なるべき人は、一人しかいない
「団長、団長かぁ……! 言われてみればそっちの方が大事だわな、うん」
「集団を形成する以上、責任者を選定するのは当然のこと。武士団としての体制を整えるのなら、団長の存在は必要不可欠」
やよいの提案に対して、仲間たちが同意の意見を口にする。
考えてみれば、名前と同様にこちらもすぐに決めるべき事項であった。
ただ、これまで横並びでやって来た自分たちの中から長を決めるという概念自体が頭の中から消え去っていたために、こうしてやよいに気付かされるまで団長を決めるという考えに至らなかったのである。
「団長を決めれば、その人の名前を武士団の名前に据えればいいでしょう? 世の中の武士団っていうのは、大半がそうして決めてるものなんだからさ」
「あ~、なるほどな……武田の騎馬隊とか、上杉の軍勢とか、そんな風に呼ばれるモンだもんなあ……」
再び、同意。
責任者を決め、その人物の名前を集団の名称として据えるというのは世界共通の文化であり、大和国でもその考えは変わらないようだ。
今後の武士団の活動を考えても、責任者を決めておかないと不都合なこともあるだろうし、そこから話し合いを始めるというのは至極尤もな話だと燈は思ったが、やよいの意見に対して意外な人物が反対の意思を表示する。
「団長って、本当に必要かな? 僕たちはそれぞれの違いを受け入れて、対等な関係を築いてきた。今更そこに上下の格差を作ることに、僕は賛成出来ないよ」
そう、団長という役職を設定することを反対したのは、大概のことにおいて否定意見を口にしない蒼だ。
珍しくはっきりとした反対の意見を口にした彼は難しい顔をしながらやよいと真っ向から視線をぶつけるも、燈も含めた他の仲間たちは、全員が彼女の意見に賛成しているようだった。
「いや、団長は必要だろ? 体裁を整えるっていうんなら、真っ先に決めるべきは代表者なんじゃねえの?」
「こういうの、なあなあにするのが一番よくない。決めるべきことは、しっかり決めるべき」
「確かに私たちの中で格差を生むことを危惧するお前の気持ちはわからなくもないが、団長を決めたところで平等な関係が崩れるわけでもあるまい。あくまでその人物は武士団の代表であるというだけで、そいつ一人に全ての決定権を握らせるわけではないのだからな」
「私も、お節介かもしれませんけど、団長さんは決めるべきだと思います。裏方の経理とか、真っ先に報告すべき人が決まってると助かりますし……」
それぞれの意見は筋が通っているし、何もおかしいことは言っていない。
あらゆる面から見ても、武士団の代表となる団長は決めるべきだ。
自分一人のみが団長を選定することを疑問視していることを悟った蒼は、暫し考え込んだ後……深く、溜息を吐いてから渋々といった様子で仲間たちに同調する。
「……わかった。反対意見は僕だけみたいだし、みんながそう思うならその意見は尊重すべきだ。決めようか、団長」
口では団長を決めることに同意しているが、蒼は未だにその決定に納得していないようだ。
柔和で人当たりの良い蒼がここまで頑固に粘るなんて、珍しいこともあるもんだなと思う燈であったが、まずは最優先の議題である団長を決めるべく、意識をそちらへと切り替えていく。
「じゃあ、まずは立候補者を募ろう。我こそはと思う人、挙手をお願いします」
「はいっ!! やる! 団長は、私が務める!!」
役職を決める定石として、立候補者を募った蒼の言葉に真っ先に反応したのは栞桜だった。
指先まで真っ直ぐまで伸ばした右腕を天高く掲げ、キラキラとした眼差しの中に意欲を燃やす彼女であったが……そんな栞桜に対して、仲間たちからの辛辣な返事が投げかけられる。
「「「いや、お前(栞桜ちゃん、あなた)は駄目だろ(でしょ)」」」
「何故だ!? どうして揃いも揃って同じことを言う!? というより、何で即刻私の意見は斬り捨てられる!?」
「そのレベルで問題外ってことなんだよ、お前は」
言いたくないが、という表情を浮かべながらも、ここできちっと理由を説明しないと栞桜が拗ねるであろうことを予期している燈は、そう彼女に言いながらちらりと視線をやよいと涼音へと向けた。
男の自分が言うより、同性の彼女たちに言われた方がまだ受け入れやすいだろうという燈の気遣いを察した二人は、栞桜が団長に不適格な理由を容赦なくずばずばと彼女へと告げていく。
「だって栞桜ちゃん、頭が固い上にすぐ熱くなるじゃん。柔軟かつ冷静な思考が求められる団長って役目に最も向いてない性格してると思うよ?」
「おっぱいは柔らかいのに、頭は固いのね。残念……」
「それにさ、栞桜ちゃんって割と小心者だから、大事な局面で焦る気しかしないんだよね……大変な場面でこそどっしり構えなきゃいけないのが団長なんだから、そこもまた不適格っていうかさ……」
「おっぱいは大きいのに気は小さいのね、そこもまた残念……」
「……おい、涼音。お前はただ私を馬鹿にしたいだけだろう? なんだ? やろうっていうのか!?」
「まあまあまあ! 栞桜ちゃん、落ち着いて! そういうすぐにカッとなるところが団長さんに向いてないっていう意見、私も同意しちゃうな。残念だけど、栞桜ちゃんは団長になるべきじゃないと思う」
「うむむむむ、むぅ……!!」
やよいの的確な指摘と涼音の単純な暴言のコンビネーションに激高した栞桜を落ち着かせたこころの一言は、ずばりと彼女の心を抉ったようだ。
物腰穏やかなこころからのはっきりとした否定の言葉に反論も出来ず、屈辱を抱えながらも仲間たちのことを考えると同意するしかない栞桜は、唸り声を上げながら悔しそうにして押し黙った。
「あ~……この流れで言うのもなんだけどよ、俺は絶対に無理だぜ? 俺と椿は、大和国出身の人間じゃない。この世界の常識とか儀礼とかに詳しくねえ人間が頭張るよりも、もっと相応しい奴が団長になるべきだろ?」
次いで、燈が自分自身が団長に相応しくない理由を口にしながら、その座を辞退する。
彼の言う通り、わざわざ仲間内で唯一の異世界出身者である燈を団長に据える必要はない。
この国、世界についての情報を重々に知っている人間が長の立場に就いた方が、色々と助かるはずだ。
「……それで言うなら、私も駄目。自慢じゃないけど、刀以外のことはからきし。特に人との関わりが致命的だってことは、みんなも理解してるはず」
その次に団長になることを辞退したのは涼音だ。
実の弟である嵐とのコミュニケーションも上手く出来なかった自分が、血の繋がっていない人々との関係性を潤滑に回せるはずがないという、自虐にも程がある意見を口にした彼女であるが、その言葉は確かに御尤もである。
団長というのは、団員のことをよく見なければならない。
部下の抱えている不安や団員同士のトラブルを解決するための潤滑油にならなければならないこともあると考えると、涼音にその役目を担わせるのは荷が重いだろう。
「あたし? だめだめ! こんなちんちくりんが団長やってたら、他の武士団から舐められちゃうって! そもそも、この中で一番弱いの、あたしだろうしさ」
そうして、ここまでの話し合いを主導してきたやよいへと燈たちが視線を向けた瞬間、彼女もまた手をひらひらと振りながら辞退する意を示した。
これもまた言っては悪いだろうが、確かにやよいが団長というのは締まらないものがある。
どこからどうみても子供としか思えない彼女が率いる武士団というのが、外から見てどう思われるかということも考えると、やよいに団長を任せるのは止めておいた方がいいだろう。
それに、単独の戦闘能力でいえば、確かにやよいはこの中で一番弱い。
桁外れの戦闘能力を持つ五人の中での話であって、平均は軽く超えた実力こそ有しているものの、前線に立って戦うことを得意としていない彼女が長という立場に就くのは、どうにもちぐはぐな印象を受けてしまう。
「えっと……じゃあ、一度ここで団長さんに必要な要素を纏めてみようか? まずは、柔軟かつ冷静な思考能力でしょ? 次に、この世界における一般常識を持ち合わせていて、出来たら儀礼とかにも詳しいと良い。内外問わずにコミュニケーション能力が高くて、みんなのことを気に掛けることが出来て、それでいて強い人間ってなると……」
ここまでの話し合いで出た、団長として求められる能力を、こころが一つ一つ指折りしながら確認していく。
彼女が言葉を紡ぐ度、必要な素養を確認する度に、仲間たちの視線がある一点へと集中し、最終的には話をしていたこころもまた仲間たちと同じ方向へと目を向けるようになる。
そう。今、こころが挙げた条件を全て満たす、団長にうってつけの人物が、ここにいる。というより、燈は最初から彼が団長に相応しいと思っていた。
常に冷静で柔軟な対応を心がけ、自分たちの中でも
畳の上に敷かれた座布団の上で難しい顔をしている彼は、その全ての条件を満たしている。
自分たちの代表として相応しい、反対意見を口にする要素がまるでないその人物に対して、燈と同じく期待を寄せているやよいは、小首を傾げながらその意思を尋ねてみせた。
「取り合えず、あたしたちはあなたが団長になるべきだって意見で一致したけど……そのことについてどう思う、蒼くん?」
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