再度、話し合って



「……そうか。嵐を取り逃がしてしまったか……」


「すいません、先生。あそこで仕留められてさえいれば……」


「君が謝ることはないさ、涼音。むしろ、何も出来ない師匠である僕を詰ってくれてもいいくらいだ」


 弟子である涼音から嵐との邂逅、戦闘の話を聞いた百元は、ほぅと深く息を吐いて悲し気な表情を浮かべる。

 姉と弟、血の繋がった二人が殺し合う原因を作ってしまった人間としての苦悩を抱える彼であったが、今はそんな感傷に浸っている場合ではないと思い返したのか、今晩の会議の本題とでもいうべき次の話へと議題を移す。


「それで、燈くんたちの仲間だという異世界の英雄に関してのことだが……」


「ごめんなさい! そのことを話す前にちょっといいですか?」


 明確に燈たちを敵と断定した王毅たちについて話そうと百元が口を開いた瞬間、大きく手を挙げたやよいがその話を遮るようにして口を挟む。

 突然の行動にも驚くことなく、ただ無言で頷いた百元の反応に感謝を込めた礼を返したやよいは、そのまま腕を真横に座る蒼の首へと回すと、自身の胸に彼の顔を押し付けるようにして、強く彼のことを抱き締めた。


「うわっ!? ちょ、なにやってるの!? 今はいつものおふざけをしてる場合じゃ――」


「あたし、大真面目。取り合えず暴れないで、そのまま話を聞いてて」


 こんな状況下でいつものふざけ半分のからかいを行うやよいを叱責しようとした蒼が耳にしたのは、真剣で真面目な彼女の返事だった。

 強く、優しく、蒼を抱き締めたやよいはその視線を燈の隣に座すこころに向け、眼差しで彼女に何かを伝える。


 やよいの行動と、自分に向けられた視線から彼女の意思を感じ取ったこころは、意を決した様子で汗が滲む掌を広げると、隣に座る燈の握り締められた拳を無理やりに開かせて彼の手を強く握り始めた。


「椿? お前まで、何を……?」


 蒼同様に、女性陣が見せる謎の行動に困惑する燈。

 こころは、そんな彼に何も答えないまま、日々の訓練の中で随分と硬く逞しくなった掌の感触を覚えながら必死に握力を込めてその手を握り続ける。


 運動が得意ではなく、身体能力も気力も低いこころが必死に手を握り締めたところで、それは燈の力の半分にも満たない握力にしかならないのであろう。

 しかし、燈は彼女と繋いだその手から、こころが自分に向けてくれる気遣いの心と温かな感情が送り込まれてくるような感覚を覚えていた。


「……先に言っておくね。あたしも一応、陰陽道を齧ってるから多少の妖気の判別くらいは出来る。そのあたしが断言する、二人の刀は妖刀なんかじゃないよ」


「そんなこと、君に言われなくてもわかってる。師匠が妖刀なんて邪悪な刀を作る人間じゃないってことは、弟子である僕たちが一番理解してるんだ」


「だろうね。……でも、誰かがその想いを肯定するのって大事なことでしょ? ぴりぴりして、張り詰めたまんまの二人を見てるの、辛いもん」


「っっ……!!」


 少しだけ強い口調でやよいへと言葉を返した蒼は、荒れている自分の心を受け入れてくれるようなやよいの包容力に声を詰まらせる。

 優しく彼の頭を撫でながら、まるで我が子をあやすように暖かく蒼を抱き締めるやよいは、静かな声で蒼と燈のささくれた心を落ち着かせるような言葉を口にした。


「大変な目に遭った燈くんもそうだけどさ、あなたも結構見てられないよ。滅茶苦茶怒って、揺らいで、叫びたいくらいに苦しんでるくせにさ、一生懸命に大人ぶろうとしちゃって……二人とも、見てて痛々しいんだってば。掌に爪を食い込ませるくらいなら、こうして誰かに甘えちゃえばいいのに」


「……ごめん。少し、君に八つ当たりした」


「ん、いいよ。罰として暫くこのままでいてくれたらね。……燈くんも、暫くはそうしてこころちゃんに手を握っててもらいなよ。大変な目に遭ったけど、そうしてあなたのことを心の底から心配してくれてる人もいるんだってこと、忘れないであげてね」


「……おう」


 ぎゅっと、蒼を抱き締める腕に力を込めながら燈へとそう告げるやよい。

 彼女の言葉を受けた燈は、弱々しい力ながらも一生懸命に自分の手を握るこころへと僅かに視線を向けた。


 こころも、やよいも、自分たちを励まそうとしてくれている。

 手を繋ぎ、抱き締めることで人の温もりを伝え、自分たちに一人では無いということを感じさせようとしてくれているのだ。


 心が折れそうになっている燈や、そんな彼を気遣って感情を露わに出来ない蒼に対する、友人として、女性としての励まし方。

 温かく柔らかい彼女たちの優しさに触れた二人は、自分たちの心が確かに落ち着いていくことを感じていた。


「……サンキューな、椿」


「ううん、大丈夫。私、こんなことしか出来ないけど、少しでも燈くんの心の支えになりたいから……」


 互いに目を合わせぬまま、言葉を交わす二人。

 少しだけ気恥ずかしくもあるやり取りであったが、燈と蒼は今の自分たちには効果が覿面である彼女たちの行動に感謝していた。


「……念のため、宗正の古くからの友である僕からも断言させてもらおう。あいつは、妖刀を作ってしまうような男じゃない。万が一にも妖気を感じる代物を刀鍛冶に使ったとしたら、それを君たちに言わない男でもない。何より、同じ刀匠として一目見れば、二人の刀が妖刀なんて代物じゃあないということくらいはすぐにわかるさ」


「ということは……やはり、あの巫女が嘘をついたということか。だが、なんのために?」


「自分自身の失態を隠すため、じゃないかな? 確か、燈くんのクラスの気力測定を担当したのって、嘘をついた花織って巫女さんだったよね?」


「あ、ああ、そうだな……」


「じゃあ、やっぱりそうなのかもしれない。自分が担当したクラスにいた、気力が零だって判定を下したはずの燈くんが、実は王毅くんたちにも勝る逸材だったなんてことが幕府の人たちに知られたら、あの花織って人からすれば都合が悪いわけでしょ?」


「だから、英雄たちを騙して、燈を始末させようとしたと? 自分の失態を隠すためだけに、奴は人を殺すつもりか!?」


「……それだけじゃないと思う。単純に、私たちはこの事件に深入りし過ぎてしまった。幕府にとって都合の悪い妖刀絡みの情報を知っている私たちは、幕府からすれば目障りで消えてほしい存在、のはず。ただ、表立って私たちを始末することは出来ないから、英雄たちを利用してるのかもしれない」


「なんにせよ、幕府が碌なことを考えていないことだけは確かだ。あの英雄たちも、順平やら花織やらの悪意ある者の言葉を鵜呑みにしおってからに……!!」


 こころ、栞桜、涼音の三人が意見を交換し、それぞれの反応を見せる。

 彼女たちの話を大きく否定しないことから見るに、百元も同じような意見でいるようだ。


 要するに、この対立は燈に対する仕打ちを隠蔽したい順平の思惑や慎吾たちの勘違いを上手く利用した花織、ひいては幕府によって引き起こされた意図的なものである。

 王毅たちを英雄と祭り上げておきながら、その実、彼らに都合の悪い情報を秘匿したり、嘘をついて騙したりと、幕府のやっていることは相当に悪辣だ。


「……それだけ、幕府はこの妖刀の一件を重く見ているということなのかもしれないね。英雄たちを利用してでも、妖刀の回収と事件の隠蔽を図りたいっていう、必死さの表れなのかもしれない」


 やよいの抱擁から解放された蒼が、静かにこれらの情報から察せる幕府の必死さについて語る。

 それはつまり、彼らが妖刀という恐るべき代物を非常に重く見ているという証拠なのだが、同時にそれらに関する情報を王毅たちにしっかりと渡さないことから考えるに、彼らの矮小さが感じ取れる部分でもあった。


「そうだ。妖刀といえば、盗まれた妖刀は『禍風』だけじゃなかった。もう一本、新しい妖刀が出てきやがったな」


「『泥蛙』、だったっけ? 使い手の彼の態度から察するに、彼は嵐が斬り殺した誰かの家族だったみたいだ。その復讐心につけこんで、彼に妖刀を渡した何者かが背後にいる」


「あたしたちの予想、全部的中してるね。やっぱり、この事件には黒幕がいたんだ」


 盗み出された妖刀が一本だけではないこと。

 嵐を唆し、妖刀を手渡した黒幕が存在していること。


 それらの考えが的中していたことを確信した一行は、それと同時に視線を百元へと向ける。

 そして、一行を代表して、彼の愛弟子である涼音が質問を投げかけた。


「先生、教えてください。先生が以前口にしていた幽仙とは何者なんですか? その人物が嵐を陥れ、この事件の裏で糸を引いている可能性が非常に高いんです。知っていることがあるのなら、教えてください」


「……ああ、そうだね。宗正と桔梗とも連絡を取り合って、君たちにこのことを話すべきだろうと結論を出した。教えよう、我らが宿敵であるその男、幽仙のことを……」


 ごくり、と誰もが息を飲んだ。

 緊張感漂う部屋の中で、弟子たちの視線を浴びながら、百元はこの事件の黒幕と思わしき男、幽仙について話し始めた。





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