ようやく、和解


 僅かに緊張を覚えながら、こころはこれまで自分たちの身に起きた全てを王毅へと語っていく。


 学校から脱走したといわれている自分が、実は順平によって揚屋に売り飛ばされていたということ。

 売り飛ばされた店で再会した燈もまた、順平の奸計によって崖下へと落とされ、死んだことにされていたということ。

 気力を持たない落ちこぼれだと思われていた燈は、実は王毅たちすらも超える気力を持つ逸材であったこと。

 そして、自分を助けてくれた宗正の下で修業を重ね、その才能を開花させた燈に救われた自分は、彼と共に最強の武士団を結成するために行動しているということ。


 そこから先の話も全て王毅に伝え、彼に真実を告げ続けるこころは、一切の偽りなく王毅へとこれまでの事情を話し続ける。


 それら全ての情報を黙って聞き続けていた王毅の顔色は、赤くなったり青くなったりとせわしなく変化し続けていた。

 問題点もあるが仲間だと思っていた順平が裏で行っていた悪事を知り、信じ続けていた花織の裏切りを知り、彼らの流した誤情報によって自分たちが燈と敵対することになっていたという、信じたくはない真実を知ってしまった王毅は、呆然とした表情で首を振る。


「まさか、そんな……順平が、虎藤くんを殺そうとした? 学校には、まだその実行犯が残っている? あり得ない。そんな、仲間を裏切って、殺すような真似をした人間が平然と過ごしているだなんてこと、あり得るはずがない、けど……」


 一緒に協力し、この大和国を救って、元の世界に帰還しようとしている仲間たちの顔を思い浮かべた王毅は、その中に友人を殺めようとした人間がいることを想像し、込み上げる吐き気に胃と背筋を震わせた。


 順平から燈が死んだと聞かされた時、彼やその仲間たちは涙を流して燈の死を悼んだものだ。

 それが全部嘘で、しかも燈を陥れたのはほかならぬ彼らであることを知ってしまった王毅は、その涙や決意が全て偽りで、燈を殺してから今日まで彼らが罪の意識も抱かずに平然と過ごしている事実に意識が遠のくほどの衝撃を受ける。


 信じないと、全て嘘だと思いたかった。

 しかし、気絶した自分をわざわざ安全地帯へ運び、何の手出しもせずに目を覚ますまで待っていた彼らの行動や、自分に話をしたこころを始めとした面々が一切の曇りのない澄んだ瞳をしている様を見た王毅は、肺の中に溜まった鉛のような空気を吐き出すと共に昨日の仲間たちの顔を思い出す。


 作戦会議の時、仲間たちは誰もが普通の状況ではなかった。今考えれば、それが理解出来る。

 自分たちに嘘をつき続けていた順平や花織からは妙な雰囲気が感じられたし、女の尻を追いかけるだけのタクトや自分の考えに固執していた慎吾の目も目の前の問題や他の仲間たちの姿を映していなかった。


 そして何より、そんな彼らを纏める立場に在るはずの自分が仲間たちの異常に気付かず、これが普通であると判断してしまっていたことに気が付いた王毅は、徐々に冷たくなっていく指先を震わせ、何度も首を横に振った後……搾り出すようにして、結論を出す。


「……事ここに至って、現実を見ないなんて選択は出来ない……な。虎藤くん、椿さん、どうやら、俺たちはとんでもない過ちを犯していたようだ。君たちの話も聞かず、一方的に敵とみなしたこと、許してほしい。本当に申し訳ないことをした……」


 腰を折り、深々と頭を下げる王毅。

 異世界に召喚された仲間たちを率いる立場の者として、彼らの独断を許し、偏見によって燈たちを敵とみなしてしまったことを謝罪するクラスメイトの姿を見た燈は、深く息を吐いてからこう返す。


「別に、気にしてねえよ。お前が大変な立場にいることはわかってる。下っ端である順平のやったことを知らなかったのも仕方がねえし、幕府から派遣されたアドバイザーである巫女を信じちまうのも当然だ。ただ、なんだ……うるせえお説教かもしれねえが、仲間の変化には気を配っとけ。良くも悪くも、この世界に召喚されてから変わった奴らは山ほどいる。黒岩なんて、いい例だろ?」


「……耳が痛いな。確かに、俺はタクトや順平の変化に気が付いていながら、そのことを深く気にすることもなかった。リーダーとしてあるまじき、怠慢だったと今では思うよ。舞い上がっていたんだろうな、俺も。危機に瀕した世界を救う英雄として祭り上げられる内に、いい気になってしまっていたんだ」


「でも、私も仕方がないと思うよ。神賀くんは何も悪くない、とは言えないけど……周りの状況から考えると、神賀くんよりも問題の多い人がいると思う。そういう人たちがあなたを利用しようとしていたことが、全ての原因なんじゃないかなって、私は思うの」


「俺を利用、か……つくづく、人の上に立つ者としての器の足りなさが思い知らされるな。俺は、リーダーに向いてないのかもしれない」


「そう言うなって。俺は、お前が学校の指揮を執っててくれて助かったぜ。竹元の奴が頭を張るような組織だったら、三日持たずに潰れてただろうしな」


「ははは、それもそうだね。……お飾りのリーダーであろうとも、周囲から利用され続けていたとしても、俺が今までみんなを率いてきたことは確か、か……! なら、これからは正しい道にみんなを導けるような人間になれるように努力すべきだな。この失敗を無駄にしないためにも、俺は俺の出来ることをやるしかないんだから……!!」


 握り締めた左拳を見つめ、決意を新たに前を向いた王毅へと燈とこころが頷きを返した。

 どうやら、多少はショックから立ち直れたであろう彼のこれからに大いに期待を寄せる中、当の王毅は一応といった様子で二人へと問いかける。


「これからどうするんだい? 君たちがよければ、もう一度学校に戻ってきてほしいんだが……」


「……悪い。誘いはありがてえが、先約があるんだ。学校には戻れねえよ」


「私も、ごめん。私を助けてくれた燈くんたちと、これからも一緒に進んでいきたいから……」


「……いいんだ、わかってた。もしかしたらと思って聞いてみただけだよ。二人は、自分の進むべき道を既に見つけている。俺も見習わないとな」


 そう言いながら、王毅は視線を二人からその背後に並ぶ仲間たちへと移す。

 性別も様子もバラバラな、一つの集団としては不揃いな若者たちを見つめ、小さく笑みを零した王毅は……右手を燈へと差し出しながら、彼に言った。


……その一員に、君たちはなるんだね。たとえ遠く離れていても、立場が違えども、俺は二人のことを応援しているよ。そして、次に君たちと会う時までに、君たちに釣り合う男になってみせる。約束だ、虎藤くん」


「ああ! お前も色々大変だろうが、学校のことは任せたぜ。何かあったら、幾らでも力を貸す。仲間として……友達としてな」


 王毅の手を取り、固く握手を交わしながら、燈が照れくさそうにそう返す。

 ようやく、誤解を始めとした数々の隔たりを超えて和解した友人たちを見つめるこころは、一つの問題に決着がついたことに安堵しつつ、胸に込み上げる熱い何かにほろりと瞳から涙を零し、笑みを浮かべるのであった。

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