色々渦巻く飲み会
四章についての注意事項のようなものを近況ノートに記載しました。
そう仰々しいものではないのですが、よろしければ目を通していただけると幸いです。
――――――――――
「ささ、取り合えず乾杯ってことで! こころちゃん、盃よろしく~!」
「は、は~い……」
甲斐甲斐しく料理や酒の準備を整えたこころが、戸棚から酒を注ぐ用の盃を持ってくる。
現代日本と違って、よく冷えたジョッキにビールを注ぎ、それを打ち合わせて乾杯……というような飲み会の始まりはしないのだなと、大和国の酒用容器を眺めながら考えていた燈であったが、ふとその中にある違和感に気が付き、眉を顰めた。
「……おい、椿? な~んか、二つばかり盃のサイズが違うような気がするんだが……?」
「ええっ!? あ、ああ、その、ね! 同じ大きさの盃が六つも用意出来なくてさ! 蒼さんと燈くんには、大きめの物を使ってもらおうかな~……って!」
「いや、にしても大きさが違い過ぎるだろ? 俺の顔よりデカいぞ、それ」
こころが持ってきた朱塗りの盃のうち、四つは小柄な女性が両手で持つのに丁度いいくらいの、大和国でも平均的な大きさかそれより少し小さいくらいのサイズをした盃だ。
が、しかし、残りの二つは明らかに大酒飲みが利用するような、深さも広さも他の四つと比べて数倍はありそうな巨大な盃で、流石にそのサイズ差に違和感を覚えざるを得ない。
苦しい言い訳を口にして、何とか強引に男衆にこの巨大盃を使わせようとするこころ。
実際、燈と蒼がこのサイズの盃を女性陣に使わせるということはないと思うが、少しでも引っ掛かりを感じられてはこの後の計画に支障が出る。
燈は何かがおかしいと訝し気な表情を浮かべ、同じ世界出身の仲間へと疑うような視線を向けている。
やよいは、そんな彼の意識を自分に向けさせつつ、この状況をごり押すために、度数が高めの日本酒を手に取ると、それを燈の前に置かれた盃へとなみなみと注ぎ始めた。
「まあまあまあ! 男なら細かいことは気にしな~い! ほら、景気づけにぐいっと一杯いってみよう!!」
「おまっ!? なに勝手に注いでんだよ!? 俺も飲み会なんて初めてなんだから、初っ端からこんな量を飲ませようとすんじゃねえって……」
「大丈夫、大丈夫! 酔い潰れても介抱してあげるから、遠慮せずにどうぞ! さあ! さあさあさあ!!」
「うっ……!?」
蒼の盃にも同様に目一杯の酒を注いだやよいは、ずいっと体を寄せながら燈へと迫った。
キラキラと輝く無邪気(無垢ではない)な眼差しでのおねだりに圧された燈は、うんざりとした溜息を吐いた後、意を決して酒を注がれた盃を手にして、それを傾ける。
「んぐっ、ん、ぐぅ……っ!!」
「お~! いいぞ~! 格好いいぞ~! そのまま一気だ、燈く~ん!!」
手拍子と喝采で場を盛り上げ、注がれた酒を一気飲みする燈を囃し立てるやよい。
その声につられた燈は、ついつい盃の中の酒を一息に飲み干してしまった。
「ぷはぁ~……ああ、くそっ……にっげえ、何だこれ?」
「凄かったぞ~! 頑張ったぞ~! それでこそ男だ、虎藤燈~!」
「ったく、好き勝手しやがって……! あんまはしゃぐなよ、やよい」
慣れていない飲酒の影響で頭を振る燈が、少し元気のない声でやよいへと注意する。
取り合えず、作戦は上手いこと進んでいることに心の中でガッツポーズをする一同は、今度はそんな燈へと水の入った瓢箪を差し出す蒼へと視線を向けた。
「はい、お水だよ。飲めば少し楽になると思うから、ゆっくり落ち着いて飲んでね」
「あんがとよ、蒼……ぷふぅ、命の水って感じだぜ……」
「おやおや~? 蒼くんは随分と余裕ですな~? 弟弟子があんな風に格好つけた手前、兄弟子が負けるわけにはいかないでしょ~? 観念して、一気飲みしろ~い!!」
標的を蒼へと変更し、彼へと迫るやよい。
普段の彼ならばここで慌てながらも押しに負け、やよいに言われるがままに大量の酒を飲むことになっていただろう。
だが、蒼はそんな彼女の鼻を軽く押すと、今しがたなみなみと酒が注がれていたはずの自分の盃を指差して平然とした様子で言ってのけた。
「もう、飲んだよ。ご馳走様でした」
「ふぇ……? え、ええっ!?」
蒼が指差した朱塗りの盃の中に、一滴の酒も残っていない様を見て取ったやよいが驚きの声を上げる。
あれだけの量を一瞬のうちに平らげたという蒼の言葉を信じられなかった彼女は、その驚きの感情のままに彼へと詰め寄って質問を投げかけた。
「うっそだ~! あの量を気付かれないうちに飲み干せるわけないじゃん! 何かズルしたんでしょ!? 大人しく白状しなよ~!」
「……やよい、嘘じゃない。蒼、飲んでた。私は見てたから、証明出来る」
「ありがと、涼音さん。……というわけだけど、何か問題があるのかな? やよいさん?」
「むむむむむむ……!!」
武神刀の能力を使ったか、あるいはバレないようにこっそりと捨てたか。
そんな反則を使ったのではないかというやよいの疑念は、若干顔を青ざめさせている涼音の証言によって粉砕された。
お酒が入っているお陰か普段よりも気が大きくなった蒼は、逆にやよいを挑発するような口振りと表情で彼女へと問いかけてみせる。
自分が見ていないうちに酒を飲み干したという事実がある以上、蒼にそれ以上なにも言えなくなってしまったやよいは、珍しくしてやられたという表情を浮かべると、可愛らしく頬を膨らませて唸ってみせた。
「……よし、今度こそ乾杯しようぜ。俺たちばっか飲んでるのも妙な話だし、こうしてくっちゃべってばっかだと折角の料理が冷めちまうだろ」
「そ、そうだね。それじゃ、私たちも……」
そうやっているうちに冷水を飲んで回復した燈の言葉に、女子たちもこのまま話を引っ張ることを断念したようだ。
それぞれが小ぶりの盃を手に、度数の低い果実酒を注ぎ、改めて酒を注ぎ直した男性陣と共に乾杯の音頭を取る。
そこからはのんびりと酒宴を楽しみ、料理を箸で突きながら、(表向きは)仲間同士の親睦を深めるための宴会の様子が繰り広げられていった。
「お? 悪い、栞桜。そっちの醤油取ってくれねえか?」
「あ、ああ……ほら」
「ふ、二人とも、こっちのお刺身とか食べる? 脂が乗ってて美味しいと思うよ!」
「サンキュ、椿。でも、俺らに気を遣ってないでお前らも食えよ。さっきから全然、箸が進んでねえぞ?」
燈の指摘に、こころがぎくっという表情を浮かべた。
酒が入って注意力が散漫になっている燈はそんな彼女の機敏に気が付くことはなかったのだが、今現在の女性陣は大体がこころと同じような焦燥感に襲われていたのだ。
女性陣の計画は、最初に強い酒を一気飲みさせて前後不覚にさせてから、そのまま次々と酒を勧めて二人を酩酊状態にさせ、そこから上手いこと事に移るというものだった。
その第一歩は上々の出来であり、今もこうして酒が進む料理を差し出しつつ、隙があれば二人の盃に酒を注いでいるのだが……何故だか全く、燈も蒼も酔いが回っている様子が見受けられない。
いや、多少は酔っているのだろう。頬はほんのりと赤味が差しているし、普段よりも言動がふわふわとしている風もある。
しかして、彼らの意識はまだしっかりとしており、話の受け答えもばっちり出来ていることから、やよいたちが目指している酔い潰れた状態には程遠いとしか思えない。
度数もキツめの日本酒や焼酎を飲ませ続けているというのに、まるで応えていない様子の二人を見ているやよいは、自分の立てた計画が徐々に狂い始めていることに焦りを感じていた。
(嘘でしょ~? 燈くんも蒼くんも、滅茶苦茶お酒に強いじゃん!!)
初めての酒宴、酒飲み。そこで羽目を外して失敗することなんて誰だってあることだ。
やよいの計画は、その初体験を利用してこちらも初体験へと持ち込もうというものであり、羽目を外したが故にハメることになったというか、そんな小狡い策略を立てていた彼女にとって、二人の酒豪っぷりは完全に予想外だったのである。
(いや、っていうか燈くんにはちょくちょく隙があるんだよ。でも、それを潰してるのは――)
そう思いながら、ちらりと蒼へと視線を向けてみれば、彼もまた目を細めて自分の方を見つめていた。
彼と視線を交じらせ、柄にもなくどきっとしてしまったやよいは、違和感なく視線を逸らしながらばくばくと早鐘を打ち始めた心臓の鼓動を抑えながら確信を抱く。
(ば、バレてる! 蒼くんにはバレてる! あたしたちが二人を酔い潰そうとしてること、悟られちゃってるよ~!!)
先ほどの彼の視線は、子供の悪戯を咎める親のそれとほぼ同じだった。
まず間違いなく、蒼はやよいたちが何か目的があって自分たちのことを酔い潰そうとしていることに気が付いている。
だからこそ、先ほどから早いペースで飲酒する燈へと合間合間に水を差し出し、彼の酔いを醒まさせつつ、その手綱を握って燈が酔い潰れないようにしているのだ。
流石にやよいたちが自分たちの貞操を狙っているとまでは想像していないだろうが、こちらの計画がほぼ露見しかかっていることに気が付いたやよいが、背中に冷たい汗を流した時だった。
「……うっま。このだし巻き卵、椿が作ったのか?」
「え……? あ、うん。そう、だけど……」
「美味いわ、これ。おふくろの味っつーの? 俺はよく覚えてねえけど、だからこそこういう素朴な味に弱いんだろうなぁ……マジいける、普通に刺身より美味いわ、マジで」
「あ、ありがと……」
普段より饒舌な燈が、こころお手製のだし巻き卵を頬張りながらしみじみと呟く。
丁寧に箸でそれを崩し、一口一口味わうようにして食事していた彼は、深く頷きながら、非常に心を込めた一言を口にした。
「幸せだろうな、椿を嫁さんにもらえる男ってのはよ……」
「ふ、ふぇっ!?」
それはこころにとって、不意打ちもいいところ。むしろ一発で致命傷を受ける、最大級の賛辞にして拷問のような一言だった。
普段、決してそんなことを言わないであろう燈が、酔いが回った影響で大胆な事を口走る。
それも悪酔いではなく、酔ったが故に本音が引き出されたような、心の奥にしまっている言葉がついつい零れてしまったかのような……そんな、真心が込められたこころへの賛辞が、次々と彼の口から飛び出してくるのだ。
「家事は万能、気遣いも良し、しっかり者で気が強くて、それでいて人を立てる性格してるからな……良い嫁になる未来しか見えねえわ」
「い、いや、そんなことないって! 私、そんなに大した取り柄があるわけじゃないし――」
「んなことねえって、自信持てよ。俺も結構、お前には感謝してんだぜ? 内助の功っつーか、家を守ってくれてるっていうかよ……椿が俺たちの帰ってこられる場所を守ってくれてるから、安心して戦えてるってところもあるんだ。そう考えると、椿は俺たちの嫁さんってことになるのかもな」
「あぅ、あぅぅぅぅぅ……」
ぷしゅぅ……と、みるみるうちに顔を赤くしたこころの顔から、その熱のあまり湯気が立ち上る。
純粋な賞賛の言葉に加え、良い嫁になるやらお前が帰ってこられる場所やらの言葉を想いを寄せている人間から真っ直ぐに送られたのだ、こころでなくても照れはするだろうし、多少は混乱だってするだろう。
大胆で一直線な燈の言葉に瞳をぐるぐると回し、顔をゆでだこのように赤らめるこころ。
そんな彼女の様子を見た燈は、鈍さ抜群の思考のままに小さく笑うとこう言ってのけた。
「なんだよ、そんなに照れる必要もねえだろ? まあ、そういうところがお前の可愛いところなんだろうけどな」
「〇×△〇□◇×〇×□△~~~っ!?」
可愛い……燈が今まで決して口にすることのなかった、ド直球の褒め言葉。
ここまで褒め言葉の連発を受けてぐらついていたこころの心は、その一言を以て完全に撃沈した。
声にならない声を上げ、湯気ではなく煙が沸き上がってくるのではないかと思えるくらいに顔を赤らめた彼女は、その熱を冷まそうとしたのか手近にある酒の瓶を掴み、中身を一気に煽った。
が、しかし……問題は、その酒が彼女がここまで飲み続けていた果実酒ではなく、燈たちに必死になって進めていた度数の強い日本酒だったということだ。
「こ、こころっ、待てっ! それ、違――っ!!」
気が付いた栞桜が制止の声を上げた時には既に遅し。
半分ほどは残っていた酒瓶の中身をラッパ飲みしたこころは、その全てを飲み干すと手から瓶を取りこぼし、そして――
「ふ、あは、あはははははははは! あは、はふぅ……!!」
一瞬、狂ったように笑った後に、その場に大の字に倒れ込んでしまった。
「ちょっ!? なにやってんだ、椿っ!? しっかりしろっ!」
「いや、今のは大半燈くんのせいだと思うよ!?」
「俺ぇ!? なんかしたのか、俺!?」
「今はそんな言い争いはいいから、水っ! 酔いを薄めるためにも、水を飲ませなきゃ!!」
「わ、わかった! おい、涼音! 聞いていたか!? お前も座ってないで、水の一杯くらい用意、して……?」
「………」
無自覚な燈の言葉によってKOされたこころを案じててんやわんやの一行。
そんな状況でも微動だにせず、座り込んだままの涼音へと大慌ての栞桜が声をかけた時、彼らは一斉にその違和感に気が付いた。
幾ら何でも、静か過ぎる。涼音が無口だからといって、この状況で一言も発しないというのは流石におかしい。
というより、この飲み会が始まってから涼音の声を聞いた覚えがない。最後に彼女が声を発したのは蒼の一気飲みを証言したあの時で、そこから一杯目の酒を口にした時から、燈たちには彼女に何かを言われた記憶がなかった。
「まさか……!?」
嘘だろう、という感情を表情に滲ませた燈が、ゆっくりと涼音へと近付いていく。
盃を手にしたまま、顔を前に向けたまま、瞬き一つしない彼女の傍で耳を澄ませてみると――
「……すぅ、ぐぅ……」
――それはそれはとても規則的な、彼女の寝息が聞こえてきたではないか。
「う、嘘だろ? たった一口だけだぞ? それで、こうなるのか? 下戸にも程があんだろ……!」
「……もしかしてなんだけどさ、涼音さんって、剣術以外はてんで駄目な人だったりするんじゃないかな?」
「すやぁ……すやぁ……」
決して度が強くない果実酒を一口飲んだだけで眠りの世界に旅立ってしまった涼音を一行の中には蒼のその言葉を否定する者は誰一人としておらず、ただただ色々と残念な涼音と完全に酔い潰れたこころを交互に見つめながら、大きな溜息を吐くことしか出来なかった。
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