨ててどこかに落ち延びることも出来ないでいる民たちを真っ先に心配する彼の優しさに、燈が小さく笑みを浮かべた時だった。


「軍団長殿~! 動きが! 動きがありました~っ!!」


 そう、遠くから叫び声を上げながらこちらへ駆けて来るのは、三軍陣地に残した伝令役の男だった。

 その声を耳にした蒼は即座に地図を畳んで懐へと仕舞うと、自分の前に膝をつく彼へと鋭い眼差しを向けながら詳しい話を尋ねる。


「本隊が戦を仕掛けるのか? 鬼たちの様子は?」


「籠城する構えはなく、城から打って出て迎撃する模様! 急ぎ、こちらの陣にお戻りください! もしかすると、我々にも出番が回ってくるかもしれません!」


「お頭、行こう! 本隊と鬼の実力を見定めるいい機会じゃねえか!」


「だな! 偉そうにしてやがる総大将の実力ってもんがどの程度か、お手並み拝見といこうじゃねえの!」


「……みんなの言う通りだ。ここは陣地に戻って、双方の戦の様子を観察させてもらおう。いざという時に動けるよう、準備を怠らないでくれ」


「了解!!」


 蒼の言葉を合図にして、三軍の部隊が早足で駆け始める。

 割と本格的に、蒼を中心として纏まり始めている自軍の様子に満足しながら、同時に彼と同じく軍を率いる立場である匡史は如何ほどの精強な軍を作り上げているのかを確認してやろうと、少しだけ意地の悪い思いを胸に、燈もまた誰よりも早く自陣に向けて走っていった。

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