秘匿された事実
そう言えばなんですが、昨日の投稿でこの作品の話数が100話に到達しました。
三桁にも及ぶ長いお話を読み、応援してくださる皆さんに感謝しつつ、これからも面白い作品を提供出来るように頑張っていきたいと思っています。
本日もお話を楽しんで下さいね。
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自分ではなく、涼音の強さを賞賛しつつ、恍惚とした表情を見せる嵐。
顔色一つ変えず、そんな彼と鋭く視線を交わらせる涼音。
二人が刃を交え始めてからそう時間は経っていない。
だが、この戦いを目の当たりにしている王毅には、姉弟と自分たちとの差が強く感じられていた。
気力の量や、所持している武神刀の格でいえば、自分たちの方が上なのかもしれない。
だが、涼音にはそれを十分に補えるだけの剣士としての技量があり、彼女に対抗出来る嵐もまた、妖刀の力を借りているとはいえ優れた剣士であることが判る。
王毅たちも剣術に関しては必死になって学んでいるが、純粋な腕前としては一般兵と同程度の力量しか有していない。
彼らが大和国の兵たちと一線を画す強さを得ている理由は、膨大な気力を用いた派手な戦い方にあった。
武神刀を用いた強力な技を、制限を無しにして連発出来る。
冬美の豪雨と暴風を巻き起こす広範囲攻撃も、慎吾の強烈な気力弾での一撃も、全ては彼らが持つ莫大な気力があるからこそ何発も放てる技なのだ。
特に王毅は、あまたの気力属性を有しているというアドバンテージを握っていた。
属性の優劣を活かし、相手に対して常に有利を握る戦い方を得意としている彼は、どんな局面にも対応出来る器用さと強力な技を連発出来る強さを持っているからこそ、学校内のリーダーとして、英雄たちの代表としての扱いを受けているのである。
だが、先も述べた通り、王毅を含めた生徒たち全員が、剣士としての腕前はまるで未熟。人によっては、基礎が身についていない者もいた。
これは至極単純な話で、基礎的な剣術を身に着ける訓練は技の修行と比べて地味過ぎることに原因がある。
技の訓練を経て得られる物は見た目にも派手で、自分の中で何かを得られたという実感も感じやすい。
気力を用いた強力な技を習得すれば、その人間は自分がまるでアニメや漫画の登場人物になったかのような高揚感を感じることだろう。
それが判っているからこそ、訓練にも身を入れることが出来る。そうして技を習得すれば、もっと強力な技を覚えたくなって……というループに突入するのが人間という生き物だ。
逆に、純粋な剣術の修行や基礎訓練というのは地味が過ぎる。
型の確認ともなる素振りや筋力トレーニング、体力づくりのためのマラソンなど、やることはほぼ学校の体育の授業と同じで、しかも得られた物が実感しにくいのだ。
そういう地味な反復訓練を経て得られる物は非情に価値のあるものなのではあるが、如何せん若者というのは苦しいことよりも楽で愉快な方に逃げやすいきらいがある。
高校生という青春真っ盛りの年頃は特にそうで、近くに技の修行という楽しそうなイベントがあるのに、それよりも地味で苦しい基礎訓練に身を入れる人間はほぼほぼ存在していなかった。
そして、大和国の人間たちもまた、そんな生徒たちに成果が出るのに時間がかかる基礎訓練よりも、技を習得すれば一気に戦力が上昇する技の訓練を優先させたいと思ってしまうのはおかしなことではない。
とまあ、そんな風によろしくない方向にお互いの考えが噛み合った結果、王毅たちは自分なりの技や奥義を習得することは出来たが、剣士としての実力は今一歩という感じに成長を果たしてしまっていたのである。
こうして武神刀の能力に頼り切っているわけではない、剣士としての戦いの上に武神刀の能力を上乗せした勝負を目の当たりにすると、自分たちの未熟さを痛感してしまう。
先の嵐の一撃も、王毅は気力による感覚強化で見切ることは出来たが、彼にはそれを涼音のように捌きながら同時に反撃するという芸当は出来そうになかった。
(違う……俺たちと彼女たちでは、何もかもが……!! これが、本当の戦いというものなのか……!?)
涼音も嵐も、長い年月をかけて作り上げた基礎の土台の上に自身の実力という名の強さを積み上げている。
王毅たちにはそれがない。だから、彼らと比べると実力で一歩劣ってしまう。
自分たちは、『泥蛙』を得たばかりの鼓太郎と何ら変わりはしない。
所持している刀が武神刀か妖刀かの違いがあるだけで、互いに刀の能力に頼り切っている部分は共通しているではないか。
そんな風に、初めて人間との立ち合いを経験した王毅は、自分たちの弱点に気が付くと共に危機感を抱いていたが、仲間たちはそんな彼の考えなどまるで察することもなく、次々と新たな人物が次々と戦いに参加してくる現状に混乱し続けているようだ。
「クソっ! 妖刀使いに出くわしたと思ったら、また別の妖刀使いが現れて、今度はそいつと渡り合える姉貴の登場だぁ? どれだけごちゃごちゃと戦場を引っ掻き回すんだよ!?」
「で、でも、涼音ちゃんは僕たちの味方ってことだよね? なら、協力して嵐を倒した方がいいんじゃないかな?」
忌々し気な慎吾の呟きに対して、鼓太郎にやられたダメージから持ち直したタクトが自分の意見を述べる。
確かに、彼の言う通りだ。涼音の目的が嵐の打倒であるならば、彼の手から『禍風』を回収しようとしている自分たちとは目的が同じ味方になれるはず。
ここは彼女の共闘し、共に嵐を追い詰めるべきだ……と、王毅が考えていると、また新たな人物たちがこの場に姿を現すと共に、そんな王毅の考えを否定するような言葉を口にする。
「二人の戦いに手を出すことは止しておいた方がいい。そんなことをすれば、邪魔を嫌った嵐はまず間違いなくこの場から逃走してしまうでしょう。ここは、僕たちに任せてくれませんか?」
「あ、あなたは……蒼? それに……!!」
音もなく自分の背後を取り、肩を叩いてきた蒼の出現に驚いた王毅は、その横に立つ全身に包帯を巻いた男……包帯太郎の姿を見て更に驚く。
この緊張感満載の状況下で、またしても戦いを引っ掻き乱すようにして新たな人間たちが姿を現したことへの苛立ちを隠そうともしない慎吾は、大きな声をあげながら自分たちの考えを否定した蒼へと食って掛かった。
「いきなり出て来て何を言いやがる! お前たちこそ、あの涼音って女を連れて何処かに行きやがれ!!」
「そ、そうだそうだ! 昼間にちょっと油断した僕の攻撃を防いだからって調子に乗るなよ! 相手は妖刀を使う、おっそろしい剣士なんだぞ!!」
「た、タクト様! それは――!!」
怒声を放つ慎吾に乗っかって昼間に屈辱を味わわされた蒼へと食って掛かるタクトであったが、それがいけなかった。
つい口を滑らせて、極秘事項である妖刀の存在を話してしまった彼は自分の発言を咎める花織の言葉にしまったという表情を浮かべる。
幕府の失態を証明してしまう妖刀の存在を口にしてしまったタクトに対して流石の王毅も呆れた顔を向けるしかなかったが、驚くべき新事実を伝えられたはずの蒼はというと、タクトの発言に対してなんら驚くこともなく、平然とこう言ってのけた。
「今更秘密にしておくことでもないでしょう。こちらとしても、大方そんなところだろうと想像してましたし、涼音さんからの話も聞いていましたしね。この秘密を口外するつもりはありませんが、代わりにあなたたちも僕たちの言うことを聞いてくれませんか?」
「……それは、脅しと取っても構わないですか? 自分たちに従わないと、妖刀のことを言いふらす、と……?」
「そんなつもりはありませんよ。僕たちはただ、一刻も早くこの事件を収束に向かわせたいだけです。そのために最善の行動を取ってほしい、そう言っているんです」
蒼たちに弱みを握られた形になった王毅たち一行は、彼の提案をどうするべきか決断を迫られる。
自分たちの使命は盗まれた妖刀を奪還することで、この場合の標的は嵐が持つ『禍風』だけだと思っていた。
しかし、『泥蛙』を手にした鼓太郎という、予期していないエラーが発生した今、自分たちには情報の整理が必要なのではないだろうか?
気絶している順平は勿論だが、花織もタクトも、そして王毅自身も、少なからず消耗してしまっている。
正直なところ、王毅は蒼の言う通り一度撤退して体勢を立て直したいと考えていたのだが、彼の傍に控える仲間たちは、そんな彼の選択を許してはくれなさそうだった。
「蒼さん、と仰いましたね? 私たちの使命は、盗み出された妖刀を回収すること。それを果たすためにわざわざこの磐木まで王毅様たちは足を運んだのです。多少、苦戦したとはいえ、いきなり姿を現してここは退けと言われても、そうはいきませんと返させていただきますわ」
「そうだそうだ! 花織ちゃんの言う通りだ! お前たちこそ下がってろ! ここは、英雄である僕たちが活躍するシーンなんだよ!」
「タクト! お前はもう黙ってろ!! ……そもそも、俺たちはお前らのことを信用してない。お前たちが嵐を倒した後で妖刀をどうするかわからない以上、お前らの言うことを聞くわけがないだろうがよ」
「まあ、そうでしょうね。僕たちとしても英雄様たちに信頼してもらえるような材料があるわけじゃない。僕たちのことを信用出来ないというお言葉もごもっともですが……それ以上に、身内に信用出来ない方が混じっていることにお気づきですか?」
「何だって? それは、誰のことを言っているんだ?」
「決まってるじゃん。そこにいる、幕府の巫女さんだよ」
王毅の疑問に答えたのは、蒼ではなく、可憐な少女の声であった。
上空から落下するようにして姿を現したやよいに続き、道の向こうから栞桜が急ぎ駆け寄って来る。
仲間たちと合流した少女二人は、王毅たちに目もくれることもなく、蒼と燈へと報告を行った。
「蒼! あか……じゃなくって、帯太郎! 周辺の住民たちの避難と、この辺り一帯の封鎖は完了した! これで誰かが戦いに巻き込まれる心配は無用になったはずだ!」
「こっちの方は説得が上手くいってないみたいだね。予想してた通りだったけどさ」
どうやら、栞桜とやよいは磐木の町の住民たちを守るための行動を起こしていたようだ。
目の前の妖刀のことだけを考え、周囲に出る被害のことを完全に失念していた王毅は、本来は自分たちがすべきだった住民たちへの避難喚起を行ってくれた少女たちに対して、申し訳なさを感じる。
人としても、剣士としても、己の未熟さを痛感している王毅をよそに、登場早々問題のある発言をしたやよいに対して、若干狼狽しながらタクトが質問を投げかけた。
「ね、ねえ、花織ちゃんが信用出来ないってどういう意味なのかな? いくらやよいといえど、そんな無礼なことを言うのは問題だと思うけど……」
「無礼も何も、彼女は本当のことを言ったまでですよ。あなたたちも、何かおかしいと思いませんか?」
タクトの疑問に対して、今度は蒼がやよいに代わって答える。
未だに意味が判らないといった様子なのはタクトだけで、王毅と慎吾は蒼が何を言わんとしているのかが何となく理解し始めていた。
「あなたたちの様子から察するに、盗み出された妖刀は『禍風』一本だけと聞かされていたようだ。しかし、この磐木の町には『禍風』以外にもう一振りの妖刀が存在し、それぞれの持ち主がぶつかり合うように仕組まれている。これが偶然だと、本当にお思いですか? 何かがおかしいと思いはしませんか?」
「……盗まれた妖刀は一本だけじゃねえ。複数本盗み出された事実を、幕府が隠してるってことか? それを奪還せよと命じた俺たちも含めて?」
「そういうことでしょうね。そして、それらの事実を幕府との連絡役を担っているそちらの巫女さまが知らないはずがない。彼女は、敢えてあなたたちに重要な情報を秘匿していた……ということになります」
蒼からの指摘を受けた花織が、青い顔をして俯く。
その反応が、彼の言っていることが正しいということを証明していた。
「は、花織、どうして……!?」
この大和国に転移してから、ずっと行動を共にしてきた仲間である花織が、自分たちに嘘をついている。
仲間内でも特に彼女を信頼していた王毅にとってその事実はあまりにもショッキングであり、何故、そんなことをしたのかと呆然としながら彼女を問い詰めようとしたのだが……。
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