総大将からの招集


「ようやく見つけましたよ。あなたが昨晩、第三軍の指揮を執っていた武士ですね?」


「は……?」


 背後からぞろぞろと気配が近付いてきたかと思えば、数名の兵士を供として引き連れている巫女がかけている眼鏡の縁を指で押し上げながら蒼へと話しかけてきたではないか。

 やや神経質なその巫女の風貌と、機嫌の悪さが感じられる声色に一瞬だけ体を硬直させた蒼に対して、その巫女は手にした資料を確認しながら一気に話を捲し立ててくる。


「名前は……蒼。立ち上げたばかりの無名の武士団の仮団長? 何もかもがはっきりしていませんね。せめて名前か役職か、そのどちらかくらいはきっちりと決めておきなさい!」


「ああ、はぁ……申し訳、ありません……」


「何ですかその気の抜けた返事は!? それでも幕府の名を背負って戦う兵の一人……んんっ! いえ、今はそんなことを話している暇はありませんでした。あなたがだらしないからこういうことになるのです。反省してください」

 

「えぇ……?」


 様々な不具合に対しての苛立ちを蒼へとぶつけた巫女であったが、話の本題はそんなことではなかったと思い返し、咳払いと共に彼を詰る言葉を一度区切った。

 その際、最後までチクリと嫌味を口にすることを忘れないことから、彼女がどれほどまでに神経質であるかは想像がつくだろう。


「私の名は栖雲すぐも。この軍の総大将を務める聖川匡史さまの側近を務める巫女です。聖川さまは、あなたに興味を持ったご様子……話がしたいから、本陣に連れて来いと仰せになりました。総大将の命令です。蒼、すぐに私と共に聖川さまの下に馳せ参じなさい」


「は……? 総大将殿が、僕を呼んでいる……ですって?」


「そう言っているでしょう。戦中は一秒の時間も惜しい。そうして惚けている暇があるのなら、さっさとこちらに来るのです」


 突如として自分を呼び寄せようとしている匡史の行動に困惑を隠せない蒼は、栖雲からの要請にすぐに応じることは出来なかった。

 一応、総大将の遣いとして彼の下を訪れている栖雲は、自分の言うことに従わない蒼へと苛立ちの籠った視線を向けるも、それを遮るようにして彼女の前に立った燈が声をかけてきたことで、会話の相手を変更する。


「待てよ。その話し合い、俺も連れてけ。こいつとは同じ武士団の仲間だし、聖川の奴とも顔見知りだ。間を取り持つ役目にはうってつけだろう?」


「あなたは……聖川さまに無礼な口を利いた身の程知らず!! あなたのような下賤の者をどうして聖川さまの下に案内せねばならぬのですか!?」


「なんだと? こっちはお前のお仲間に死ぬほど厄介な爆弾落とされたんだ。巫女って名前を聞くだけでブチギレそうになってるのに、てめえ本人も腹が立つ高飛車女だっつーんなら、こっちも容赦しねえぞ、おい!?」


「きゃあっ!? ぶ、無礼者! 私は幕府と八百万の神々に仕える神聖なる役目を持った巫女ですよ!? そ、それを相手にそんな無礼な口を利いて、あまつさえ脅しを口にするとは……! や、やはり、あなたは聖川さまが言う通りの粗暴な男ですね!」


「だーっ! てめぇもあの野郎から俺の悪印象を刷り込まれ済みか!? あの野郎、あることないこと言いふらしてやがったら、ただじゃおかねえぞ!?」


「ま、まあまあ、落ち着いてよ、燈……栖雲さま、と言いましたね? 総大将聖川殿からの招集命令、しかと承りました。すぐに馳せ参じようと思いますが……その場に、彼の同席を許していただけますか?」


「むぅ……!!」


 計算しての行動かは判らないが、栖雲のヘイトを一身に浴びてくれた燈に感謝した蒼は、匡史との話し合いに臨むにあたって燈の同席を条件として提示する。

 粗暴で無礼な燈を仕えている匡史と面会させることに一瞬だけ躊躇した栖雲であったが、ここで無駄に時間を食うことが一番の損失であると判断したのか、どこか憮然とした表情のまま、鼻から大きく息を吐き出すと蒼へと承諾の意を示してみせた。


「ここで議論する時間が勿体ない。何でもいいから、早く聖川さまの下へ馳せ参じなさい。いいですね!?」


「はっ! かしこまりました!」


 総大将からの使者に対する礼を尽くす蒼と、威嚇の感情を剥き出しにする燈。

 真逆の反応を見せる両者の姿に、どうして匡史はこんな男たちと話をしようとしているのだろうか? という疑問を抱きながらも、堅苦しいまでに真面目な彼女は、主からの命を粛々と遂行すべく二人を本陣へと連れて行くのであった。

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