二人目の刺客



「栞桜さんのこと、心配かい? 一人で残してきちゃったけど……」


「ううん、全然! 栞桜ちゃんが負けるわけないしね!!」


「ふふっ、そうだね。やよいさんの言う通りだ。彼女が負けるはずがない。心配は無用だったね」


 慎吾との戦いを任せた相棒への最大級の信頼を言葉にしてみせたやよいに対し、蒼もまた同意の言葉を口にする。

 王毅たちを追い、目的地である羽生の村まで全速で駆ける面々の先頭を務める二人は、強くなっていく妖気を感じながら各々の意見を話し始めた。


「妖気に揺らぎがないってことは、まだ燈くんたちの友達は嵐くんのところに辿り着いてはいないみたいだね。加えて、あんな風に足止めに人員を割いたってことは、あたしたちに接近されて焦ってるってことだ」


「向こうは僕たちの位置を知れる何かがあるのかもしれない。索敵を担っているのは正弘くんだったはずだけど、あの子の武神刀の気配は感じないな」


「多分、一緒にいた巫女の式神だと思うよ! さっきからちょくちょく見かけてるもん! こっちの位置と人数を伝えるためにそこら中に配置してあるみたいだから、栞桜ちゃんがいなくなったこともバレてると思う!」


「なるほどね……ってことは、索敵と情報収集を務めるあの巫女さんが足止めとして残ることはまずないか。集団の長である王毅くんと戦闘能力が低い正弘くんも除外するとして、残るは三人……」


「あ、次に足止めとして出て来る相手の予想? 蒼くん的には誰だと思う?」


 一度、味方を足止めとして残した以上、もう何度かは同じ手を使う可能性はある。

 戦力の逐次投入というのは愚策なのではあるが、その辺の判断を正しく下すことなど、一介の高校生である王毅たちには土台無理な話だ。


 向こうが式神を通じてこちらの情報を得ている以上、こちらも向こうの動きを予想し、それに対抗する策を練らなければならない。

 まず間違いなく二人目の足止め要員を用意しているであろう王毅たちの行動を予測した蒼は、もう一歩思考を進めてその人間が誰であるかの予想をやよいへと話した。


「可能性として挙げられるのは、嵐属性の剣士である七瀬冬美さん、磐木の町でいざこざを起こした黒岩タクトくん、燈の仇敵である竹元順平の三人。この中で真っ先に除外されるのは七瀬さんだ。多対一の戦いを得意としている彼女を足止めにするなら、一番最初に残すだろう。最良の時期を逃した以上、僕たちの人数が一定数になるまでは彼女は使わない。二番目なんていう中途半端なところで切っていい札じゃないよ、彼女は」


「ふ~ん……なんか、その子に対する評価が高めじゃない? 蒼くんってば、ああいう娘が好み?」


「そんなんじゃないよ。純粋に能力から深めた考察を話してるだけだから」


 普段通りのやよいからのからかいに対して苦笑交じりの反応を返す蒼。

 彼女のその言葉には若干の面白くなさそうな雰囲気が含まれているのだが、普通に鈍い蒼がそのことに気が付くことはなかった。


「次に考えるなら、竹元くんも違うだろうね。燈の話から察するに、彼の気力は王毅くんたち主力と比べると一歩劣る。相当に追い込まれない限り、彼を一人だけで足止めとして寄越すなんてことは考えにくい」


「まあ、妥当なところですな。ということは、一番可能性が高いのは……」


「うん、普通に考えるとまずだろうね」


 はあ、とその人物と多少の因縁がある蒼が小さく溜息をつくと共に、一行は開けた土地に出た。

 そして、そこで自分たちを待ち受けていた人物の姿を見たやよいは、嬉しそうに手を叩くと隣の蒼へと声をかける。


「お見事! 蒼くん大正解~っ!! やったね!」


「……楽しそうで何よりだけど、僕はこれっぽっちも嬉しくないよ」


「そこっ! 僕の前でイチャイチャするな! 女の子を洗脳してる悪者の癖に、生意気だぞっ!!」


 うんざりとした様子の蒼に対して憤慨するのは、先の会話で挙げられていた人物の一人である黒岩タクトその人だ。

 お気に入りのヒロインであるやよいと仲良さげに会話する蒼に対して地団太を踏んで悔しがった彼であったが、自分に対して女子たち(+男子二人)の視線が向けられたことで、余裕のある平然とした態度を装い始める。


「さあ! 僕と勝負しろ、妖刀使いの蒼! 女の子たちを洗脳して自分の物にしているお前のことを倒して、僕が皆を救うんだ!」


「……すいません。あなたたちの中では、僕はどういう人間になってるんですかね……? 斬り捨てる前に、そのことだけ教えてもらえませんか?」


「うわ、蒼くん怒ってる。やっぱりお師匠さんの打ってくれた刀を妖刀呼ばわりされたの、相当怒ってるんだ」


 表情はにこやかだが、その内面に静かに燃える青い炎のような激情を抱えていることを看破したやよいが面白そうに呟く。

 まあ、口ではああ言ってはいるものの、蒼が本気でタクトを殺すようなことは絶対にあり得ないと断言出来るからこそ、こんな風に楽し気に出来ているわけなのだが。


 そんな三人の会話に割り込むようにして、燈の背から飛び降りたこころが前に出てきた。


「黒岩くん! ちょっと待って! あなたと燈くんたちが戦う理由なんてないの! お願いだから、私の話を聞いて!!」


「うえっ!? き、君は、確か……隣のクラスの椿こころさん、だよね……?」


「黒岩くん! あなたたちは騙されてるの! 私は学校から脱走したんじゃない、竹元くんに売り飛ばされたんだよ! 燈くんも彼に殺されかけた! 竹元くんが言ってることは、全部嘘なの! それに、あの花織って巫女が言ってることも全部嘘! 燈くんも蒼さんも、妖刀なんて使ってない! 竹元くんたちの嘘を暴いて、妖刀事件を解決するために、あなたの力を貸して! そうすれば、みんなが戦う必要なんて無くなるの!!」


「そ、そんな……!? まさか、そんな、ことが……!!」


 矢継ぎ早に捲し立て、一気に言いたいことをタクトへと告げたこころは、自分の話を聞いた彼が血相を変えたことに期待感を抱く。

 そもそも話を聞く耳を持っていなかった慎吾の時の反省点を活かし、真っ先に真実を話したことが効いたかもしれない。


 多少の疑問は抱くかもしれないが、タクトがその辺りのことを詳しく聞こうとしてくれればしめたもの。

 そこから事情を事細かに話して、彼を納得させられればこちらの目的は達成させられる。


 もしかしたら、ここでタクトが自分たちの味方に加わってくれるかも……という淡い期待を胸に、輝く瞳で彼を見つめるこころであったが、その期待は斜め上の方向へと裏切られることとなった。


「ま、まさか、椿さんまで洗脳されて、敵に取り込まれていただなんて! 可愛い女の子ばっかり狙って捕まえるだなんて、お前は途轍もなく卑怯な奴だな、蒼!!」


「へ……? え、あ、いやっ! 違うって! 私は洗脳なんてされてないの! っていうか、私たちの誰も蒼さんに洗脳されてなんかいないし、蒼さんがそんなことするはずが――」


「いいや! もう喋らなくて大丈夫だ! 君たちのことはこの僕が助ける! そこの悪党を倒して、君たちにかけられた洗脳を解除してあげるよ! ……そしたら、ぐふふっ! 悪役をやっつけたヒーローに、女の子たちがぞっこんになる展開が待ってるぞぉ……!!」


 気持ちの悪い笑みを浮かべたタクトは、お得意の妄想を繰り広げて自分の世界の中に閉じこもってしまった。

 学校で見ていた気弱な彼の姿からは想像出来ない、人の話を聞かない自己中心的なその態度にこころは唖然とした表情を浮かべている。


「でゅ、でゅひひっ! まさか、また一人ハーレム要員が増えるだなんて……! 椿さんは七瀬と違ってお淑やかな娘だし、僕に一途になってくれるはずだ! 栞桜ちゃんに涼音ちゃんにやよい! こんな田舎町で一気に四人もハーレム要員をゲット出来るなんて、流石は僕! 神様に愛されてるぅ!!」


「あ、その、黒岩、くん……? わ、私の話、聞いてた……?」


「勿論だよ! もう大丈夫だからね! 黒幕の蒼を倒して、君のことを解放してみせるよ! 虎藤の奴は妖刀に蝕まれてるから駄目だろうけど、必ず君は助けてみせる! 待っててくれ、こころ!!」


「ひっ……!?」


 話を聞くどころの話ではない。文字通り、話が噛み合っていない。

 言葉が通じているはずなのに、自分にとって都合の良い部分のみを抽出して話を進めているタクトの異質さに薄気味悪さを感じたこころは、これまで全く話したことのなかった彼がいきなり自分のことを名前で呼び始めたことに耐え切れなくなり、小さく悲鳴を上げて燈の背へと隠れる。


「……なあ、あいつはもういいんじゃねえか? 一発本気でぶん殴って、気絶させて先に行こうぜ」


「僕もそうしたいところなんだけどね。雷の気力使いってところが厄介だ。それに、向こうは僕たち……というより、僕のことを本気で殺そうとしてるみたいだし、生半可な気持ちで相手をすると足元を掬われかねない」


 タクトを説得するのは諦めよう。というより、仲間にするのもなんだか嫌だ。

 そういう気持ちを一致させた燈たちは、取り合えずタクトを気絶させてから先に進もうと考える。

 が、しかし、あんな男でもタクトは異世界の英雄の中でも有数の使い手の一人であり、希少な雷属性の気力を使える人間でもあるのだ。


 そして何より厄介なのが、他人を傷つけたり殺めたりすることに拒否感を持っていないことである。

 浅慮で自分の中で出した結論だけで動く男であるタクトが相当危険な男であることは、昨日の蒼との一件で証明されていた。


「……仕方がない。少し、お灸を据えておこう。彼のご指名は僕のようだし、ここは僕が引き受けるよ」


 タクトをこのまま放置しておけば、必ず将来的に大きな被害が出る。

 ここで彼に徹底的な屈辱を味わわせ、その鼻っ柱をへし折っておかなければ、増長し続けた彼は自分が気に入った娘を手にするためにとんでもない事件を引き起こすだろう。


 この磐木で彼と出会ったのも何かの縁だ。彼の躾は自分が担当しよう。

 そう考えた蒼は腰の『時雨』へと手を伸ばし、その柄を握る。

 そのまま、彼が鞘から愛刀を引き抜いて、タクトとの戦いに臨もうとした時だった。


「はい、お尻ど~んっ!!」


「おぎゃぁっ!? い、いきなり何するのさ!?」


 ひどく真面目な形相で武神刀を引き抜こうとしていた蒼を押し退けるようにして大きなお尻でヒップアタックを喰らわせたやよいは、顔を赤らめて叫ぶ彼の前でにししと普段通りの笑みを見せた。

 こんな状況でいつものおふざけか、と呆れた表情を浮かべる蒼に対して、やよいは右手をひらひらと振りながらこう返す。


「駄目だよ~、蒼くん! 彼相手にあなたが残ったら、向こうの思惑通りじゃない。一の相手に万の戦力を用いるだなんてのは無駄なんだから、あなたの力は正しい場面で振るわないとね! というわけで、あの人の相手はあたしがするよ! 燈くんたちは先へ行った、行った!」


「……大丈夫、なの? あなた、こう言うと悪いけど、私たちの中で一番弱そうよ?」


「あ~、言ったな~!? ……で? 蒼くん的にはどう? あたしにこの場を任せるのは不安?」


 涼音の言葉にぷんすこと憤慨してみせたやよいは、先にタクトと戦おうとしていた蒼へと疑問を投げかけた。

 上目遣いに自分を見つめ、試すような視線を向けてくる彼女と暫し見つめ合った後、蒼は握っていた『時雨』の柄を手から放すとはっきりと言い切る。


「いや、全然。君がやるって言うのなら、この場は君に任せるよ。お言葉に甘えて、僕たちは先を急がせてもらおう」


「にししっ! そうこなくっちゃ!! 蒼くんはあたしのことを高めに評価してくれてますな~!」


「別に、やよいさんの実力を知ってれば当然のことだと思うけどね。それに、前に言ってたでしょ? 次からはああいう手合いは自分でどうにかするって……君のその言葉を疑うつもりは、毛頭ないよ」


「……ふ~ん、そっか。ふふふっ! 信じられちゃってるなぁ、あたし……!」


 蒼からの賛辞を受けたやよいが嬉しそうに頬を綻ばせる。

 珍しく照れの感情を見せている彼女だが、そんな乙女の心の機敏に鈍感な蒼が気が付くはずもなく、彼の眼はこちらを睨むタクトの方へと油断無く向けられていた。


「さて、それじゃあ……タクトくんだっけ? あたしと二人っきりで楽しいことしよ~よ! ほら、鬼さんこちら! 手の鳴る方へ~!!」


「う、うほっ!? ぼ、僕が、や、やよいと二人っきり!? これはあれだ、主人公のことを舐めてたヒロインが、実際に戦ってその強さを知る事でメロメロになるパターン! やった! 勝ちパターン来た! これで勝つる!!」


「にししっ! こっこまでおいで~っ! お尻ぺんぺ~ん!」


「ああっ!? 待て~~っ!」


 可愛らしくお尻を叩いて自分を挑発したやよいを追って、タクトが森の中へと飛び込んでいく。

 残された燈たちは、そんな彼の背を見送った後、溜息交じりに呟いた。


「黒岩くん、変わっちゃったね……昔はあんな感じじゃなかったのに……」


「全くだ。変な妄想をくっちゃべったかと思えば蒼に固執して、最終的にはやよいの尻を追っかけてどっかに消えやがった。あいつ、自分が足止め役を任されたことも忘れてんじゃねえか?」


「力は人を変えてしまう、か……やよいさんの言った通りだな。今の彼は欲望に忠実な猿そのものだ。僕たちは嵐を止めるために先を急ぐとして、彼女との戦いでその性根が正されることを期待しようよ」 


 苦笑すらも浮かべず、ただただ呆れた様子の蒼はそう仲間たちに言うと先を急ごうとする。

 そんな彼の背に、やよいの実力を疑問視している涼音がこう問いかけた。


「ねえ、本当に平気、なの? 相手は仮にも異世界の英雄よ。彼女一人に任せて、万が一のことがあったら……」


「大丈夫だよ、絶対に平気。彼との戦いにやよいさんが負けることなんてあり得るはずがないから」


「……随分と彼女を信用してるのね? その根拠は、なに?」


 平然とやよいを信頼する言葉を言い放った蒼に対して、涼音が更に尋ねる。

 その言葉に対して少し悩んだ蒼は、やがて苦笑いを浮かべながら、答えにはなっていない答えを返した。


「一度戦ってみればわかると思うよ。やよいさんは本当に、驚くほど……なんだ」


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