こころが見たもの



 日付の変わった丑の刻。百元邸にて寝ずに燈たちの帰還を待っていたこころは、屋敷の扉が開く音に弾けるようにして立ち上がった。

 そのまま、戦いを終えた一同を迎えるため、小走りで玄関に向かう。

 若干の不安を胸に、燈たちを出迎えたこころが目にしたのは、随分と憔悴しきった五人の姿だった。


「み、みんな、お帰り……! どう、だった?」


 取り合えず、燈たちが誰一人欠けることなく屋敷に戻ってきてくれたことにこころは安堵する。

 見たところ、大怪我をしている者もいなければ、取り立てて治療が必要な傷を負っている者もいない。

 全員が無事に帰ってこられたと言って差し支えない状況だが、どうしてだか燈たちの表情は暗かった。


「……すまねえ、椿。本当に、すまねえ……」


「な、なんで燈くんが謝るの? みんなが無事に帰ってきてくれたんだから、私はそれで十分だよ! そんな暗い顔をする必要ないってば!」


「そうじゃねえ、そうじゃねえんだ……俺は……クソッ!!」


 情緒が不安定になっている燈が、苛立ちの叫びと共に握り締めた拳を屋敷の壁へと叩き付けた。

 ミシリ、と木が軋む音を響かせ、パラパラと埃が天井から舞い落ちるくらいの振動を巻き起こした彼の行動に一瞬だけ体を竦ませたこころは、随分と荒れている燈へと心配そうな視線を向ける。


 怒りと、悲しみと、絶望と……ともすれば、最大の禁句である自分の名前を馬鹿にされた時よりも怒っているように見える今の燈からは、純粋な激怒だけではない複雑な感情の入り乱れが感じられる。


 どうして燈は、ここまでの怒りを覚えているのか? 

 その答えを求めるようにしてこころが蒼へと視線を向ければ、沈鬱な表情を浮かべた彼は重たい口を開いてつい先ほどの一件を話し始めた。


「……実は――」


 嵐を追っていた自分たちは、もう一人の妖刀使いと嵐と戦う王毅一行と遭遇したこと。

 戦いの最中、王毅を庇った燈の顔の包帯が外れ、正体が旧友たちに知られてしまったこと。

 嵐たち妖刀使いを取り逃がした後、王毅たちとの話し合いを行おうとしたが、彼らが燈を偽物と断定して襲い掛かってきたこと。


 そして……学校側のリーダーである王毅が、燈を敵と断定してしまったこと。


「そんな……そんな、ことって……!?」


「……彼らは、本気で燈を殺すつもりだった。僕たちは、嵐やもう一人の妖刀使いとの戦いも控える中で僕たちが争っても仕方がないと判断して、その場から撤退してきたんだ」


 ある程度簡略化こそされていたが、要点をかいつまんで話す蒼の言葉にこころの顔面がみるみるうちに青くなっていく。

 両手で口元を抑え、信じられないとばかりに首を振った彼女は、話を終えた蒼に対して聞き返すようにしてこう尋ねた。


「どうして、ですか……? 燈くんはこれまで一生懸命頑張って、沢山の人を助けてきたじゃないですか! 私だって助けてもらった! 輝夜での戦の時も、みんなを助けて強い妖をやっつけたっていうのに……それなのに、どうして? どうして、話も聞いてもらえずに一方的に悪者扱いされなきゃならないんですか!?」


「……わからない。ただ、決定打になったのは――」


「あの、巫女の言葉だ。あいつ、『紅龍』を妖刀だとほざきやがった。あの女があんな嘘さえつかなければ、神賀だって話を聞いてくれたかもしれねえのに……っ!!」


 憎しみが滲むような、燈の呟き。

 瞳の奥に花織への怒りの炎を燃やす彼の姿に言い様のない不安を覚えたこころが、何事かを燈へと告げようとした時だった。


「いつまでもそこで立ち話というのも辛いんじゃあないかな? 奥へおいで。話は、そこでしよう」


「先、生……」


 こころに続いて、屋敷の奥から姿を現した百元が一同に向けて静かに声をかける。

 体の負傷に反比例するかのように憔悴している燈や涼音の肩を優しく叩いた彼は、心を落ち着かせるような穏やかな口調で同じ言葉を繰り返した。


「奥へおいで。少し休息を取ってから、話をしよう。椿さん、申し訳ないがみんなの分のお茶を淹れてくれないかい? 温かいお茶がいいな」


「は、はいっ! わかりました!」


 この場の重い空気を振り払う百元の気遣いに感謝しつつ、こころは彼の言うことに従う。

 燈たちもまた百元の言葉に小さく頷くと、履物を脱いで部屋の中に入り、動揺と緊張が続く心を解きほぐすための一時の休息を取り始めたのであった。


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