追走


「七瀬の容態はどうなんだ、蒼?」


「峠は越えた、かな。でも、あくまで応急処置が済んだに過ぎない。失った血を輸血してもらわない限り、命の危機は去らないね」


 冬美に気力による治癒能力の活性化を促し続けていた蒼は、止血処理を終えると共に燈へとそう答えた。

 内臓まで達した傷を塞ぐ際、水の気力の特性である祓いの力で血の腐敗や淀みを防ぎ、流れを操って出来る限りの血を体内に残すことには成功したようだが、それでもやはり彼女が受けた傷は大きく深いようだ。


 このままここに放置していては冬美の命はない。

 きちんとした処置と輸血を受けさせるためにも、彼女は病院に連れて行くべきだろう。


「くそっ……! 七瀬の血液型もわかんねえってのに、輸血なんて上手くいくのかよ? そもそも、大和国に血液型の概念なんてあんのか?」


「そっちの世界と全く同じ情報が伝わってるとは考えにくいね。でも、大和国の医者だって彼女の命を救えないほど無能じゃあないさ」


 燈の疑念に対する答えを口にした蒼は、そのまま冬美を抱えて立ち上がった。


「燈、僕は七瀬さんを安全な場所に連れていって、治療を受けさせる。彼女の容態が急変した時に対応出来るのは、おそらく僕だけだ。嵐と彼を追う王毅くんたちを止める役目は、君と涼音さんに任せたよ」


「ああ、わかった。七瀬のことを頼むぜ、蒼」


 王毅との対話を望む燈と、嵐との決着を望む涼音。

 二人の想いを汲んだ蒼は、自分が冬美を運ぶ役目を請け負う。


 自分たちのことを信じてくれたクラスメイトの命を彼に預け、頭を下げた燈は、顔を上げるとこころへと視線を向けた。


「椿、お前も蒼と一緒に行った方がいいんじゃないか? ここから先は、お前が思っている以上の危険が待ち受けてるかもしれねえ。ここらで引き返した方が、お前のためじゃあ……」


「そうかもしれない。でも……私は、神賀くんと話したい。私たちを信じてくれた七瀬さんのためにも、ここで退くわけにはいかないと思うから……!」


「椿……」


 冬美の血に染まった自身の手を見つめてから、こころは燈へと自分自身の意思を伝える。

 その瞳に迷いはなく、これから先の過酷な戦いにも怯まないという強い想いを感じ取った燈は、同行者である涼音の意見を伺うべく視線を横に向けた。


「……そうね。嵐の他にも、もう一人の妖刀使いがいる。彼が怪我人を運んでいる最中にそいつと出くわした時、守るべき人間を二人も抱えたまま戦うというのは難しいと思うわ。それなら、まだ私たちと一緒にいた方が安全かもしれないわね」


「いいのか? 全速力で嵐を追う、ってことは出来ないままになっちまうぞ?」


「覚悟があるのなら、私は止めはしない……ただ、私はあなたのことを守ることは出来ないわ。嵐との戦いに全てを注ぐ以上、他のものに意識を傾ける余裕はない。私たちの戦いに巻き込まれて、怪我じゃ済まない事態になっても構わないというのなら……好きに、ついてきなさい」


「大丈夫です、それで……足手纏いになっちゃうけど、宜しくお願い致します」


 若干、脅しにも近い涼音の言葉にも恐怖を見せず、こころが即座に決断を下す。

 どうやら、彼女の決意は本物のようだと感じ取った涼音は、それ以上は何も言わずに小さく頷くと、妖気が発せられている方向へと顔を向けた。


「急ぎましょう。そちらの彼女も、私たちも、時間がないのは同じこと……いつまでもお喋りしている暇はないわ」


「だな……よし、行くか。蒼、何度も悪いが、七瀬のことを頼んだぜ」


「ああ。そっちも気を付けて……!!」


 燈がこころを背負い、蒼が冬美を背負って、お互いがお互いの目的地へと全速力で駆けていく。

 弟との決着と、かつての仲間との対面を果たすため、涼音と燈、こころは嵐が待つ羽生の村へと急ぎ足を進めるのであった。











「……あらあら、どうしましょうかねぇ? 、そこまで役に立つとは思えないんですけど、このままにしておくのも勿体ない気がするんですよね……」


 くすくすと含みのある笑いを浮かべながら、自分の足元に転がるものを見つめる人影が一つ。

 艶やかな長髪を湛えたその人物は、鼓太郎に『泥蛙』を渡したあの女だ。


「このまま放置しても廃棄処分は決定的でしょうし、同じ廃棄なら、少しでも我々の目的に役立てた方が有効的ですよね? うふふ……! それじゃあ、取り合えずですけど、連れ帰ってあげましょうか」


 そう、独り言を呟きながら結論を出した彼女は、自分の足元に転がるものを軽く蹴飛ばす。

 血と泥に塗れたぼろぼろのそれは、苦し気な呻き声を上げ続けていた。


「うぐぅ……あ、ぐぅ……っ」


「ふふふ……! こんなに手ひどくやられて、可哀想に……。あんまりにも哀れで見ていられないから、私たちが助けてあげましょうね、竹元順平さん……!」


 その言葉とは裏腹に、一切の慈悲や温情を感じさせない笑みを浮かべる女性は、燈に叩きのめされて蹲る順平へとそう声をかけるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る